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〈暴食〉のアル  作者: ゆうと
第3章『陰謀編』
42/83

第42話

 そして次の日。白曜日。

 太陽が地平線から顔を出し、部屋の窓に光が差し込む頃になって、バニラは目を覚ました。眠そうな目を擦りながら起き上がると、いつものように朝の用意を始めた。

 顔を洗い、眼鏡を掛け、洋服箪笥から引っ張り出した制服に着替えた。その際に、左胸のポケットに杖が入っていることを確認する。

 そしてその流れで、箪笥の扉に取りつけられた鏡で髪を整え始めた。寝癖になっている部分を軽く濡らし、櫛のように指を立てて髪を梳いていく。

 そして髪型が整ったことを確認すると、バニラは箪笥の扉を閉め――

 こんこん。


「…………」


 ようとしたそのとき、ドアを軽く叩く音に、バニラは思わずその手を止めた。昨日のダイアのことを思い出し、体を強張らせてしまったのである。

 まさかまた彼女が、とバニラは恐る恐るドアへと近づいていった。そしてそっとドアを開けると、ゆっくりとした動きでそこから顔を覗かせる。


「……え?」


 バニラは思わず、戸惑いの声をあげた。

 そこにいたのは、リーゼンドだった。一部の例外を除いて男性教師が女子生徒の部屋が並ぶ区域に立ち入ることはないし、そもそも彼は普段から生徒寮に立ち入るような人物ではない。


「えっと……、何かご用ですか、リーゼンド先生?」


 バニラが首をかしげて尋ねると、リーゼンドはにぃっと口角を上げてみせた。それは彼がよく浮かべる、整った顔にも関わらず彼が女子生徒から人気の無い原因となっている不気味な笑みだった。


「おやおや、随分なご挨拶ですね。私があなたの部屋にやって来ることが、そんなに不愉快なのでしょうか?」

「……いえ、そういうわけでは……」


 その言葉に妙な既視感を覚えたバニラは、露骨に顔をしかめた。


「まぁ、それに関しては問わないことにしましょう。今はそれよりも、もっと大事な問題がありますからね」

「大事な問題?」

「はい。――バニラさん、どうやらあなたは、昨日の授業を全部さぼったようですね?」


 どきり、とバニラの心臓が大きく脈を打った。


「……そのことに対しては、大変申し訳ありませんでした。友人が無実の罪を着せられて、居ても立ってもいられなかったんです」

「成程、それで犯人探しなどという探偵ごっこをしていたわけですか。しかし残念ながら、ここは魔術を勉強するための場所であって、探偵になるための場所ではないんですよ。なので我々教師としては、あなたの欠席を認めることはできません」

「…………」

「教師である私が、わざわざこうして出向いてあげたんです。まさかそれを拒否して、今日も探偵ごっこに興じるつもりはありませんよね?」


 リーゼンドの言っていることは、もちろん正しい。授業を無断で欠席したのだ、然るべき処罰が与えられても文句は言えない。元来真面目な生徒であるバニラは、充分に分かっているつもりである。

 それを言っているのが盗難事件の有力な被疑者候補でなければ、だが。


「……リーゼンド先生は、私達に事件を調べられるのが嫌なんですか?」

「話の論点を逸らさないでください。今私は、あなたが授業をずる休みしたことを問い質しているんですよ。あなたが何を調べようが、私には一切関係ありません」

「……本当に、そうですか?」


 バニラがそう問い掛けても、余裕たっぷりのリーゼンドの笑みが崩れることはない。


「随分と含みのある言い方をしますね。あなたはまさか、この私が盗難事件の犯人だと思っているのですか?」

「…………」

「数少ない友人に裏切られたのを信じたくない気持ちも分かりますが、彼女が犯人だというのは揺るぎようのない事実なんです。あなたも知ってるでしょう? 彼女が犯人だという、決定的な“証拠”が」

