鍛治師と邂逅
弁慶さんは、街の方に向かうかと思いきや、橋を渡った先、農場区画に足を踏み入れる。
どうでもいいことなのだが、柔らかい土の上をあの一本下駄で歩くのは歩きにくく無いのだろうか?
「弁慶さん。その下駄で歩きにくくないの?下の土、だいぶ柔らかいけど」
奇しくもセリーヌも同じ疑問を持ったらしく、問いかける。
「別に問題ないぞ?沼とか、戦闘に関係するマップなら、ペナルティが有るのかも知れんが、街中だからなぁ」
そうですね。街中だものね。端っこだけど。
「そっか〜。ん〜?でも、おかしくない?だったら、なんでPvP(プレイヤー間戦闘)出来たの?」
確かに、セリーヌの発した疑問はもっともなものだった。
このゲームでは、イベントや一部地域を除いて、街中での戦闘行為が不可能となっている。
余計なトラブルが起きない様に運営からの計らいだ。
そうしておかないと、悪質なプレイヤーに街中でPKされて、おちおち街を歩くことも叶わなくなる。
初心者の街…というか、始まりの街である、この中央街だと、余計に必要な措置だろう。
初心者狩りの横行する街…果たして、新規プレイヤーが増えるだろうか?
増えるかもしれないな…モヒカンファッションで、ヒャッハー言う様なキャラクター達が…
「何故か分からんが、あの橋だけ、街外扱いらしくてな。橋の上でだけ、戦闘が出来る様だ」
日本の未来を憂いていると、弁慶さんから、そんな回答が返ってくる。
「なるほど。だから、橋の上にこだわってたんですね〜」
納得の相槌を打つ。
「ああ。そうだ」
「へぇ〜。てっきり、歴史の弁慶さんリスペクトかと思ってた!」
「言いにくい事をズバッと言う奴だな…」
苦笑しながらも、存外悪くなさそうに、頬をかきながら、
「それも全く無いわけじゃ無い…」
今までで一番小さな声でポツリとこぼす。
ですよね!男なら一度は憧れますもんね!そういうシチュエーション!
「ふーん。そうなんだ。男の人って、いつまでもそういう願望あるんだ〜」
弁慶さん、真っ赤である。因みに、俺もであるが…
彼女は余り興味がないらしく、( ̄ー ̄)フーンって顔していらっしゃる。
救いなのは、あほらし…という様な、侮蔑が含まれていないことだろう。
このままだと、3人中、2人が気まずい思いをしそうなので、
「バグなんじゃ無いんですか?」
会話を続ける事にした。
「どうなんだろうなぁ?一応、何回かは運営にメールで問い合わせもしたんだが、修正されないっぽいしなぁ」
「メールって、ゲーム内ですか?リアルの方ですか?」
「両方だな。一応、βテスターだったから、GMの一人と知り合いだからな」
βテスターとは、正式にサービスを稼働する前にお試しでそのゲームをプレイする人の事だ。ゲームのモニターと言えば分かりやすいだろうか?
GMとは、PCと同じく、キャラクターを人が操作しているのだが、一般プレイヤーと異なり、操作しているのは運営の人だったりする。
「もしかしたら、GMはβの頃だけで、今はいないのかも知れんが」
ゲーム業界の事はよく知らないが、そういうこともあるらしい。
転勤というのが一番オーソドックスな理由だろうが、正式オープンから一プレイヤーとして楽しみたいから、運営から外れるとか…まぁ、色々あるのだろう。
ともかく、話していると、あっという間に目的地に辿り着いた様だ。
農場の奥にある、掘っ建て小屋の様な寂れた建物で、今にも倒壊しそうだ。
橋から見た分には存在を認識出来なかったが、恐らく、弁慶さんと一緒でなかったら、オブジェ位に認識して、建物に入るどころか、近づきもしなかったろう。
そこへ、弁慶さんは躊躇なく入って行く。
「ただいま〜」
「お帰りなさい!ア・ナ・タ!」
と、明らかに幼女が弁慶さんの首に抱きついて来た!
