表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

(前編)

えみったら、何だかんだ言ってうまくやってるじゃん。

あの子笑うと可愛いし、あれで結構お客さんには人気もある方だしね。



「まきちゃん、ティッシュ持ってない?ハンカチもう使えなくって・・・」

「しっかしまぁよく泣くね。はい、ティッシュ」



なつみさん、ゆかちゃんの泣き虫がうつったんじゃないのって感じ。

そういえば彼女の結婚式には出なかったなぁ。

私もちょうどごたごたしてたから。

何しろオーナーとトラブった頃に重なっちゃって。

私ってやっぱり人から見たら愛人なんだよね。たぶん。

誰に聞いたか知らないけど、他の男と何かあるのかって疑われちゃってもうめんどくさい。

愛人の浮気を疑うって、ほんっとに勘弁して欲しい。

だけど大事なスポンサーさん。

そう簡単に手放す訳にはいかないし、ちょっと頑張ってみた。

久しぶりに「愛してる」なんてセリフ言った気がするな。もっとも嘘だけど。

実際のところ離婚なんかされても困るし、そういう事はあまり言わないようにしないとね。



「考えたらまきちゃんが泣いてるのって見たことないかも」

「あなたたちが泣きすぎなんじゃないの?」

「だって色々あって一緒になった二人だからさ、なんか感動しちゃって」


誰だって色々あるでしょって思ったけど、口には出さなかった。

何事もなく平穏無事で生きていくほど難しいことはない。


「ねぇ、まきちゃんが貢いでた男ってどんな人?」

「たいした男でもなかったよ。今思えばね」



ほんとに今はそう思う。なんであんな男が良かったのかって。

でもあの時は彼しか見えなかった。

彼の事しか考えられなかった。





こんな私でも、実は昔OLをやっていたことがある。

とはいえ、ほんの一年くらいだけど。

その頃、先輩に連れて行かれたパブの従業員の男に入れ込んでしまった。

それまでも恋愛は人並みにしてきたつもりだった。

実際その時には付き合ってる彼もいて、例えば相手がその彼じゃないにしても

いつかは結婚して普通の平凡な家庭を作るんだって思ってた。

女の子なら当たり前の夢みたいなもんかな。

だけどその男、"凌也"に出会ったことで、私の人生は狂い始めた。

ホストに入れ込むなんてほんとザラにある話。

まさにそれを地でいっちゃったってこと。




彼がいた店はパブって言ってもほとんどホストクラブって感じの店で、店のど真ん中にダンスフロアのある洒落たお店だった。

凌也はまだ入ったばかりで踊れないって言ってた。

ルックス抜群の彼は私の横でじっと座ってるだけであまり喋らなかった。

他のお兄さんのように肩を抱くわけでもなく時々私に相槌をうつくらいで、後で聞いたらひたすら緊張してたって言ってたっけ。

二回目に飲みに行った日、あまり話さない彼に店が終わるまで待ってて欲しいって言われた。

何で?って聞いたら一緒に帰ろって言われた。

前に来た時から陵也のことは気に入ってたから断ることはしなかった。

先輩に帰り寄るとこあるからって先に帰ってもらって閉店まで待ってた。

一緒に帰ればどうなるかぐらいはわかってた。

お酒に酔ってた訳じゃないけど、一回ぐらいはいいかなっていう軽い浮気心だった。

ああいう店は何となくムードに飲まれてしまう気がする。

実際、陵也はかっこいいしセンスも抜群で、当時の彼氏と比べたら悪いけど

こんな素敵な男に誘われて行かない女なんていないでしょって思った。


彼はあっちの方も得意だった。

ていうかそればっかりは相性の問題もあるんだろうけど。

本音を言えばその時の彼氏よりも良かったかも。

その日はホテルに泊まったけどお金を出したのはもちろん私。

当たり前といえばそうなんだろうけど、普通に払ってもらうのが当たり前でしょって顔されて、その時は私もそんな事は初めてだったし、ちょっとだけ嫌な気がした。

だけどもう二度とないだろうしいいかなんて簡単に考えてた。

翌日は会社が休みだったので彼氏とデートして夜は普通に抱かれた。

さすがにちょっとやめとこうかなって思ったりもしたけど

拒否する理由も思いつかなかったし、ばれることはないだろうって思った。


月曜日に出社したら先輩がいそいそとやってきて、あれからどうだった?ってニヤニヤしながら聞くから

何もありませんけどって誤魔化したけど、先輩はなぜか全部知ってた。

実は先輩もあの店の店長さんに入れ込んでるらしくって、あの日は先輩もあれからその人とホテルに行ったらしい。

私の事も全部知ってる、という事は凌也が全部話したということになる。

文句言ってやろうと思って店に電話したのに

彼の声が受話器から聞こえてきた途端に何も言えなくなってしまって

今日は店が暇だから今から来て欲しいと言われた。

直接会って話したほうがいいかもと思ったけど

一人で行くのは躊躇したから先輩に声をかけて一緒に行ってもらうことになった。


店に行ってすぐに、呼ばなくても私の横に座る凌也。

どうやらそこでは、私は彼のお客さんになってるらしかった。