「……そんなもの、どこかから手に入れれば――」

「どこから、どうやって? 私があれを手に入れることが非常に困難なことくらい、あなたでもよく分かっているでしょう?」

「…………」


 リーゼンドの問い掛けに、バニラは何も言い返せなかった。


「いい加減、私の言うことを聞きなさい。それとも、今ここで処罰を受けたいのですか?」

「……わ、分かりました」


 拳をふるふると震わせながら、バニラは声を絞り出すようにそう言った。

 満足げな笑みを浮かべるリーゼンドに促され、バニラは渋々部屋を出た。そのまま廊下を歩き、階段へとやって来る。

 そのとき、別の方向から階段へとやって来る人影があった。


「お疲れ様です、シルバ先生」

「そちらも上手くいったようですな、リーゼンド先生?」


 その声にはっと顔を上げたバニラが見たのは、男子生徒寮の区域からやって来たシルバと、彼の背中に隠れるように立つルークの姿だった。


「ルークくん……」


 思わず呟いたバニラにルークは視線を合わせ、軽く首を横に振った。


「何をしているんだ、貴様ら。さっさと食堂に向かうぞ」


 それを横で見ていたリーゼンドはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべ、シルバは平然とした表情でそう言い放った。



 *         *         *



 結局その日バニラは、碌に調査をすることができなかった。

 まず朝食の時間には、教師達と同じテーブルに座らされた。それだけでも肩身が狭くなる想いだというのに、その隣はリーゼンドというおまけ付きである。ちなみにルークは彼女から大分離れた席で、これまたシルバの隣に座らされていた。

 授業の時間には、他の教師達にも根回ししていたのか、普段は担当教師の裁量に任せていた出欠確認が徹底して行われた。しかも途中で抜け出さないようにと、授業中ずっとその教師に睨まれていた。

 休憩の時間になっても、油断することはできない。常に誰かしらがバニラを見張り、ルークと顔を合わせることすら許さなかった。

 そうしている内に、ようやく放課の時間となった。やっと解放される、とバニラが背筋を伸ばしたのも束の間、どこからともなくリーゼンドが現れ、彼女にぴったり貼りついて監視し始めた。

 屋上の庭園に行くときも、図書室に行くときも、果てはトイレに行くときでさえ、リーゼンドが後ろからついてきた。さすがにトイレのときは入口で待っていたが、教師が生徒の後をつけるという奇特な光景は、周りの人間の視線を集めるのには充分すぎた。

 夕食が終わってしばらくすると、生徒達が入浴する時間となった。すると当然と言わんばかりに、バニラと一緒に女性用の浴場までやって来た。

 もちろん彼は入口の前で待っていたのだが、異性に対して敏感な年頃である女子生徒からしたら堪ったものではないだろう。バニラは入浴中、ずっと他の生徒に白い目で睨まれ続けていた。もちろん浴場を後にすると、再びリーゼンドがついてくる。

 彼を後ろに携えながら、バニラは自室へと戻った。


「あぁもう! 何なの、この生活は! まるで私が犯人みたいじゃない!」


 ドアを閉めた途端、バニラは今日1日で溜まった鬱憤をすべて吐き出すように、大声でそう怒鳴り散らした。

 ちなみにリーゼンドは自室に戻ってなく、現在も部屋の前でバニラを見張っている真っ最中である。そして部屋に戻る際、窓から逃亡されるのを防ぐために箒を没収されるという徹底ぶりである。


「まさかリーゼンド先生、アルちゃんが警察に連れて行かれるまで、ずっとこうしているつもりなの……? 冗談じゃないよ……!」


 いくら相手が教師とはいえ、バニラはこんな状況を黙って受け入れるわけにはいかなかった。アルの危機的な意味でも、自分の精神衛生的な意味でも。


「とはいっても、これじゃ聞き込みなんてできないし……」


 それどころか、真犯人がこの隙に証拠を隠滅したり、“トンビ”を別の場所に移してしまうことだってありえるのだ。こうなってくると、本当にシルバ達が犯人のように思えてしまう。


「実際問題、あの2人はかなり怪しいんだよねぇ……。シルバ先生はやたらとアルちゃんを犯人にしたがってたし、リーゼンド先生ならあの魔術で誰にも見つからずに宝物庫に近づけるし――」


 と、バニラはここまで呟いて、ふと或る疑問が浮かび上がってきた。

 リーゼンド自身は、おそらく緑魔術はほとんど使えない。彼が緑魔術を使ったところを見たことも聞いたこともないし、仮に今回の事件のためにひた隠しにしていたというのなら、姿を消す魔術こそ隠しておくべきものだからである。