呆気に取られる俺たちを捨て置いて、
「ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も〜わ・た・し?キャ!」
幼女が凄く楽しそうで何よりです。
「「通報しますた」」
気が付けば俺とセリーヌは揃って同じ発言をしていた。
「え?ちょ!ちょっと待ってくれ!」
慌てて弁慶さんが弁明する。
「良いですよ〜。話は署の方で聴きますね〜」
菩薩の笑みを浮かべて、セリーヌが言う。
「いや!だから違うんだって!お主達の思っている様な変な間柄じゃない!」
「ええ。ええ。分かっていますとも。因みにですが、刑を認めれば、減罪される事も有るとか無いとか」
「まずは話を聞いてくれ!お願いだから!」
必死に懇願し、セリーヌににじり寄る弁慶さん。
「ひっ」
と弁慶さんが近づく分だけセリーヌは後退する。弁慶さんは、最早、涙目だった。
可哀想になってきたので、
「からかうのもその辺にしとけ」
軽くチョップを入れてセリーヌの悪ふざけを止める。
からかわれた事を怒るかと思ったが、どちらかというと、ほっと一安心したようで、這い寄る僧兵さん…もとい、弁慶さんは俺たちに座るように促す。
若干、ダメージを引きずっている様子だったが、何故、この場所に連れて来たのかの説明を始める。
うん。冗談とはいえ、女性から避けられるのって、堪えるよね…俺も喧嘩中に芹にやられた時、立ち直るのに時間かかったもの。
あれ以来、喧嘩中で有っても、芹は…セリーヌはそういう態度を取らない様になったのだが…後でちゃんと注意しとこ。
「ここに連れてきた理由だか、まずはこいつを紹介したかったんだ」
「「奥さんですね。分かります」」
「お前ら!仲良すぎだろ!」
俺たちの返答に若干イラつきを混ぜて弁慶さんが怒鳴る。
ついうっかり、セリーヌと同じ反応をしてしまった…申し訳ない。
「冗談よ。冗談〜」
手をパタパタと振りつつ
「で、この子がどうしたの?」
セリーヌが問う。
今度こそまともに話を聞く様で、俺も一安心。いや、まぁ、セリーヌと同調してしまった事も有るけども…
頼むから、そんな目で睨まないでおくれよ。弁慶さん。
「ほれ。まずは自己紹介」
彼に促されて、幼女はペコりと頭を下げ、
「始めまして!私はアカシアと言います!」
元気に名乗ってくれたので、
「始めまして。私はセリーヌよ。宜しくね」
「始めまして。源三郎と言います。宜しく」
俺たちも名乗り、握手を交わす。
ん…?待てよ…?アカシア…?
「あの…ちょっと良いですか?」
「どうした?」
自身も名乗ろうとした矢先、俺に止められ、弁慶さんが怪訝な顔をこちらに向ける。
「いや、確認したい事がありまして…」
「ほぅ…」
ニィと、さっきの戦闘中に見た、あの笑顔で促される。
「もしかして、とは思うんですが…アカシアって、あの有名鍛治師の…?」
声が上ずっているのが自分でも分かる。
アカシア…というか、今までは「明石屋」と思って居たのだが、それはともかく…は、このゲームにおいて、鍛治師のトップと言われている。
明石屋は、誰にでも武器を下ろすわけでは無く、厳選されたプレイヤーにしか支給しないことで有名だ。
そのため、主に転売屋によってだが、明石屋は伝説級の武器として高額取引されている。
ただ、名前と噂に反して、それ程いいものでは無いという噂も流れ始めているが…
「どうやら、源三郎は理解した様だな」
俺の様子から察した弁慶さんがニヤニヤと笑いながら
「さっきは外だったのでな。言えなんだが、俺の名前は「明石坊」と言う」
建物の中に入ると、たとえボロ小屋の様に見えても、誰かの所有物である限り、人数制限をかける事が出来る。
恐らく、この小屋へはアカシアか明石坊のどちらかが客人として迎えなければ入る事が出来ないのだろう。
防音機能が働いている場合、中の音や声は外に居るだけでは聞こえない。
「なるほど…だから、あんなにも多くの武器を扱えたんですね?」
それが正解とばかりに弁慶さんはがははと大口を開けて笑う。
「え?どゆこと?」
セリーヌは理解出来ていない様子なので、
「そうだな…まずは、弁慶さんの本名は?」
「明石坊さん?」
疑問系で答えるセリーヌ。
まぁ、分かるよ。明石坊さんと呼ぶより、弁慶さんって呼んだ方がしっくりくるからね!
