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〈暴食〉のアル  作者: ゆうと
第6章『帰省編』
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第81話

「お、お願いします……。何か、食べるものを分けてくれませんか……?」


 ノックの音を受けて老婆が玄関のドアを勢いよく開けると、そこにいたのは1人の少女だった。

 年齢は十代前半か中頃かと思われるが、その体躯は同年代と比べてもかなり小柄であり、身に付けている服はそのどれもが砂埃や泥に塗れて汚れきっていた。老婆の顔を見上げるその表情も弱り切っており、おそらく数日ほどは外を歩き回っているであろうことが推察できる。

 待ち望んでいた者達ではなかったことで顔をしかめかけた老婆だが、ふと何かを思い立ったようにそれを堪え、まじまじとその少女を観察し始めた。


 少女の髪は砂や泥を頭から被ったかのように汚れきっているが、おそらく元々同じ色だったであろうその瞳はまるで宝石のように鮮やかな緑色をしており、ぱっちりと大きなそれが老婆の目を惹いた。小振りな鼻や口なども整っており、子供らしい可愛らしさを前面に押し出した顔つきをしている。またその体つきも小柄ではあるものの、服越しに見ても痩せ細っているというわけではなく、触れれば柔らかな感触が返ってくるであろうことは想像に難くない。

 つまり、エルフの子供ほどではないにしろ、充分に買い手が付く“優良商品”といえる。

 1秒も掛からずにそう結論付けた老婆は、にっこりと努めて優しく笑みを浮かべた。先程家の中での彼女とはまるで違う、それこそ“お金に余裕のある人当たりの良いお婆さん”という印象を受ける笑顔だった。


「どうしたんだい、こんな所に1人でやって来て? しかも随分と汚れてるじゃないか」

「えっと……、何日もご飯を食べてなくて……。お父さんとお母さんと一緒に馬車で旅をしてたんですけど、途中で悪い人達に襲われて……。わたしは何とか逃げられた、んですけど、お父、さんとお、母さん、が……」


 話している内に少女は顔を俯かせ、プルプルと小刻みに体と声を震わせ始めた。老婆からは頭頂部が見えるだけでその表情は窺えないが、何かが込み上げるように言葉を詰まらせるその姿はまさに“悲痛”という表現がピッタリだった。


「……悪かったね、辛いことを思い出させて。お風呂にお湯が張ってあるから、そこで体を洗ってきなさい。その間にご飯を作っておくから」


 老婆はそう言って、玄関から一番近いドアを指差した。おそらくそこが脱衣所、そしてその奥に浴場があるのだろう。


「……ありがとうございます」


 少女は服の袖で乱暴に目の辺りを擦ってからさらに深く頭を下げて、老婆とドアの隙間を擦り抜けるようにして家の中へと入っていった。そして先程老婆が指差したドアへと駆け込むように早足で向かい、ドアを開けてすぐさまその中へと入っていった。

 老婆は首を回してドアの陰に隠れて見えなくなるまで彼女の背中を見送ってから、ゆっくりと玄関のドアを閉めて鍵を掛けた。

 そのときの彼女の表情は、口角を不自然に吊り上げた醜悪なものだった。




「……さてと」


 少女は脱衣所に足を踏み入れた途端、先程まで言葉を詰まらせ体を震わせていたとは思えない、ほとんど感情の読み取れない無表情で呟いた。いや、小さく溜息を吐くその姿は、ほんの少しの“呆れ”を含ませるものだった。

 そんな少女――アルは、脱衣所をぐるりと見渡しながら、つい半刻ほど前の遣り取りを思い起こした。



 *         *         *



 エルフの子供達が闇のマーケットに連れて行かれるまであまり猶予は無く、一刻も早く救出しなければならない。そのためには子供達が今もなお閉じ込められている、ユフィの証言でいうところの“お婆さん”のアジトを、見渡す限りの広大で鬱蒼とした森の中から見つけ出す必要がある。