 だとすると鍵を開けたのは別にいて、リーゼンドは例の魔術でその人物の姿を消したことになるのだが、


「リーゼンド先生って、他人の姿を消すことってできるのかな……?」


 それは、実際に彼と戦ったことのあるバニラだからこそ浮かんだ疑問だった。

 アルと共に戦ったあのとき、自分の魔術が彼に有効だったのは、彼が自分の体に付着したタンポポの綿毛を消せなかったからである。つまり彼は、タンポポの綿毛に対してあの魔術を掛けることができなかったと思われる。

 ということは、彼のあの魔術は、かなり限定的な範囲でしか効果を発揮しないのではないだろうか。


 ――だとしたら、宝物庫に近づくのにあの魔術は使えない……。でもそれだと、真犯人は宝物庫に近づいても怪しまれない人物ってことになるから、使用人の誰かってことになるのかな……?


 バニラは眉間に皺を寄せて、腕を組んで考え込み始めた。


 ――いや、たまたま誰にも見つからなかっただけかな……? 使用人の仕事の予定は調べようと思えばできるだろうし……。あぁ、でも生徒となると話は別か……。


 うんうんと唸り声をあげて、バニラは無意識の内に立ち上がった。そしてそのまま、部屋をうろうろと歩き回り始める。


 ――それじゃ、もしかしてあの2人は犯人じゃない? だけどあの2人、事件の直前に何かこそこそしていたみたいだし、シルバ先生に至っては授業を休んでるし……。


 バニラの頭の中で、様々な考えが浮かんでは消えていく。だんだんと彼女の表情が険しくなり、眉間の皺もどんどん深くなっていく。


 ――でもそうすると、あの“証拠”はどうやって調達したんだ……? 最初はアルちゃんの部屋からと思ってたけど、何かそれもできなさそうだし……。とはいえ、他から拾ってくるなんて……。


 あちらを立てれば、こちらが立たず。

 こちらを立てれば、あちらが立たず。

 なかなか考えが纏まらず、むしろどんどん深みに嵌っていく。そのことにバニラは苛々を募らせ、それを紛らわせるようにがしがしと頭を掻いた。

 と、そのとき、


 ぎぃ――。


「ん?」


 どこかから聞こえた音に、バニラは首をかしげて辺りに目を遣った。

 音の主は、扉が開きっぱなしになっている洋服箪笥だった。今朝リーゼンドが来たときに閉め忘れ、そのままになっていたのだろう。

 そしてバニラが目にしたのは、扉に取りつけられた鏡に映る、髪の毛があちこち跳ねてぼさぼさになった自分の姿だった。


「……さすがに、このままにしておくのはまずいか……」


 もしこのまま放って寝てしまったら、おそらく明日の朝、髪を整えるのに苦労することになるに違いない。

 バニラは大きく溜息をつくと、勉強机に置いてあった櫛を手に取り、鏡を見ながら丁寧に髪を梳いていった。まだ髪が乾ききっていないため、割とすんなり髪が普段の形に整えられていく。


「よし」


 バニラは鏡を何度か見て小さく頷くと、櫛を元にあった場所へと――


「――――!」


 置く直前、彼女ははっとなって大きく目を見開いた。そして手元の櫛へと目を移すと、睨みつけるようにじっと目を凝らす。


「そっか、そういう方法もあったのか……! 確かにこれなら……、うん! ちゃんと説明がつく! だとすると、一番有力な犯人は――」


 バニラは鬼気迫った表情で、何やらぶつぶつと呟き始めた。そしてしばらくの間、彼女は櫛を睨みつけながら何度か頷き、そして何度か首を横に振った。


「……でも今のままだと、本当に緑魔術が使えるかどうか分からないし、“トンビ”の在処も……。うぅ、理論的には合ってるのに、証拠を集める時間が無い……!」


 そう言って頭を抱えたバニラだったが、やがて顔を上げたときには、何かを決心したように引き締まった表情をしていた。


「こうなったら……」


 バニラはそう呟くと、その視線を部屋のドアへと向けた。

 ドアの向こう側でこちらを見張っているであろうリーゼンドを、バニラはじっと見つめていた。

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