(中編)
お店に行くと陵也がお客さんとハマジルを踊ってた。
彼は背もあるからリードする姿がとても素敵で
知り合った頃はダンスは出来ないって言ってたのに。
どうやら店長さんが教えてくれたらしい。
・・・・・お願い 他の人の手握らないで・・・・・
ダンスなんて踊ったことなかったから私じゃ相手ができない。
陵也が教えてくれるって言って私の手を引っ張るけど
何か無性に腹が立ってその手を振りほどいたら、陵也が優しく耳元で囁いた。
「もうすぐラストダンスだからさ、チークならくっついてるだけだし・・・」
そんな風に言われたらもうラストまでいなきゃいけなくなる。
「今日のラストダンスの曲は清美のリクエストにしてもらうからさ」
そんな事言われたってどんな曲がいいのかなんてわからなかったから
定番だけど『 Mary Jane 』をかけてもらって陵也に抱きついて踊った。
踊りながら陵也が何度も私に囁きかけてくる。
今日は帰らないでって・・・一緒にいたいからって・・・・・。
さっきまで他の女と踊ってた陵也が私にだけそう言ってくれてるんだと
そう思うだけで胸がいっぱいだった。
あの頃の私は、もしかしたらよく泣いてたかもしれない。
自分は他のお客さんとは違うのだと思い込んでしまった私は
段々と凌也に会いに行く回数が増えていった。
ありがたいことに飲み代はそんなにはかからない店だった。
一度キープしたらあとはボトルがなくなるまでは決まった金額で飲める。
だけど凌也が何か食べたいって言ったら外から何か取らないといけないし
一人だけって訳にもいかないから他の人の分も取ってあげる。
そしたら凌也が喜ぶし、みんなが彼に言ってくれるから。
陵也 お前 愛されてるなぁって・・・。
愛ってこんなに簡単なものじゃないはず。
でもこれが彼を愛してるという証になるのなら。
電話をかけてもいつも家にいない私に痺れを切らしたのか
とうとう会社にまで電話をかけてきてしまった彼氏。
正直言ってもう彼の事なんかどうでも良かった。
だって陵也は私の事、本気だって言ってくれたから。
もういらないって思ったから別れて欲しいって頼んだ。
彼は何も言わないで私と別れてくれた。そういう性格の人だった。
どちらかと言えば主体性のない男だったなって、自分の事は棚上げしてそんな風に思ってた。
先輩には何度も注意されてた。
あの人たちは仕事で優しくしてるだけだよって。勘違いしちゃ駄目だって。
だけどその時の私は、そのありがたい忠告すら先輩の僻みだろうと思ってた。
店長さんは先輩と本気で付き合ってるわけじゃないから
だから私と陵也のことが羨ましくって言ってるんだと。
仕事帰りにダンス教室に通って、何とか陵也と踊れるようにもなった。
飲みに行って高いボトルをキープしたら、彼が喜び店長が彼を褒める。
抱いて欲しい時はホテル代さえあれば彼に抱いてもらうことができる。
陵也が他の女の子の席についてても余裕な顔をして彼を待つことができた。
だけど本当は余裕のある振りしてただけで、内心は不安で仕方なかった。
彼が私の席に居ない時には代わりに誰かが必ずつく。
みんな私達の事を知ってるから誰も私に手は出さない。
時々私の方から他の男を誘ってジルバを踊ったりしてみた。
やきもち妬いて欲しかったのに、陵也はそれを見ても何も言わなかった。
もっともっと陵也に私を見て欲しかったのに。
そんな事を毎日のようにやってたら当然のようにお金が必要で
社会人になったばっかりの私には貯金なんてなかったから
お父さんには内緒でお母さんからお金を貰ってた。
だけど、どんどんお金をせがむ私が手に負えなくなったらしくて
とうとうお父さんにバレてしまった。
そんな金を何に使ったのかと言われて、理由を言える訳も無く黙ってた。
私には弟がいる。私は女だから大学なんて行きたくないって言ったけど
弟は大学に行かなくちゃいけない。
きっとお母さんはその為に貯めたお金を私に出してくれてたんだろう。
これ以上迷惑をかけてはいけないと思った私は
お母さんが止めるのも聞かずに家を出てアパートを借りることにした。
お父さんはもう勝手にすればいいって怒ってた。
ただ敷金や礼金がどうにもならなくって、先輩にお金を貸して欲しいと頼んだ。
先輩は本当に私の事を心配してた。自分にも責任があると感じていたらしい。
「私があの時、あの店に連れて行ったのが間違いだったね。彼氏いたから大丈夫かと・・・・・」
「そんな事言わないで下さい。私は先輩に感謝してます」
「悪いこと言わないから親に謝って、それから・・・もうやめたほうがいい」
私は陵也を信じてた。私を本気で好きでいてくれるんだって。
他のお客さんとは違う。私は陵也の彼女なんだって。
「陵也と私は今真剣に付き合ってます。信じてもらえないかもしれないけど・・・」
「そう・・・分かった。お金は貸してあげる。でももう一度よく考えた方がいいと思うよ」
先輩はお金を貸してくれて、アパートの連帯保証人にもなってくれた。
一人暮らしって最初は本当にお金がかかる。
社会人になって作ったカードで必要な物を買って揃えた。
電話も引かないといけない。じゃないと陵也に連絡が取れないから。
もっとも彼の電話番号は教えてもらっていなかったけど・・・。
あるだけの現金はすべて使い果たしてしまった。
陵也の店に行くお金すらもうない。
でもどうしても会いたくって、会いたくて会いたくて会いたくて
カードについていたキャッシングで一万円だけ借りた。
次の給料で払えばいいってそう思ったから、別に深く考えなかった。
そのお金で店に行って、陵也に一人暮らし始めたよって報告した。
だけど、ふぅん、そうなんだって言うだけで特に何も言われなかった。
正直もっと喜んでくれるかと思ってた。
陵也は自宅から通ってるって前に聞いたことがある。
もしかしたら一緒に住もうかって言ってくれるかもしれないとどこかで期待してたのに。
そんな彼の腕に新しい時計があった。
高そうな時計、ロレックス?
