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僧兵と戦闘

「ねぇ。今日はなにしよっか?」

赤毛をフィッシュボーンに結い、麦わら帽子にオーバーオール、首にタオルを巻き、更に軍手装備という、農家の様な出で立ちの幼馴染の少女が話しかけてくる。

「んー。そうだなー」

自分のアイテムボックスを確認しながら、

「今日のところは、急ぎの配達もないし、のんびり出来そうだな〜」

と、答えると、

「じゃあさ。弁慶さんに挑戦しに行こうよ!」

前のめりに勢いこんで言ってくる。

弁慶さんとは、モンスターやイベントの略称というわけではなく、いつも特定のひと気の無い橋の上に陣取り、挑戦しに来たプレイヤーをことごとく返り討ちにしている変わり種のプレイヤーの事である。

事情を知らないであろう、明らかに初心者のプレイヤーには手を出さず、奇襲を行わない紳士さと、交渉次第ではPT(パーティ)を組んで狩にも同行してくれる、傭兵の様な事もやっているので、プレイスタイル的にはPK(プレイヤーキラー)に属するのだが、割りと他プレイヤーから親しまれ、見た目もあいまって、弁慶さんと言う呼ばれ方をしている。

多くのギルドから勧誘されているらしいのだが、

「私を従属させたいのならば、まず、倒してからにしろ」

との事で、腕に覚えのある幾人かが挑んだが、未だに倒せずにいるのが現状である。

そして、まだ規定人数に達していないため(俺と幼馴染の2人だけ)、結成出来ていないが、いずれ作るギルドの為、是非とも仲間に入れたいプレイヤーの一人である。

彼女…セリーヌと俺の同意見である為、否定の余地もなく、

「うし!んじゃ、チャレンジしてみますか!」

話はすんなりとまとまった。

まずは移動ということで、溜まり場にしているBARから外に出る。

お互い未成年ではあるが、他のプレイヤーから邪魔にならず、クエストカウンターも兼ねているこのBARに何と無くよく集まるのだ。

通称、弁慶橋への道すがら、

「今日こそ一撃お見舞いしてやるわ!」

鼻息荒く、セリーヌが吠える。

「そんなに力んでると、当たるもんも当たらん様になるぞ〜」

弁慶さんへの挑戦は今回が初めてというわけではなく、6回程挑み、全敗してしまっている。

回復ポーションを使えば、楽に戦えるのだが、暗黙のルールで、弁慶チャレンジは回復禁止のタイマン勝負となっている。

もちろん、相手方も回復を行わないので、フェアな対戦だ。

相手のHPを削り、行動不能にするか、橋から場外にするかのいずれかで勝敗が決まる。

敗戦した6回共、セリーヌと俺の交互で対戦…という作戦だったが、セリーヌが必要以上に本気を出して、暫く動けそうに無かったので、介助する為、俺は一度も手合わせをしていない。

さてさて、今日はどうなることやら…

「もうすぐだね!いや〜、楽しみだな〜!」

セリーヌと雑談しながら歩を進めて行くと、ようやっと、目的地が見えてくる。

俺たちが居た中央街(セントラル)から、大分離れた郊外にその橋はある。

橋を渡った先は農場地区であり、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)から土地を買い、種や苗木を植えて、植物系MOBを育成?生産?まぁ、とにかく、つくるのに必要な施設だ。

ただの土があるだけの土地にもかかわらず、「施設」というのも何か違和感があるが、そういうものだとご理解頂きたい。

セリーヌが弁慶さんにこだわっているのも、その辺りが関係している。

現状では、農業は農場か、ギルドホームに設置した農場設備でしか行えず、ギルドホームの場合、コストパフォーマンスが悪い&農業の不人気さから、実現は難しいので、目の前に広がる農地を欲しているのだ。

不遇扱いの農業スキルだが、セリーヌには魅力的に映っているらしい。

まぁ、彼女の格好からして、察して頂けるとありがたい。

「ん?なんだ。またお前たちか。おはよう」

「おはよう!弁慶さん!」

「おはようございます」

俺たちの顔を見ると、弁慶さんが挨拶で迎えてくれたので、こちらも返す。どうやら、顔を覚えられたようだ。

「今日も挑戦に来たのか?それとも農場の利用か?農場の利用なら通して…」

「もちろん!挑戦で!」

弁慶さんの言葉にかぶせる様にセリーヌが返答する。

この弁慶さん、見た目によらず…というのは失礼か…いい人で、初回から農場の使用のためなら、素通りで良いと言ってくれているのだが、セリーヌ大先生の変なこだわりで、未だに開墾(かいこん)出来ていない。

うん?よく考えたら、敵は目の前じゃなくて、身内に居たんじゃ無いか?

