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(後編)

そんな事ばかり続けててお金が続くわけもなく

手持ちのクレジットカードも限度額をとっくに超えてた。

先輩に定期的に返すつもりだったお金もほぼ返せてない。

毎日会社で顔を合わせるのが辛くなってきて

飲むに行こうと誘われても何かと理由をつけて断ることが多くなってた。



お母さんが時々会社に電話してきて私の様子を聞いてくる。

いつもは平気だからって言ってすぐに切ってたんだけど

その時はもうどうしようもなくて、お母さんに頼んでお金を少しだけ振り込んでもらった。

そんな時、先輩から電話が来て陵也の店にいるからって

今から来れない?って言うからとりあえずタクシーを飛ばして行った。


「あのさ、私ね、結婚することになった」

「え?彼氏いたんですか?」

「実はね、私と和彦、付き合ってたんだ」


和彦って・・・・・店長さんの名前だ。


知らなかった。そんなこと何も言わなかったくせに。

二人は学生の頃からずっと付き合ってて、結婚の約束をしてたらしい。

夜の仕事をしてる彼を先輩の親が許してくれなくて、一度は別れようと思ったらしいけど

彼は先輩との結婚のためにこの仕事を辞める決心をしたそうだ。

ついてきて欲しいって言われたと、先輩は泣きながら私に話した。

私はどうやら大きな勘違いをしてたらしい。

先輩は本当に愛されてたんだと知って自分を恥ずかしく思った。


「あの・・・おめでとうございます。野口さん、よかったね」

「黙っててごめんね。和彦の仕事柄、あまり人には言えなくってね」

「辛くなかったですか?その・・・彼氏が他の女と・・・・・」

「そうだねぇ。辛くなかったといえば嘘かな。だけど・・・」


先輩は違う席についてる店長さんを見ながら言った。


「彼の言葉を信じてみようと思ってね。だから時々ここに来てたの。まぁ監視ってやつ?」


そう言って微笑んだあの時の先輩、本当に綺麗だったな。

さっきのゆかちゃんと同じくらい、幸せそうだった。




店長さんはあっさりと店をやめてしまった。

ちょっと前から普通の会社に就職をしてて、昼夜通して仕事してたらしい。

先輩は少しでも家計の足しになるようにと、子供ができるまでは働くらしい。

そんな事情もあって早くお金返さないといけないって思ってたけど

やっぱりどうしても都合がつかなかった。

それなのに・・・陵也に会うためのお金だけは残してた自分が情けなかった。



だんだんと不安になっていった。

これだけの借金どうしたらいいんだろう。

そしてアルバイトしたらどうだろうかって考えた。

勤めてる会社はアルバイト禁止だけどバレなければいいんだし。

そう考えた私は夜のアルバイトを探した。

コンビニなんかの時給はとても安くて、せっかく働いても時間の無駄にしかならない。

そんな私が選んだ仕事は時給が良くてすぐに働ける、陵也と同じ水商売の世界だった。


経験者じゃないから最初は他の人よりも時給が安いけど

それでも週に三回働くだけで一ヶ月の給料は8万円ぐらいになる。

週に三回ぐらいなら昼の仕事にも支障はないし、バイトが無いときは陵也の店にだって行ける。

早速、働く店を探してすぐに採用された。

彼に知れたらお金に困ってるって思われるのが嫌だったので

陵也の店からちょっと離れた飲み屋街の小さなスナックにした。

そこのママには本当にお世話になった。

何も知らないズブの素人の私に、一からこの商売を教えてくれた。

たかがバイトだと思ってたけど、この仕事はやればやるほど面白くって

他のお姉さんたちもきっと人に言いにくいような色々な事情があってこの世界にいるんだろうとそう思ってたけど、これが案外そうでもなくって、テレビの見過ぎだよって笑われた。