「彼女の名前は?」
「アカシアちゃんでしょ?可愛い名前よね〜」
呑気にアカシアの頭を撫でながら、俺の質問に律儀に答える。
ふむ…まだ分かってない顔だな。これは
「今、巷で取引されている高額武器は?」
「明石屋でしょ?それ位、いくら私でも知ってるって」
うん。残念ながら「知ってる」事と「気づく」事は別物なのよね…
「じゃあ、明石坊さんの武器を手に入れたとして、どう言う風に言う?」
「どう言う風にって…どういうこと?」
ああ、うん。これは質問が悪かったな。
「明石坊制作の武器を手に入れた。って言うか?もう少し縮めて言うだろう?」
「うん。そうだね。短いお店ならそのまま言っちゃうけど、長いと略しちゃうかも」
理解を得られた様で何より。
「じゃあさ、明石坊さんから買った武器を「明石屋」から購入した。って略してもおかしく無いとか思わないか?」
「確かに何とか屋って呼んでもおかしく無いかも⁈」
「で、ここにその「明石屋」と「アカシア」が居るわけだが…」
「あ…ああ!なるほど!鍛治師トップの名前が「明石屋」じゃなくて、本当は「アカシア」だったってことね!」
ようやく理解して貰えた様です。
「あれ?でも、待って…今、出回ってるのって、確か銘に「明石屋」って打ってた様な…」
「そう。だから、あれは偽物。アカシアの名前を騙った詐欺紛いの商法だな」
「ぐぬぬ…転売屋許すまじ‼︎」
「さて、そこまで理解してくれたところで、頼みがあるんだが」
黙って事の成り行きを見ていた弁慶さんは…
「その前に」
と、俺は右手を前に出して、待ったをかける。
「何だ?」
「あなたの事をこれからどう呼べば良いですか?明石坊さん?それとも、今まで通り、弁慶さん?」
「何だ。そんなことか…それなら」
「間をとって、明ちゃんとかどうかな⁈」
何が間なのか分からない⁉︎そもそも、こんな、ごついおっさんをあかちゃん呼ばわりしたく無い!
俺と明石坊の意見はどうやら一致した様で、
「これからも是非、弁慶と呼んでくれ!」
固い握手を交わす。
「えー。可愛いのになぁ…明ちゃん」
相方が何かほざいて居る様だが、無視して話を進める事にする。
アカシアはツボにはまったらしく、肩が小刻みに震えている。
「弁慶さん。頼みってのは⁈」
「ん、あ、ああ!無理を承知ではあるんだが、その噂の「明石屋」を何とかして貰えないだろうか?」
「噂を止めろ…と?」
「そこまでは言わん。ただ、今のままでは、俺が君たちのギルドに加入しても周りからのマイナスイメージで損害を与えるかもしれんし、何より、この子が安心して外を歩けないだろう?」
その通りだ。折角、高額で手に入れたにもかかわらず、直ぐに使えなくなったり、又は、伝説級と言われる物よりも性能の良い武器を作る職人が居たら?
もしも、その職人のどちらもが転売ギルドに属していたら…?