……考えるのはよそう。

「うむ。では、挑戦を受けようではないか」

ちょっと疲れた様に聞こえるのは気のせいかしらん?

「お疲れ様です。いつもご無理言いまして、申し訳ない」

「いやいや、私も好きでここに居るのだから、無用な気遣いだぞ」

「いえ、うちのがご迷惑をおかけしまして」

「なんのなんの!」

半ば最近の弁慶さんとの定型化したやりとりをしていると、

「ちょっと!聞き捨てならないこと言わないでよね!」

「どのへんが?」

「うち「の」ってなによ!うちのって!ちゃんと、うちのギルメンってはっきり言いなさいよ!」

顔を真っ赤にしたセリーヌに咎められる。

「将来的には、お前のこと、家内と呼べる様になるんだから、別にいいだろ?」

「んなっ…」

更に顔を赤くして、彼女は黙り込んだ。

VRって凄いよね。プレイヤーの表情までキャラクターに投影できるんだから。

「お主ら、もしや…?」

「ああ、違いますよ。出会い(ちゅう)じゃ無くて、幼馴染と一緒にプレイしてるだけですから」

怪訝そうな弁慶さんにフォローを入れておく。

「なるほど。すまんな。そういう手合いも少なからず見かけるものでな」

誤解だと理解してくれた様で一安心。

(ちな)みに、セリーヌは「お、おお、おさ、幼馴染と、プ、プ、プレイ!」真っ赤な顔を手で覆って、イヤイヤをする様に首を降っている。

何あの可愛い生き物?今すぐVR外して抱きしめに行こうかしら?家は隣同士だし。

「今日も嬢ちゃんが相手か?と、言いたいところだが…」

弁慶さんの言葉で現実に引き戻される。

「そうですね。今日は、俺から挑戦させて貰いますね」

だって、未だに真っ赤になって、幸せそうな表情してるんだもの。時々、くねくね身をよじらせて、不思議ダンスを披露してるのだもの。

「顔を合わせるのは7回目だが、お主とは初めて手合わせするな」

何処と無く嬉しそうな弁慶さん。背中には、薙刀(なぎなた)と、長巻(ながまき)をXの字に掛け、手には槍を持っている。槍は三つ又に別れていて、十文字槍というよりは、トライデントと呼ばれる槍に形状が似ている。

和装…正確には僧兵姿の弁慶さんには、ミスマッチな武器に思えるが、彼は、背中の2振り以外は、毎回異なった武器を装備している。

両手剣だった時もあるし、棍棒だった時もあるし、戦斧だった事もある。

基準は分からないが、時々によって、手持ち武器は変えている様だ。

鍛治スキル持ちは武器に対する恩恵を少しは受けると聞いた事はあるが、ここまで色々な武器を使いこなせるものだろうか?

武器には、それぞれ、適した「マスタリー」と呼ばれるスキルが必要になってくる。

例えば、剣なら「ソードマスタリー」斧なら「アックスマスタリー」など、適したスキルが無ければ、持つ事は出来ても、装備して攻撃することは不可能なのだ。

と、疑問は残るものの

「お手柔らかにお願いしますね」

待たせるのも悪いので、自身の武器を構える。

「何だ?盾しか装備してない様に見えるが?」

「ええ。これが俺の武器なので」

俺は、左手に盾を右手は素手で対峙している。盾も金属製のものでは無く、亀の甲羅に取っ手を付けただけの様な代物だ。

拳闘という、素手での攻撃を得意とするスキルも存在するのだが、あいにく、拳闘スキルは盾を装備していると使用出来ない。

なので、盾を装備した時点で、俺が拳闘スキル持ちでない事は確定&右手は素手というスタイルなので、

「舐められたものだな!少しお灸を据えてやる!」

侮られたと思った弁慶さんの渾身の突きが襲いかかる。

それを正面から、素直に受けるとモロにダメージを貰うので、盾の亀甲の部分で刃を受けると、横にいなして突きを受け流す。

「ふむ。どうやら、侮っていたのは、こちらの方だった様だな。謝罪しよう」

こちらの実力を試すためのものだったらしく、改めて構え直す弁慶さん。

「そう思われても仕方無いと思います」

今までも何度か、狩に出た際に、他プレイヤーから「盾しか装備してないとかww」「モンスター舐めてたら、痛い目見るぞ」と、嘲笑(ちょうしょう)や注意をされることがあった。