 普通に考えれば絶望的な状況かもしれないが、そのアジトから逃げ出したというユフィの存在が大きな鍵となる。

 彼女の話によると、アジトを逃げ出してから広場でクルス達と出会うまで、ほぼ丸1日ほど歩き通しだったという。休憩をしようにもいつ追いつかれるか分からない状況で充分体を休めるなんてできるはずもなく、ましてや夜になったからといって眠るなんてもっての外だ。クルス達と出会ったときは傷だらけだった彼女だが、アジトで傷つけられたものは1つも無く、その全てが森の中を歩いていたときにできたものだという。


 ここで重要なのが、広場からアジトまでの“距離”である。

 丸1日歩いたからといって、子供の足で進める距離など高が知れている。しかも平坦な草原ならまだしも、彼女が歩いたのは草木が生い茂る森の中である。様々な障害物に足を取られるだろうし、目印の見失いやすい森だとまっすぐ歩いてるつもりで蛇行している場合がほとんどだ。なので広場からアジトまでの距離は、直線で結ぶと意外と短いかもしれない、という推測が立つ。

 さらにここで注目すべきは、エルフの子供達を連れて行くための“輸送手段”だ。

 いくら子供とはいえ、数人を纏めて運ぶとなるとそれなりに手段は限られてくる。さらに誰にもバレずに運ぶ必要があることを考えると、クルス達のようなドラゴンなど空を飛べる生物を用いた輸送はかなり目立つので避けるに違いない。

 だとすると、子供達の輸送手段は荷車付きの馬車である可能性が高い。行商人にでも成り済ませば、大量の荷物に紛れ込ませて子供を運ぶことも可能だろう。そう考えるとアジトの位置も、馬車が通れるように舗装された道路の傍の方が都合が良い。さすがに道路から直接見えるほど近くはないだろうが、それでも歩いて迷わず行ける近さであることは間違いない。


「よし、つまりその家を探し出せば良いのだな! みんな、行くぞ!」


 と、エイシアがそう叫んで仲間を引き連れてさっそく森の中へと突っ込もうとして、シンにそれを止められた。


「何をする! 早くしなければ、あの子達が下劣な奴らの手に――」

「闇雲に森の中を探し回っても、無駄に時間を浪費するだけですよ。――“この子達”に、探してもらいましょう」


 シンはそう言って小さく呪文を唱えると、その手に持つ杖の先端を地面に向けた。

 すると次の瞬間、細かい文字が複雑に刻まれた魔法陣がその地面に青白い光で浮かび上がった。バニラはそれを興味津々に眺めていたが、その直後に魔法陣がより一層強烈な光を放ち始め、彼女は反射的にその腕で目を庇いながらそこから目を逸らした。

 そしてバニラが再び目を開けると、魔法陣があったその場所に、


「……鳥?」


 バニラの呟きを耳聡く聞き取ったのか、肩に乗るくらいの大きさで鮮やかな水色が目を惹く、全体的にツバメのような見た目をした5羽の鳥が一斉に彼女へと顔を向けた。あまりに統率の取れたその動きに、バニラは思わずギョッとした表情で体を仰け反らせる。


「へぇ、シンも召喚の魔術が使えるんだ」

「一応学生時代は“治癒”だけじゃなくて“召喚”も成績は上位だったからね。今回は人探し、というかアジト探しだから、この子達に協力してもらうとしよう。――それじゃみんな、よろしくね」


 シンのその呼び掛けと共に、地面に小枝のような細い足を付けて立っていた5羽の鳥が、一斉に羽をばたつかせてバニラの腰の高さまで浮かび上がる。

 そして、次の瞬間、


「うおっ!」


 アルが思わず声をあげる勢いで、5羽の鳥が、先程ユフィが姿を現した茂みへと飛び込んでいった。先程エルフが襲撃したときに放った矢と変わらぬスピードで、大股で10歩先も見通すことが困難なほどに木々が生い茂る森へと突っ込んでいくその姿に、バニラが思わず両手で口を覆って息を呑んだ。