逆恨み…なら、まだ可愛い方だろう。
恐ろしいのは、尾ひれに胸ビレまでついて、「アカシア」と「明石坊」は転売ギルドの協力者、もしくは、所属と思われることだろう。
本人が、望んで関係を持つなら問題無いが、巻き添えを喰らうのは頂けない。
まして、こんな幼女が巻き込まれれば、トラウマになってしまうだろう。
「ゲームは老若男女楽しく過ごせるのが良いところだと思ってるんだ。まして、VRなら、コントローラから解放されて、煩わしい操作もしないで済むからなぁ」
弁慶さんと俺の意見は一致している…いや、セリーヌも同意見のようだ。
ならば…
「アカシア…ちゃんで良いかな?」
「うん。お兄ちゃんの方が年上だから、ちゃん付けでいいよ!」
「じゃあ、改めて、アカシアちゃん。協力して欲しい事があるんだけど」
彼女に依頼する。
「うん。いいよ。私は何をすればいいのかな?」
「幾つか、君の銘の入った武器を購入したい」
「オッケー。そんな事で良いなら、幾つか取って来るね〜」
元気良く奥に走って行った。
「武器なんか購入して、何をするんだ?さっきの戦闘を見る限り、扱える武器なんてそんなに無いんだろ?」
弁慶さんは心配そうに訊いて来る。
「目には目を。歯には歯を。転売屋には商人をってね」
戯けて返す。
「なにぃ⁉︎お前、まさか…!」
目くじらを立てた弁慶さんへ
「大丈夫よ!悪いようにはしないから!不安だったら、私が人質になるし」
流石相棒。俺に協力してくれる。
転売屋という存在のおかげで、露天商人は不遇な扱いを受ける事が多い。
別にジョブとして、「商人」という物があるわけでは無いのだが、生産メインより、露天商などをしていると、同じに見られて、PKの対象にされたり、周りのプレイヤーも助けに入らなかったりと、まぁ、様々だ。
もちろん、嫌なことばかりでも無いし、そういうのは一部の人だけで、通りすがりにPKから守ってくれる優しい人が居るのも知っている。
だから、そんな目にあってもまだこのゲームを続けられて居るのだろう。
俺たちの間に不穏な空気が漂い出した頃、
「お待たせ〜」
アカシアが、幾振りの剣と短剣、斧、槍などを持って帰ってくる。
「あれ?お兄ちゃん達どうしたの?」
場の雰囲気に気づいた様で、小首を傾げて尋ねてくる。
「いや、何でもない」
年長者だけあって、切り替えが早い。
「そう…?じゃあ、渡すね」
不審に思っているだろうに、トレードを開始しようとするアカシア。
臆病な子というより、聡い子なのだろう。
彼女に待ったをかける。
「どうしたの?これ、要らないの?」
悲しそうな顔をしないで欲しい。罪悪感が生まれるから。
「そうじゃ無いんだ。この武器、それぞれ、いくらでなら売っても良いと思う?」
まずは製作者の意向を聞くのが俺のスタイル。
高すぎるのは勿論、ダメだが、逆に安すぎてもダメ。あくまで俺は、製作者と消費者の繋ぎでしか無いため、暴利を貪って、一時の利益に走るのは「商人」としての信頼を失うことになる。
それに、それをしてしまうと転売屋と同じでしか無くなる。
綺麗事かも知れないが、「商人」とは、物の売買と同時に信頼も商う者の事だと思う。
見るからに不衛生な食堂と、綺麗な食堂。若干安いからといって、不衛生な方で食べたいという人は少ないだろう。
つまり、食品と一緒に信頼(衛生面)を商うということだ。
たかがゲームでそこまで考えなくてもwwと、笑いたくば笑えば良い。
「えー。お金なんていいよ!仲良くなった印に全部あげる!」
何と言う太っ腹なことを言う幼女か!俺が転売屋なら、どれだけの損害が出ているか…
「いや、流石にただで貰うことは出来ない」
「何で〜?安く仕入れた方がお兄ちゃんは得するんでしょ?」
「そうだね。それは間違いじゃ無いよ」
「じゃあ」
「でも、それじゃダメなんだ」
「ん〜?安い方がいいのに、ただで貰うのはダメなの?」
さて、どう説明したものか…
「えっとね。アカシアちゃん」
困っていると、セリーヌが助け舟を出してくれる。
本当に大丈夫だろうか…?この舟、泥舟じゃないよね…?おれ、狸になって無いよね…?
