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[1:畜産の影響――感情論だけじゃない]

先輩のセリフ中にもありますが、この話に出てくる数字はめちゃくちゃアバウトです。





「そうね、まずは菜食主義と聞いて思い浮かべる人が多いことから話していきましょうか」


「というと?」


「畜産が与える影響についてね」


「ああ、動物愛護団体の人たちがよく騒いでますよね。飼育環境がかわいそうだとか」


「そうね、でも、そのことについてはこの次に話すことにするわ」


「え? どうしてですか」


「言ってしまえば、動物がかわいそうと思うかどうかなんてその人の考え方に完全に依拠するからよ。ただの感情論に走ってしまえば、それは宗教と変わらなくなってしまう。だから今回は、畜産が『人間に』与える影響に絞って話していくわ」


「人間に与える影響ですか? おいしいお肉とか卵とか牛乳が手に入るだけじゃないんですか?」


「ふふ、案外君と同じように考えている人は多いかもしれないわね」


「その言い方からすると、違うってことですよね」


「それをこれから話していくのよ。まずは食糧生産から始めるわね。日本にいるとわかりずらいでしょうけど、家畜が穀物の生産に与える影響は大きいのよ」


「畜産、穀物……あ! 家畜の餌ですね!」


「わかったの? ここで1つ質問するわね。家畜が必要とする穀物の量がどれくらいか君は知っているかしら」


「え、考えたこともなかったです。どれくらいなんですか?」


「肉牛を例に挙げてみると、肉牛を1kg太らせるためには大体10kgの穀物が必要になるのよ」


「すみません、それがどれくらい多いのか正直よくわからないんですけど」


「もっとわかりやすく言うと、世界で作られるとうもろこしとか大豆だとかいった穀物の約半分が家畜の餌に使われているってことよ。アメリカでは農地の8割が家畜のために利用されているともいわれているわね」


「8割ってほとんどじゃないですか!」


「そう、ほとんどなのよ」


「でも、よく考えてみると仕方がないんじゃないですか? 人の食べるものを生み出すためには畜産が必要で、畜産をやめちゃったら食糧不足になっちゃうと思うんですけど」


「それは違うわ。むしろ逆よ」


「え? 逆、ですか」


「そう。さっき肉牛を1kg太らせるためには穀物が10kg必要だって言ったわよね? 単純に考えれば、ある量の牛肉でお腹いっぱいにできる人が1人だとすれば、その牛肉をつくるのに必要な穀物をそのまま食べさせれば10人をお腹いっぱいに出来るってことよ」


「あ、なるほど。よく考えてみれば当たり前ですね」


「そう、当たり前なことだけど、考えないとピンとこないのね。だから、今畜産に使われている穀物を人間の食糧として利用すると、食糧問題なんて簡単に解決できてしまうともいわれているわ」


「つまり、肉を食べないことで肉の需要を減らし、畜産農家が儲からないようにして畜産をやめさせることがベジタリアンになる目的ってことですか」


「そうなるわね。それが理由の一つとして挙げられる……何か言いたげね」


「はい。もし家畜が飼育されなくなったら、穀物の需要は減るんじゃないですか? そうなったら、穀物を栽培する人も減ってしまうと思うのですが」


「いいところに目を付けるわね。君の言う通りで、この話はそう単純なものじゃないわ。そもそも、畜産の目的はたくさんの人の飢えを解消することではなく、利益を得るためよ。現実には家畜がいなくなれば畜産で生計を立てている人はどうするのかといった問題もあるわ。結局のところ、どんなに生産効率が上がったところで、飢えに苦しむ人は出てくるでしょうね。これは経済の問題でもあるから。経済格差を縮小しないことには、食糧問題は解決しないわね」