水商売だからって特別な事じゃないんだって思った。



少しだけど先輩にお金を返せると思うと気が楽になった。

あとはカードの返済があるだけだし、お母さんにはいつか必ず返そうって思ってた。

だけど収入が月8万円増えても、不思議と生活は楽にならなかった。

それはきっと陵也に会いにいく回数が増えてたから。

彼は何度言っても私のアパートには来なかった。

何だかんだと理由をつけてホテルに行こうと言う。

その度に飲み代とホテル代を出さないといけない。

お金が残るはずなんかなかった。




週に三回のバイトを五回に増やしてもらってまた少し収入が増えた。

そのうちに昼の仕事に行くのが馬鹿らしくなってきてしまった。

夜遅くまで起きてるから朝は必然的にきつくなる。

少しお金が入るからと思ってつい会社を休むようになることが増えてた。

先輩はそんな私に、お金はいいからそんな仕事は辞めてほしいって言った。

でも結局、私が辞めたのは会社のほうだった。



夜だけの仕事にしてしまったら陵也に会いに行くことが出来なくなってしまう。

そう思うと昼の仕事は辞めるべきじゃなかったのかもしれないけど

よく考えたらその方が生活のサイクルが陵也と同じになって都合がいい。

昼間に会うことが出来るから、彼のお店に行かなくても良くなる。

会社を辞めたことはお母さんには内緒にしていれば分からないことだし 

とりあえず借金を返済する事が先だと思った。


陵也の店に行って、会社を辞めたことと夜働くことを伝えた。

さすがに黙ってるわけにはいかないと思った。


「そりゃまた・・・なんでそんなことになったんだ」

「これで昼間も会えるよね」

「ていうか昼はほとんど寝てるし俺・・・」

「そっか、そうだよね。ね、いっそうちで一緒に住む?」

「はぁ?なんでそうなるんだよ」

「なんでって・・・・・だって私たち・・・・・」

「俺んち、親煩いからさ。そうじゃなくても夜の仕事嫌がってるし」

「無理なの?どうしても?」

「そういうの、やめてくんない?」

「・・・え?」

「束縛とかそんなの嫌い、俺」

「別に束縛ってわけじゃないよ。じゃあさ、時々はうちにも泊まってよ」


気が向いたらなって言ってふいっと違う席に行ってしまった彼。

私は彼の気が向くのをずっと待ってた。ずっとずっと待ってた。

だけど陵也が連絡をくれることはなかった。

そして私が彼の店に行くことも。




それからの私は借金を返すためだけに必死で働いた。

この世界、うまくやれば結構お金は回ってくるようになる。

そして最後のお金を返すために、先輩に会いに行った。



「これで終わりだね。全部返してもらったよ」

「長い間お借りしてて、本当にすみませんでした」

「で?夜の仕事は辞めるの?昼、戻ってくるならどっか探してさ」

「いえ私、水商売を続けます。このまま」

「そうなんだ。まぁそれもありかもね。あなた 綺麗になったし」

「・・・ていうか、お客さんいっぱいついちゃって、辞められそうもないんで」

「今なら分かるでしょ。彼のこと」


そうかもしれない。でもわかりたくはなかった。

あの時の陵也には嘘はなかったと思いたい。

これからこの世界で生きていくためには綺麗な思い出も必要だから。

先輩はそれ以上もう何も言わなかった。

ただ頑張ってねって、応援してるからって。


お金を持って実家に帰ってお母さんに謝った。

全額じゃないけど、少しでも返したかったから。

お母さんはもうそのお金はいいんだよって言った。

だけど私はどうしても受け取ってもらいたかった。

無理やり渡してお母さんに今までの事を全部話した。

お母さんは泣いてた。

ほんとに親不孝な娘だ、私は。

少し落ち着いたお母さんは、それならなおさらお金持ってなさいって言った。


「本当に大丈夫。少し蓄えもあるから。それから私、この街を離れようと思ってて」

「あんた、どこに行くの?」

「ママの知り合いがね、ここからちょっと離れた所に店出してて、女の子が欲しいって言うから私に白羽の矢が立ったって訳」


お父さんにも謝っといてねって言って、私は生まれ育った土地を離れた。

あれからお父さんには会ってない。

きっと怒ってるだろう。小さい頃からずっと可愛がってくれたお父さん。

今の私を見たらきっと驚くだろうなぁ。



あれから何年経ったんだろう。

今年でもう28歳になってしまう。

・・・って事はもう足掛け10年か。





今日はあいつに会いに行ってやるかな、久し振りに。






「まきちゃん、行くよ。二次会あんたの店なんだからさ」

「はいはい。今行くよ」




二次会にきたメンバーのいつもの顔ぶれに混ざってるのは、

なぜか新婦の元不倫相手の奥さんで、

何で私の周りって変なのが多いんだろうって思うと笑ってしまう。



「なつみさん、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

「うん。でも子供は実家に預けたから今日はまだ大丈夫だよ」

「旦那は?待ってるんじゃないの?」

「あの人は・・・私の事なんて待ってないでしょ」



これ以上聞くと何かまずい気がしてきた。帰れなくなりそうな嫌な予感がする。

せめて今日は勘弁していただきたい。


「あんたお腹大きいんでしょ。さっさと帰りなよね」


何だかんだで無理やり帰らせた。話なら今度聞いてあげるからね。



お開きになった会場はそのままにして、明日片付ければいいことだし

さっき連絡したらあいつの店が終る頃に会おうって事になってるし


もうそろそろかな。



「もしもし?今どこ」

「おう、今そっち向かってる」

「だめ、この辺オーナーの知り合いがうじゃうじゃ居るからさ。こないだ宥めるの大変だったんだらね」

「そっか、じゃどうする?」

「私が行ってあげてもいいけど?」

「じゃ来ていただけますか?清美さん」



私は店の前でタクシーを拾って彼の所に急いだ。


「お待たせ!陵也」

「また久し振りだねぇ。今日はどしたの?」

「何となく。昔の事、思い出してさ」

「昔ねぇ・・・・・」

「あんたがいきなり私の店に来たときはほんと驚いたけどね」

「お前さぁ、何か言っていけよな。ほんと我侭なんだからよぉ」

「過去の事にはこだわらない様にしてるだけだよ」

「勝手に過去の男にされたんだな、俺」

「そうだよ。もう終ったことじゃん。今はいわゆる友達ってやつだよ」

「清美は友達とこんなことするんだな」

「深く考えないでよね。私、そんなつもり全然無いんだからさ」

「わかってるって。わざわざ念押すなよ」

「あ、ホテル代はあんたが払ってよ。それとお腹空いたから先にラーメン奢ってね」

「わぁーったよ」



あの後、私がこっちに来てからしばらくして陵也が私に会いに来て

前の店でお金を貯めたからこっちで自分の店を出すと言いだした。

どうしてここなの?って聞いたら何となくって。この人らしい答えだと思った。



私はもう恋愛なんかしない。少なくても今はそんな気全くない。

こうして時々過去の男と会って、昔の事想いだして・・・。

今の生活を壊したくはない。せっかくママになれたんだから。

みんなを見てると 嫌でも過去の自分を想い出す。

でもあの頃の自分もきっと一生懸命だったから後悔はしてない。



過ぎてしまった時は戻らない。

『 過去 』は誰にでもあるもので、取り戻すことなんかできないから。

こうして振り返るのもまた悪くないもんだしね。



だから今を精一杯生きていけばいい。




そう、自分の思ったままに。




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