「例えばなんだけど、アカシアちゃんが、福引券持ってたとするよね?」
「うん」
その状況を思い浮かべたのか、ゆっくり頷く。
しかし、何で福引券?嫌な予感しかしないのだけれども…
「アカシアちゃんが持ってる福引券は10回分あります」
「…うん」
「でも、アカシアちゃんは大事なお友達に5回分の福引券をあげました。さて、アカシアちゃんは何回福引を回せますか?」
いつの間にか算数の問題になっているんですが、それは…
不審の目を向けたが、「もうちょっと任せて!」という自信のある視線が返って来たので、もう少し様子を見ることにする。
決して、セリーヌが拳で自身の胸部を打った際に揺れる魅惑のJカップに見とれて居た訳では無いんですよ?ええ、違いますとも!
弁慶さん…結構、顔に出るタイプだったのね…鼻の下伸びきってますがな…
「5回!」
「そうね。よく出来ました」
アカシアの頭を撫でるセリーヌ。アカシアの方も満更でも無いらしく、気持ち良さそうにしている。
「それでね。アカシアちゃんは5回福引を回しても、残念賞しか出ませんでした。どう、思う?」
「うーん…悲しい…かなぁ」
自信なさげに答える。
「そして、逆にお友達の方は一等と二等を当てました。どう?」
「あ、それは悔しい!」
「だよね?ゲームでも同じ事が起きると思わない?」
「どういうこと?」
「折角、アカシアちゃんが苦労して作った武器なのに、アカシアちゃんには全然お金が入ってこなくて、お兄ちゃんの方にだけお金が入って来るのは不公平だと思わない?」
「んー。でも、お金あんまり使わないし、現実のお金じゃないから、あっても無くても困らないし」
なるほど。どうやら、お金に対して頓着の無い子らしい。
「じゃあね〜」
言いながら考えて居るのか、腕組み、右手は頬に添えて続ける。
「そのお金でいっぱい美味しい物を、このお兄ちゃんが食べてたら、どう?」
「美味しい物いっぱい…?」
「そう!もしくはアカシアちゃんの欲しい物とか!」
それを聞いて、アカシアに少し変化が訪れる。まぁ、俺を睨んでいるだけなのだが、
「お兄ちゃんズルい!私も美味しい物食べたい!」
お金の概念…というか、不公平感?というかは理解して貰えた様だ。
が、セリーヌよ。俺にヘイトを寄せるのはやめてくれ…
「そうならない為に、さっき、値段を聞いたんだよ」
「そっか!」
アカシアちゃんが聡い子でよかったよ!
「んー。でも、それでもわかんないかも」
「ん?」
どういうことかと思っていると、
「ああ、それは俺から話そう」
弁慶さんが説明してくれる。
「悪いんだが、こいつは元より、俺も相場ってのが、イマイチ分かってなくてな。どれがどれ位の値段かわかんねぇんだわ」
得心した。俺の様な商人プレイをしてない限り、相場には疎くなるだろう。
銘の付いた武器なんかは、特に相場の変動が激しく、人気鍛治師の物だと手に入れるのが困難になる事もあるとか。
かくいう俺も、鍛治系商品はノーマークだ。取引先には主にポーションや食べ物系の消耗品、又は布や皮などの裁縫系アイテムの原材料を主に扱っている。
全てのアイテムを均等に商うなど、24時間ログイン出来る廃人様にしか不可能だろう。
そして、そんな人は相場を見守る位なら、狩に時間を費やす。
「うーん。困ったな…」
「何か問題でもあるのか?」
「問題と言えば問題なんですが…」
少し言葉を濁す。
「はっきり言ってくれて構わんぞ」
「実は、鍛治系商品を扱うのはこれが初めてでしてね」
「それで?」
「はっきり申し上げて、現時点では値段を付けれないんですよ」
「なるほど。確かに問題だな…」
弁慶さんも同意してくれる。