 しかし1羽の鳥がその頭を木の幹に激突させるまさに直前、鳥の体が幹の表面を撫でるようにその軌道が逸れ、まったくスピードを落とすことなく森の奥へと突き進んでいった。他の4羽もそれは同じで、5羽の鳥はそれこそ風が森の中を抜けるようにスイスイと飛んでいき、そしてあっという間にその姿が見えなくなった。


「成程、確かに“ウィンディ・スワロウ”ならば、この森の中でも家を探すこともできるわね」


 5羽の鳥の去っていった方向を見つめながら、クルスが本当に感心しているのかよく分からない平坦な声で呟いた。

 ウィンディ・スワロウはその名前の通り、森の中といった障害物の多い場所でも風のように優雅に飛び回れるツバメのような見た目をした鳥だ。特に先程の5羽は古くからシンの使い魔として特別な訓練を受けており、“森の中にひっそりと建つ家を探し出す”といった命令も忠実にこなす、実に頼れる仲間である。

 そして白魔術の《シェア・センス》があれば、森の中を矢のように素早く動き回れる5羽の鳥の視界を共有することができる。ある程度場所を絞れていることもあって、アジトらしき建物を見つけること自体はそれほど時間は掛からないかもしれない。


「まぁ、問題があるとすれば、むしろアジトらしき建物を見つけた後なのよね」

「どういうことだ? あなたは貴族なんだろう? 貴族の権力を使って、むりやり押し入れば良いじゃないか」


 クルスの言葉に対するエイシアの問い掛けは、彼女に限らず一般的な市民がごくごく普通に考えていることだろう。強大な権力を持つ貴族による市民への横暴な振る舞いは、残念ながら様々な場所で見られているのが現状だ。


「貴族だからって、何でも許されるわけじゃないのよ。私だけが被害を被るならまだマシだけど、下手なことをして実家に迷惑が掛かったらそっちの方が問題だわ」

「子供時代からアレだけやらかしておいて、今更すぎる気もするけど――」

「そこ、うるさい」


 余計なことを呟くシンをピシャリと窘めるクルスに対し、


「つまり、アジトに踏み込めるだけの“根拠”が欲しいんでしょ? ――だったらわたしがやるよ」


 そう言って手を挙げたのは、今までほとんど黙り込んでいたアルだった。



 *         *         *



「ふーっ! 気持ち良かったぁ!」


 森の中を歩き回っていた、という設定のためにわざわざ被った泥や砂を綺麗さっぱり洗い流したアルが、ルンルンと嬉しそうにドアを開けてリビングへと入ってきた。

 彼女から見て手前にはカーペットが敷かれ、その上にソファーと低めのテーブルが置かれている。奥はキッチンとなっており、その手前には1人で使うには少々大きめのダイニングテーブルがあった。そして部屋のちょうど中間辺りの壁に、別の部屋に繋がっているであろうドアが見える。

 しかしアルの視線は部屋全体ではなく、ダイニングテーブルの上に置かれた湯気の立つ料理で固定されていた。焼きたてのパンに自家製らしきバター、食欲をそそる焼き色のついた肉のソテー、茹でた野菜のサラダ、さらには森の中で採取される食用の野草が入ったスープまで付いている。


「おぉっ、凄ーい! 美味しそう!」

「遠慮しないで、全部食べて構わないからね」


 アルは満面の笑みで賞賛の声をあげながら、料理の真正面に置かれた椅子へと駆け込むように腰を下ろした。宝石のように輝く大きな瞳をさらにキラキラと輝かせながら、その料理を文字通り食い入るように見つめている。


「ねぇねぇ! 本当に全部食べて良いのっ?」

「あぁ、そうだよ」

「やったー! いただきまーす!」


 アルは元気良く挨拶してからフォークを手に取り、肉のソテーに勢いよく突き刺すとガバリと大きく口を開けてそれを頬張った。そのとき窓の方でカタリと小さく音が鳴った気がするが、おそらく風か何かのせいだろうと、アルも老婆もそれを気に留めることはなかった。

