プロローグ -ホームランの憧れ-
「おにーちゃんがんばってー!」
年端も行かぬ女の子が金属でできたネットの向こうに立つ男の子に向かって叫んでいた。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振るその姿は何とも可愛らしい。
「おう! 見てろよー!」
女の子の声援に気が付いた男の子が、妹の声援に答えながら親指を立てている。
「ちゃんと前見て集中しろっ!」
「ぅぉ……あ、ハイっ!」
ベンチ脇に立っていた一人の男性が男の子に向かってやや荒っぽい声を上げる。その声を聞いた男の子は一瞬肩を竦めたが、すぐに男性に反省をすべきは自分だと思い直して返事をした。
その様子を見ていた金属のネットの外側にいたたくさんの大人が笑い声を上げた。
「くっそー、見てろよー」
男の子は笑い声を聞きながら少しだけ悔しそうにしながらゆっくりと歩を進めた。
「お願いしますっ!」
男の子がヘルメットを取り、脇に立っていたマスクを被った男性に一礼する。
次に白い線で描かれた四角い枠の中へと踏み入れ、手に持った金属のバットを軽く地面に当てながら足場を固め、立ち位置を決める。
ゆっくりと自分から十六メートル離れた小高い土の山の上に立つ少年に向けてバットを持ち上げると、気合を入れた。
「っしゃ、こーい!!」
バットを右の肩の当たりに持ち上げ、相手の少年をじっと見据える。
少年が何度か首を縦に振り、ゆっくりと左手にはめたグローブと右手に持ったボールを頭上へ掲げた。
ゆっくりと右足を足元の白いプレート脇に踏み出し、左足を高く上げる。
それに呼応するように男の子が左足を僅かに引く。
少年の体がゆっくりと左に傾く。直後、少年が支えきれなくなった体重を乗せるように左足を真っ直ぐに男の子の方へ踏み出し、体を捻るように正面へ向く。少し遅れて右手が真っ白なボールを前へと送り出す。
少年の右手から離れたボールは勢い良く、真っ直ぐに、ぶれる事なく男の子のいる方へと向かって飛んでいく。
男の子の近くに置かれた五角形の白い板の上を通過するコース。
男の子の腰のやや下あたりの高さを目掛けて飛んできたボールが唐突に方向を変える。
真っ白なボールは青く澄んだ空に吸い込まれるように空を泳ぎ、扇の形に周囲を囲んでいたネットを飛び越えた。
「おにーちゃんかっこいいー!!」
その様子を見届けた女の子のテンションは最高潮に達した。
周囲の大人たちも関心する者、大喜びする者、がっかりする者等、様々な反応を示している。
「おかーさん! おにーちゃんかっこいい!!」
「お兄ちゃん打ったね! かっこいいね」
男の子と女の子のお母さんも喜びを隠すことなく、全面に押し出している。
「あのね、おかーさん」
「どうしたの?」
女の子が頬を上気させながら母へと向かって、興奮冷めやらぬまま言い放った。
「わたしもおにいちゃんみたくなりたいっ!」