「難しいですね」


「ただ、畜産が影響を与えるのは食糧供給に対してだけじゃないわ」


「他にもあるんですか?」


「うん、家畜は穀物だけで生きていけるわけじゃないでしょう? 彼らが生きていくには他に何が必要だと思う?」


「他にですか……うーん、快適な寝床とかですか?」


「ふふ、それもあると喜ぶでしょうね。だけど、もっと、切実なものがあるでしょう?」


「ヒントください!」


「夏、運動した後、何が欲しくなる?」


「あ! 水分!」


「そう。当たり前だけど動物が生きていくためには水が必要よ。家畜だって例外じゃない。今度も、牛肉を例に挙げると、牛肉1kgを生産するのに約3600万Lの水が必要になるわ」


「牛ってめちゃくちゃ水飲むんですね」


「そうね。彼らは1日に100L以上も水を必要とする。何でそんなに水が必要かっていうと、唾液の量がすごいからよ。必要とする水のほとんどは唾液に使われているわ。というか、これについては生物屋の君のほうが詳しいんじゃないのかしら」


「いやいや、牛の飲む水の量なんて畜産農家か獣医師でもないと知りませんって……あ! 先輩、僕先輩の間違いに気づいちゃいました」


「いいわよ、言ってみなさい」


「さっき先輩、牛肉1kgに3600万L必要って言いましたよね? 3600万Lを100Lで割ると、36万! これを365日で割ると約1000になりますよね!? 牛は千年も生きませんよ! どう考えてもおかしいです」


「なるほど、でもその計算は正しくないわね」


「え? どこがですか?」


「まず水の量は牛1頭が必要とする量よ。出荷時の牛の体重は大体800kgでそのうち肉になるのは約200kg。とてつもなく大雑把に計算すると、牛肉1kgが1日に必要とする水は君の計算の200分の1ね」


「ますます牛が不老不死になるじゃないですか!」


「それは、君が『牛肉を生産するのに必要な水』について勘違いしているからよ」


「え? どういうことですか?」


「ここで言う水の量には、彼らの餌となる穀物の栽培に必要な分も加味されているのよ」


「ああ! その存在をすっかり忘れてました!」


「とうもろこし1kgの生産に必要な灌漑用水は約1800L。そして、肉牛は1日に約30kgの穀物を食べる。それを含めて計算すると、3600万Lにちかづくんじゃないかな」


「牛の生存期間、約36年になりましたね。でも肉牛って2年前後で出荷じゃなかったですか?」


「……まあ、全部アバウトな数字だから仕方がないわね。でも、最初の1000年と比べれば一気に近づいでしょう?」


「なるほどです。畜産って水も使うんですね」


「そういうこと。畜産の問題点は食糧供給だけでなく水の供給にも関係しているの」


「あー、なんだか僕どっと疲れちゃいました」


「もう一つだけ話しておきましょうか」


「え? まだあるんですか」


「ええ、我慢して聞いて頂戴。最後に話すのは地球温暖化への影響よ」


「地球温暖化? いくら何でもこじつけじゃないですか? 畜産と温暖化なんて関係性が全くないように思うんですけど。あ、もしかして家畜が呼吸するからですか?」


「呼吸ね、間違ってはいないけど、それはそこまでの影響じゃないわ。もっと大きく影響を与えるのはメタンガスよ」


「メタンガス? なるほど、牛は反芻動物ですからね、体内で草が発酵するときにメタンガスが出ますね」


「そう、そしてメタンガスは二酸化炭素の20倍の温室効果がある」


「でも、そんなに影響があるんですか?」


「大きいと思うか小さいと思うかは人それぞれだと思うし、そもそも地球温暖化への人間の影響についても疑問視する人も多いわね。でも、畜産で排出されるメタンガスの温室効果は自動車やトラックの排ガスよりも大きいということがわかっているわ」


「そんなこと、考えてもみませんでしたね」


「これで、畜産についての話は終わりにするよ。まとめると、畜産の影響は次のようになるわね。①食糧問題、②水不足、③地球温暖化の3つよ」


「いやー、僕ずっと畜産に反対する人はかわいそうって理由だと思ってました」


「もちろんそういう人もいるわ。でもこういった問題も実際にあって、それを理由に反対している人もいるってことを知ってほしいわね」


「なるほど!」




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