 そしてアルが肉を引き千切り、力強く顎を上下させてそれを噛みしめている光景を眺めながら、老婆はニコニコと優しい笑みを浮かべ続けていた。


「美味しいかい?」

「うん! 凄く美味しい!」


 アルはそう言うと、残りの料理も次々と口に運んでいった。ちゃんと噛んでいるかどうかも怪しい勢いで、テーブルの上の料理が恐ろしい勢いで彼女の胃袋へと収まっていく。


「そう。――そりゃ良かったよ」


 そしてその料理を作った老婆は、初めて見た人間ならば一様に驚くであろう彼女の食事風景を目の前にして、それでも尚ニコニコと変わらずに笑顔を浮かべるだけだった。

 やがて、というほど時間も経たずに、アルはテーブルの上の料理を全て食べ終えた。アルは腹を擦りながら背もたれに寄り掛かり、大きく息を吐いてペロリと唇を舐めた。


「ふぅ……。ごちそうさまでした」

「お粗末様。満足してくれたかい?」

「うん、美味しかったよ! ありがとう、お婆さん!」


 ニカッと人懐っこい笑顔を浮かべて礼を述べるアルに、老婆も口元の笑みをますます深くした。しかし口角の上げ方が不自然だったせいか、どうにもその笑顔が僅かながらに歪んでいるように見えた。


「あっはっはっ、どういたしまして。よーくその味を憶えておくんだよ。何せ――」


 老婆が何か言おうとした、そのとき、


「――――あれっ?」


 椅子から立ち上がろうとテーブルに手を付いていたアルが、戸惑いの声と共にバランスを崩して体を傾けた。

 そして、


「――その食事が、おまえにとって最後のまともな食事になるかもしれないんだからねぇ」


 老婆のそんな言葉をバックに聞きながら、アルの体が崩れ落ちるように床へと倒れ込んだ。その拍子に彼女の手がテーブルの上の食器や座っていた椅子に当たり、ガシャンッ! と食器の割れる音や、バタンッ! と椅子の倒れる音が家中に鳴り響いた。


「おやおや、駄目じゃないかぁ。皿を落としちゃあ」


 そして老婆はそんなアルを見下ろしながら、彼女を責め立てるような言葉を吐いた。しかしそれに反して、実に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。もちろん“お金に余裕のある人当たりの良いお婆さん”ではなく、“けっして関わり合いたくない気の狂った老婆”の方である。

 そして老婆はそんな笑顔のままアルの傍まで歩くと、まるでそれを見せつけるように膝を折って彼女へ顔を近づけた。その間にもアルは何回か床に手を付いて起き上がろうとするが、フルフルと腕が小刻みに震えるだけで上体を起こすに至らない。

 やがてそれを諦めた様子のアルが、既に瞼が半分ほど閉じられたその目を老婆へと向けた。

 彼女の目と鼻の先で、これ以上は上がらないと思われた老婆の口角がますます吊り上がった。


「エルフのガキほどじゃないが、あんたもなかなかの見た目をしてるからねぇ。あんたもあいつらみたいに売らせてもらうよ。恨むんなら、自分の運の無さを恨むんだね」


 老婆はそう言って懐から杖を取り出すと、小さく口を動かして呪文を唱えた。ふわり、とアルの体が宙に浮かぶが、アルは特に反応を見せずに両腕両脚を重力に従ってダラリとぶら下げている。そしてその姿勢のまま、部屋のちょうど中間辺りの壁にあるドアへと老婆が歩くのに合わせて、彼女の体もぴったりと寄り添ってフワフワと宙を漂う。

 数歩ほどでドアの前にやって来た老婆は、宙に浮かせたアルを一旦床に落として(下ろして、ではない)から、懐から鍵を取り出してドアノブに差し込んだ。手首を捻ってガチャリと錠を外すと、ほんの少しだけドアを開けて鍵が開いたことを確認する。