片手に剣や鈍器などの武器を構えているか、最大人数の6人PTなら何も思われなかったかも知れないが、あいにく、これが俺の戦闘スタイルなので、周りからどう思われているか分かっているので、苦笑で返す。

謙遜(けんそん)しなくてもいい。スキルを使わなかったとはいえ、初手の攻撃を無傷ですませたのは君が初めてだ」

「そりゃ、セリーヌとの闘いで、有る程度見慣れてますし」

「傍観者と当事者では、感じ方も見え方も変わってくるだろう?それに、君たちに対して、槍を使ったのは今回だけだ」

さっきの憤りは演技だったのか、冷静に分析する弁慶さん。

「今までも盾スキル持ちが挑んで来たが、受けて耐える事は出来ても、受け流されたのは初めてだよ」

「買い被り過ぎですよ」

「果たして、そうかな?」

ニィと、好戦的な笑顔を覗かせ、

「『5段突き』」

スキルを使用して再度突きを放ってくる。さっきと違い、手首の捻りも加わっており、まともに受けると、盾ごと弾かれそうなので、狙いを前に出ている左手に定めて受け流す。

どうやら、初撃が対象に当たらないと不発に終わるスキルらしく、2発目以降の突きが発動しない。

強力なスキルの反動で、クールタイムが存在し、弁慶さんは身動きの出来ないまま、驚愕の表情で固まっている。

多少卑怯かな〜とは思うが、その間に俺は、もう一つ左手に装備したのと同じ盾をインベントリから取り出して右手に装備し、

「『W(ダブル)シールドバッシュ』『シールドラッシュ』」

立て続けにスキルを発動する。

シールドバッシュとは、盾で相手を吹き飛ばすスキルで、喰らった相手は暫くスタンして、動きを封じられる。

シールドラッシュは、読んで字のごとく、盾でのラッシュ(タコ殴り)というものだ。

シールドバッシュは、通常の『シールドマスタリー』で取得出来るが、ラッシュの方は、『W(ダブル)シールドマスタリー』という、双盾スキルが必要になる。

普通に考えて誰も取らんけどね…

農業スキルが不遇扱いなら、双盾スキルは、不認知スキルと言える。

知ってても取らない。というスタンスでは無く、そもそもが存在自体が認識されていないスキルなのだ。

取るのは俺の様な変わり種くらいだろう。

弾かれた弁慶さんは、ダメージをそこそこ受けた様だが、戦闘不能には至っていない。

というか、2割に届くかどうか…という位しかダメージを与えていない。

戦闘特化のステータスじゃ無いので、当たり前と言えば、当たり前なのだが、セリーヌとの闘いでは、もう少しダメージを与えていたので、2割というのは、正直、ショックだ。

こちらのクールタイムが終わり、弁慶さんを見てみると、クール&スタンの影響で、まだ硬直していた。

俺は構えたまま、

「ちょっと待て!」

慌てた様子の弁慶さんに近づき、

「だから、買い被りだって言ったじゃ無いですか」

さっきと同じ攻撃を繰り返す。

橋はそんなに長いものでは無いので、これで弁慶さんは場外に押し出される。

「ふぅ…」と、安堵のため息をつきながら、

「勝ったぞ〜」

セリーヌに振り返る。

「うん。見てたから、それは分かるんだけど…うん。う〜ん?」

納得出来なさそうに首を捻っていらっしゃる。

「言いたいことは分からなくも無いんだけどね?俺の戦法としては、ああするしか無かったというかね?」

「ああ、うん。防御力はともかく、攻撃は皆無に等しいから、戦闘不能じゃ無くて、場外を狙うのは分かるのよ」

「じゃあ、何が不満なんだ?」

「やり方が卑怯よね?」

「心に来る評価を有り難う!」

試合に勝って、勝負に負けるって、こういうことなんだろうか?凄く心が痛いです。

「それにね?」

とてもいい笑顔でこっちに顔を近づけて来る。

あ…これ、あかんやつや…

割と本気目で怒った時にする表情ですわ…