「じゃあ、どうする?」
「一応、解決策があるには有るんですが…」
「何だ?」
「信用取引…というのは如何でしょう?」
本来の意味とは異なるのだろうが、俺の言う、信用取引とは、まず、相手からアイテムを預かり、売れた値段の分から自身の取り分を差し引いた額を受け渡す。という方法だ。
その旨を伝える。
弁慶さんは、商人嫌いみたいだから、多少荒れるかと思ったが
「それしか手は無いだろうな。ここで雁首揃えていても拉致もあくまい」
思っていた以上に柔軟な思考の持ち主の様だ。
「ありがとうございます。では、代わりに…」
俺は手持ちの現金と、取引先から預かっている商品の幾つかを渡す。
「おい!幾ら何でもこの額は渡し過ぎじゃないか?」
2百万はやり過ぎかも知れない…が、
「信用はお金じゃ買えないですから。それに、約束を守ればいいだけの話ですから」
弁慶さんは渋面を作っていたが、
「分かった。預かろう」
受け取ってくれた。
「しかし、どうするんだ?相場も分からずに商売なんか出来んだろ?」
お人好しなのだろう。こちらの心配をしてくれる。
「大丈夫ですよ!蛇の道は蛇と言うでしょう?」
「そうか。だったら、お主に任せよう。頑張れよ!」
励まして見送ってくれる。
「ありがとうございます。それではいってきます!」
目的が決まったので、次の場所へと行こうとセリーヌの手を掴んだが
「え?私はここで、お留守番でしょ?」
「いや、これだけの物を預かったんだ。人質は別に要らんぞ」
そうだよね。全年齢推奨ゲームだし、人質貰っても困るよね。特に出来ることも無いし。
「いやいや、そんな事は無いよ。セリーヌさん、ちゃんと約束守る子だし!」
「時にセリーヌさんや」
「なんですかな?源さんや」
「後ろに隠してる…いや、隠し切れていない鍬は何に使うご予定で?」
今から、取引先ギルドへ向かおうと言うのに、鍬装備っておかしいよね?こいつも分かってると思うんだ。目が泳いでるし。
「これはほら、アカシアちゃんとの初コンタクト記念に購入しただけでね?」
アカシアちゃんに目を向けると、頷きが返ってくる。
鍛治師トップの生産職から鍬購入って…いや、そもそも、何で作った?
「幾らで購入したの…?」
恐る恐る聞いてみる。
「さ、300ゴールド」
「NPC売りの鍬と同じじゃねぇか!」
さっきから、セリーヌとアカシアが大人しくなったので、気にはなってたんだよ?
でも、まさか身内が詐欺紛いの事に手をつけるなんて…
「ごめん。アカシアちゃん。追加の代金払うから…」
「ううん。気にしないで。それ、試作品で、商品にするのもどうかな〜って、肥やしになってた、やつだから」
「そういう訳にも…」
「違うの。本当に出来が悪くて、私が最初の頃に作ったやつだから、捨てるに捨てられなかっただけのやつだから…」
一応、セリーヌから鍬を受け取り、詳細を見てみる。
確かに、彼女の言うとおり、NPC売りの物と性能はそんなに変わらず、銘も刻まれていない。
銘が刻めるのは、確か、鍛治スキル20以上だったか。
「分かった。ご厚意に甘えることにしよう。で、鍬のことはさておき、何するつもりだった?」
セリーヌ大先生は、俺がアカシアと話している間、せっせと畑を耕していらっしゃいました!
「自由過ぎるだろ!」
「ふぇ?何が?」
なんか怒るのもアホらしくなってきたので、
「じゃあ、セリーヌ大先生は、畑を耕しながら、お留守番ということで宜しいか…?」
「うん‼︎」
出ましたよ。今日一の笑顔。
惚れた弱みというやつかねぇ。俺も笑顔で彼女に、手を振り替えし、農場を後にする。
後ろから「お疲れさん」と、優しい僧兵の見送りの言葉が身に染みた…