 そしてその部屋にアルを押し込もうとすべく、老婆は床に転がっているアルへと視線を向け――


 ぐいっ。


「――――!」


 ようとしたそのとき、老婆は後ろから襟を思いっきり引っ張られた。首に食い込んで気管が圧迫される息苦しさを感じる間も無く、彼女の体はドアから離れるように後ろに吹っ飛んで、反対側の壁にその体を強かに打ちつけた。


「がっ!」


 短い悲鳴と共に肺中の空気をむりやり吐き出された老婆は、急いで酸素を取り込もうと大きく咳き込みながら何回も大きく深呼吸を繰り返した。突然の出来事に頭がパニックになりながらも、老婆は立ち上がりながら前を睨みつけるように見据えた。

 そして、平然とした表情でドアの前に立つアルの姿に、老婆の目が驚愕で大きく見開かれた。


「なっ――! おまえ、眠ったはずじゃ――」


 アルに呼び掛ける老婆に対し、しかしアルは反応する様子も無く、小さく開かれたドアの隙間から中を覗き込むだけだった。

 自分の作戦が失敗したためか、あるいは彼女の態度が自分を馬鹿にしているようで気に障ったのか、老婆はカッと顔を真っ赤に染め上げて、先程鍵を取り出した懐から今度は魔術に使う杖を取り出し、その先端を彼女へと向けた。

 そして次の瞬間、突然杖を持つ手にナイフで突き刺すような痛みが走り、老婆は思わず杖を床に落としてしまった。慌ててそれを拾おうとするも、一瞬火花が散って杖が明後日の方へと弾き飛ばされていった。

 咄嗟に正面のアルに目を向けるが、彼女の手には杖らしき物は握られていない。


「こっちよ、こっち」


 老婆の耳に届いたその声に老婆が咄嗟に顔を向けると、リビングの入口でこちらに杖の先端を向ける見慣れない金髪の美女の姿があった。そして彼女の後ろから、おっかなびっくりでこちらを覗き込む眼鏡の少女とか、こちらに隠そうともしない敵意を向けるやたら美人な女性とか、胸ポケットからネズミが顔を覗かせている男などが次々とリビングに踏み込んでくる。


「な、何なんだいアンタら! 人の家に勝手に上がり込んで!」

「領主の娘直々のガサ入れよ、光栄に思いなさい」


 その金髪の美女・クルスの言葉を合図に真っ先に飛び出したのは、意外なことにバニラだった。

 しかし彼女の行き先は先程鍵を開けたドアではなく、その前に立つアルだった。


「だ、大丈夫アルちゃん! 体、どうにもなってない?」

「平気だよ、バニラ。特に何ともなってないから」

「いや、なんで特に何ともなってないのよ。明らかに睡眠薬の入った料理を食べてたじゃない」

「そう言われても、わたしって昔からそういうの利かないんだよね。さっきの料理に使われてた睡眠薬も、やけに甘ったるいなぁって思っただけだし」

「……本当に、あなたの体には驚かされることばかりね――」

「おい貴様、どういうことだ!」


 突然部屋に響き渡ったその怒号は、先程鍵を開けた部屋に突入していたエイシアだった。彼女は両目を怒気に吊り上げて部屋から出てくると、そのままの勢いで老婆の胸倉に掴み掛かった。


「な、何だいいきなり! 乱暴だねぇ!」

「惚けるんじゃない! 子供達をどこにやった!」

「こ、子供達? はて、何のことだかねぇ……」

「貴様ぁ!」


 やけにわざとらしく聞こえる老婆の答えにエイシアがますます頭に血を上らせる光景に、クルスが表情を引き締めてアルに近づいた。


「ねぇアル、もしかして――」

「うん、一足遅かった」


 アルの返答に、クルスはすぐさまエイシアが飛び出してきた部屋へと駆け込んだ。

 丸太を組んで造られた壁に囲まれた、一般的な寝室と同じくらいの大きさの部屋。床には直接皿が置かれ、皿の上や床のあちこちに料理の食べ残しらしき残骸が散乱している。


 そんな不衛生な部屋には、エルフの子供なんて1人もいなかった。

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