「今までの私の苦労は何だったのか?っていうかね?出来るんなら、もっと早めに言いなさいよ!っていうか、もっと色々言いたいことはあるんだけど!とーにーかーく!」

一旦言葉を区切り、わしゃわしゃと頭をかきむしりながら、

審判(ジャッジ)として、今の試合は無効とします!」

理不尽な事を(のたま)い始めた。

「いつから、セリーヌは弁慶さんの審判(ジャッジ)になったの?!」

口を尖らせて、

「今ですぅ〜!試合に審判は必要なんですぅ〜」

可愛いかよ。こんちくしょう。

どうやって(なだ)めようか考えていると、

「痴話喧嘩なら、他所(よそ)でやってくれんか?」

弁慶さんからの声がかかる。

「あ、すいません。そんなつもりじゃ無かったんですが…」

素直に謝罪していると、

「そんなつもりって、どんなつもりよ!ほら!弁慶さんからも言ってやって!あんな勝ち方認めないって!」

セリーヌが突っかかってくる。いや、お前の立ち位置何処なんだよ?いつの間に弁慶さんサイドになってんの!?

こうなることが予想出来たから、挑戦控えてたのも理由の一つにあるのだが、幾ら何でもひどく無い?!泣きそうなんだけど…

「いや、勝ちは勝ちだ。油断していたこちらにも落ち度があるからな」

(おとこ)らしく、潔く負けを認める弁慶さん。

「でも…」

まだ納得のいかないセリーヌはごねようとするが、

「お主の場合、頭では理解しているが、感情が追い付いていない…という感じでは無いか?」

「そうかも」

感情表現が豊かで、怒りやすい一面もあるが、決してヒステリックというわけでは無いので、人の注意を素直に聞くことができるのは、セリーヌの美点だと思います。はい。

「彼氏の勇姿を期待していたのは分かるが、人には得手不得手というものがあるからな」

「うん…うん!そうね!得意分野で格好いいとこ見せて貰う様にする!ありがと!弁慶さん!」

確かに、リアルでも男女のおつき合いはしているよ。そんで、最初に仕掛けたのは俺の方だと自覚もあるよ?でもね。面と向かって言われると、凄い恥ずかしいんですよ!

真っ赤になって、彼女の顔がまともに見れない…きっと、さっきと違って笑顔になってるんだろうけど…

「坊主も幸せ者だな!大切にしろよ〜」

がっはっはと、盛大に笑いながら、俺の頭を撫で回す弁慶さん。

「ええ。そりゃ、大切にしますよ。それより、俺の名前は、源三郎(げんざぶろう)ですよ」

坊主呼ばわりに苦言を呈しながら、弁慶さんの手を払いのける。

「そりゃ悪かったなぁ」

上機嫌で肩を(すく)める。

「俺も『弁慶さん』じゃ無いんだがねぇ」

「そう言えば、お互い、名前を知りませんね。失礼しました。名前を(うかが)っても?」

つい、忘れてしまっていたが、弁慶さんとは、通称であり、本来、ちゃんとした名前があるはずなのだ。

見た目も名前も同じという可能性もあるけども。

ゲームによっては、頭上、もしくは足元なんかにPC(プレイヤーキャラクター)名が表示されるのだろうが、このゲームに関しては、それが無い。

現実世界と同じ様な視点しか表示されないので、相手の名前を知りたければ、お互いに自己紹介するしかないのだ。

HPバーは表示されるので、PvP(プレイヤー対プレイヤー)や、辻ヒールなんかには困らないけども。

「ああ、それに答えてもいいが…場所を移さないか?」

と提案を受ける。

不思議思い、どう返答しようかと思って居ると、

「いいよ〜。立ちっぱなしで話すのも疲れるからね〜」

先にセリーヌが承諾してしまう。

「こっちだ。着いて来てくれ」

了解を得た弁慶さんは、俺たちに背を向けて、先に歩き出す。

道中、セリーヌが

「お茶くらいでるよね?お菓子もある?」

と何の気負いも無く訊いているのを見て、大物だなぁと、思いながら、背中を追いかける。

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