先輩の横にはもちろん店長さん。

店長さんはとってもダンスが上手くて、先輩をリードしながら楽しそうにフロアでジルバを踊ってた。


「陵也くんさ、店長に話したの?こないだのこと」

「怒ってる?ごめん。でも清美さんは俺のだって言っとかないと取られても困るでしょ」

「いつから凌也くんのものになったんだろ、私」

「そんな怒んなくてもいいじゃん。ねぇ、今日は遅くてもいいの?」


話にならないって思った。これじゃ来た意味がないって。

だけど私の肩を抱き、他の男には触らせないって言ったり

自分が噛んでたガムを私の口にキスで移して遊んだり

今までそんな事したこともなくって・・・。

この女は俺のものだと、人前で誇示する彼のペースにどんどん嵌まっていった。

その日も平日だというのに朝まで彼と一緒に過ごしてしまった。

先輩と一緒に店を出たけど、帰る振りをして実は近くの深夜喫茶で待ち合わせてた。

翌日は仕事もあるのに、それにそんなに遅くまで遊んでたら親にもきっと叱られる。

そう思ってたのに、眠くなっても彼が来るのをずっと待ってた。

やってきた彼が腹が減ったっていったから一緒にラーメンを食べに言った。

スーツを着たままラーメンをずるずる言わせてる彼がミスマッチで笑った.

そんな時の彼はお店で見る凌也とは違ってとても普通にみえた。

夜のお店の照明はどんな人でも素敵に見せてくれるもんなんだなってこの時に思った。

ラーメンを食べながら彼は、ぽつぽつと話しかけてきた。


「清美さんさ、こないだの事、遊びだと思ってるよね」

「・・・違わないでしょ?」

「俺さ、こんな仕事してるけど清美さんの事、本気みたい」

「嘘でしょ?みんなに言ってるんじゃないの?」

「本気で惚れるなよって店長に言われてたのになぁ」

「そんな・・・簡単に好きになれるものじゃないじゃん」

「信じてくれないか。そんな軽薄に見える?」

「うん、見える」


ひでーなぁって言いながらラーメンの汁をすする凌也。

そんな素顔の彼を見てしまってから、私はますます彼にのめりこんでしまった。

言いたいことだけ言ったら帰るつもりでいたのに結局その日も・・・・・。



その晩の彼は優しくて、俺の事信じてよって。何回も何回も言ってた。

ホストの言うことなんて嘘だって事ぐらいわかってた。わかってたはずなのに・・・・・。

どうしてなのか、なぜこんなことしてるのか、自分でも制御できなくて、ほんの遊びのつもりだったのに。

恋は盲目ってよく言ったもんだよね。

その時の私にはもう陵也しか見えなくなってた。



凌也にうちの電話暗号を教えた。

当時はまだ携帯電話も普及してなかったから。

家族は彼氏の事を知ってるので、他の男から頻繁にかかる電話に時々嫌な顔をされたけど、最近できた友達だよって言って誤魔化してた。

彼氏とも普通に会ってた。

彼の事が嫌いになったって訳じゃないから。

だけど、もしかしたら保険のつもりだったのかもしれない。

彼は本命で凌也が遊び、そう思うようにしてた。




時々かかってくる凌也の電話のほとんどは、すぐに店に来て欲しいというものだった。

それも今なら分かる。ただ売り上げが少なかっただけの事なんだろう。

今なら店が暇だから、ずっとそばにいられるよって言われると、いてもたっても居られなくなって タクシーを飛ばして彼の所へ通った。

だけど会うたびに関係を持つわけじゃない。

そんな事してたらお金がいくらあっても足りないって思ったから

お金が無い時には用事があると嘘をついて早めに帰ったりしてた。

その時はまだそれで何とかなってた。


先輩に誘われて行くのは週末が多いので他のお客さんがたくさんいる。

そんな時に彼が他のお客さんの肩を抱いてるのを見るのがとても辛かった。

いつの間にか陵也は、店の男の子の中でも人気のある地位にいた。

でもそんな忙しい中で時々私の席に来て、ちょっと休憩させてって言う陵也。

忙しいからごめんなって言いながら私にキスをして

他のお客さんが見ている前でも平気な顔して私を抱きしめる。

これを特別扱いされてるって思わない女が何人いるんだろう。

それともやっぱり私が馬鹿だったんだろうか。



ある日、陵也から日曜日に映画を見に行こうって誘われた。

外で会うなんて、ただのお客さんとそんな事するだろうか。

そんな風に考えてしまうともうどうにも止まらなくなってて

付き合ってた彼氏との約束も断って陵也と映画を見に行った.

映画代を払ったのは彼だった。

食事して二人で彼の知り合いのお店に飲みに連れて行ってもらって、

その日私がお金を出すことはなかった。

それが本当に嬉しくって、でもそんな当たり前の事が私には当たり前じゃなくなってたみたいで、最後にホテルに行った時、陵也にお金払わせちゃいけないような気がして、馬鹿な私は、ここは私が出すからいいよって言ってしまった。

陵也は、じゃそうしてって普通に言った。



考えたらあの時から私の感覚は壊れてたのかもね。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