これどうしたの?って聞いたら、お客さんから貰ったって言ってた。
こういう仕事してる人なんだから仕方のないことだけど、すごく嫌だった。
「俺もうすぐ誕生日なんだけどさ、清美は何くれんの?」
「欲しい物あるの?言ってくれたら助かるな」
「じゃ靴とネクタイがいい」
彼の誕生日は給料が出た後なのでなんとかなると思った。
自分の見立てじゃ自信がなくって、先輩に買い物に付き合ってもらった。
私の顔を心配そうに見ていた先輩に、お給料の中から先に借りてた分を少しだけ返した。
一度には返せないだろうからちょっとずつでいいよって言われてたし。
「お金、無理しなくてもいつでもいいから。それより・・・・・」
「ね、これなんかどうかな?いい色ですよね」
「・・・・・・それもいいけど、こっちは?」
「あ、それもいいなぁ。どうしようかな」
何か言われる前に買ってしまわないといけないって焦ってた。
先輩はきっとそんな私の気持ちを分かってくれたんだと思う。
それからは何も言わないで一緒にプレゼントを選んでくれた。
紳士靴なんて選んだことなくって、革靴ってこんなに高いんだって驚いた。
両方でざっと五万円を超える買い物だった。
でも安物をあげる訳にはいかない。
あんな仕事してる彼に恥をかかせちゃいけないから。
他の女に負けたくない。
だって私は陵也の彼女なんだもん。
OLの給料なんてたかが知れてる。
実家に居る間はそれで足りてたけど、一人暮らしは想像以上にお金がかかる。
家賃、光熱費、電話代、日用品の色々。
給料はあっという間になくなってしまう。
だけど今更、親に泣きつくつもりもなかった。
1DKの小さなアパートだけど、誰にも何も言われないって思うだけで自由になれた気がしてた。
プレゼント渡したくてお店に電話をかけたら持ってきてよって言われた。
陵也のバースディパーティを店でしてるらしい。
清美が来ないと始まらないだろって言われた。
すごく嬉しくって、だけど財布の中にはお金があまり無くて・・・。
陵也に会うためにはお金がいる。何とかしなくちゃいけない。
仕方なくまたカードでお金を借りた。
店に着いたら陵也は女の人がいっぱいいる中で盛り上がってた。
ちょっと待っててあげてって店長さんが言うから
私は窓際の席に座って夜景を眺めてた。そんな彼を見たくなかったから。
しばらくしてやってきた彼は私に抱きついてきて
「清美、遅いからさぁ、もう乾杯すんじゃったじゃん」
「ごめんね・・・・・はいこれ。気に入るといいんだけど・・・・・」
彼は私のプレゼントを見てとても喜んでくれた。
今日は最後までいいんだよねって言われて頷いたけど
頭の中ではタクシー代とここの飲み代とホテル代を計算してた。
もしかしたら足りないかもしれないと思うと怖くて
飲んでるお酒の味もわからなくなってた。
私の部屋に来てくれたらホテル代なんていらないのに。
「ねぇ陵也、今日なんだけど・・・うちにこない?」
「なんで?今日は俺の誕生日なんだよ。どっか夜景の綺麗なホテルいこ」
「・・・・・そっか。そうだよね。うん、わかった」
彼はそう言った後、私に軽くキスをして他の席に呼ばれて行ってしまった。
その日の主役である彼は、ほとんど私の席には来れなくって
だけどそんな事でさえも私が特別なんだと思う材料でしかなかった。
店長さんが私の席にやってきて少しだけ話をした。
「あいつは?今日は来ないの?」
「先輩は・・・今日は誘ってないんで・・・・・」
「そっか。今度来るときはちゃんと誘ってきてくれよ」
「かずさんは、先輩のこと好きなんですか?」
「お客さんはみんな大好き。もちろん清美ちゃんも好きだよ」
うまくはぐらかされた気がしたけどそんなもんかなって思った。
結局その晩は近くのラブホテルの最上階の部屋に泊まった。
飲み代はいいよって店長さんが言ってくれたからお金は何とか足りた。
どうして?って聞いたら、今日は特別サービスっだからって。
もしかして私が陵也の彼女だから?そう思ったら納得できた。
陵也はいっぱいプレゼント貰ってて、中には手作りの物まであった。
そんなもの捨ててよって思ったけど、さすがに言えなかった。
その夜の彼はとても情熱的で、私は味わったことのない幸せを感じた。
彼に誕生日に一緒に過ごしてこうして抱いてもらえるのは私だけ。
他の女にはない、彼女である私だけの特権なんだ。
「ねぇ陵也、 私、 陵也の彼女だよね。本気だよね」
「またそんなことかよ。何度も言わせないの。彼女だから今こうしてるんじゃん」
「ごめん、何となく・・・確認しただけ」
「そうだなぁ、そのうち結婚とかしちゃうかもしんないな」
この時ほど嬉しかったことはなかった。
彼は私との結婚を考えてくれてる。
間違いなくこの恋は本物だって思ってしまった。
彼を信じて良かったって、今までの事は無駄じゃなかったって。
だけど現実は・・・容赦なく私に襲い掛かってきた。