セカンド ライフby 異世界
ん…? わし死んだよな。 なんでまだ意識があるんじゃ?
遠退いていった意識はいつの間にか覚醒しており、先ほどまでの息苦しさが嘘のようにクリアになる。
それに加え、ここ数年は間違いなく味わったことのないほどの体はベストコンディションなっていた。
目を閉じてから体内時間的に見て5秒。確かに今さっきまでわしは死の淵をさまよっていたはずじゃ…
一瞬、実はこの感覚が死というものなのかという考えが脳裏をよぎる。しかし死というものを経験したことがない義一郎には当然その答えは出せない。
しかしそれにしてももしこれが死なのだとしたら、生と死の境界などほぼないに等しいのではと、義一郎は思った。
まず第一に自分は呼吸をしている。心臓も絶賛稼働中だ。体温のような温もりも感じられる。あとは体が動けば…
義一郎が指に力を込めると思いの外普通に動く。
あれ、わしまだ生きてんじゃね?
これはもしかすると死のギリギリまできたことによるランナーズハイのようなもので実はあと少しだけピンピンしてるのではないか。
目を開ければ、わしの知った顔ぶれがそこに…
そう考えた義一郎は普通に目を開ける。
視界に広がっていた暗黒に光が指し、いつも自室の風景が広がる…はずだった。
さっきまでとは大きく違う点が3つある。
一つ目は部屋の天井が無くなり、代わりにそれぞれ色の違った赤、青、白の月がまばゆい星々の大海の真ん中に君臨していること。
二つ目は先ず自分が寝転がっているのは白く清潔なベッドなどではなく、何か大きな獣の毛皮が敷かれた祭壇のような場所に変わっていること。
そして最後だが、確かに多くの人がわしに目を向けている。しかしその肝心の人々が耳の尖った何処かの国の民族のような人の集団に変わっていることだ。
「英雄殿のお目覚めだぁぁぁぁぁ!!」
耳の尖った人の集団の先頭にいた男がそう言うと後ろに控えていた人々もそれに合わせるかのように鬨の声をあげる。
な、なんじゃここは!?
義一郎は勢いよく起き上がると辺りを見回した。
祭壇に似たこの場所は、木でできた大型の物見矢倉のようなものを祀るように扇状に広がっており、数千人程度ならば悠に入ることが出来る程に広い。
今は恐らく夜なのだろう。矢倉の周りから広がるように松明が焚かれ、本来暗闇である空間を赤々と照らしている。
そこに恐らくこの民族の文字か何かなのだろうが、会場全体をミミズが這った後のような謎の模様に埋め尽くされていた。
義一郎は思った。 やっぱり、わしは死んでる と。
「英雄殿、よくぞ我々の呼び掛けに答えて下さった。我らエルフの民は英雄殿を心より歓迎致します」
耳の尖った人の先ほど号令をかけた男は義一郎の前まで歩み寄ると、深々とお辞儀をした。
義一郎はその男をまじまじと見つめる。
薄緑の髪を腰ほどまでに伸ばし、白を基調とした触り心地の良さそうな衣服と地面を引き摺る程に長い茶色のローブを羽織っている。頭には銀色に光るリングのようなものを着けており、位の高さが伺えた。
顔付きはまだ30代半ばといった感じだが、その立ち振舞いから見た目以上の貫禄を持ち合わせていると義一郎は感じていた。
男を見続ける義一郎に顔をあげた男はにこりと笑うと、義一郎の傍まで近づいてくる。
「先ずは自己紹介を、果ての森 エルフの国の代表を務めさせて頂いております。ヨハン=クリューエル と申します。ヨハンとお呼び下さい」
ヨハンと名乗る男はそう言うとこちらに手を差し出した。
言葉は通じる。加えて友好的か… とりあえずここは流れに乗っておいたほうが良さそうじゃな。
義一郎は頷くと同じように手を差し出す。
「わしの名は日ノ宮 義一郎。気軽に義一郎とでも呼んでくれ。これからよろしく頼む」
二人がお互いに手を握りあうと集まった人々が一斉に歓声をあげる。
会場の熱が一気に上がり、まるで国を起こしてのお祭りが行われているような錯覚にさえ見舞われる。
この場にいる全ての人が喜びを分かち合う中、ただ一人義一郎だけが複雑な心境でその光景を見つめていた。
本当にいったいどうなっとるんじゃ。わしは多分死んだ。にもかかわらずこうして普通に動いておる。そう、こうして…
そこまできて義一郎はあることに気づく。なんでわしは普通に立ってるんじゃ?
その瞬間、義一郎は自身に起きた体の異変にようやく気付いた。
先ず枯れ枝のようだった手足がまるで格闘家顔負けの引き締まった筋肉がついている。腰はいくら動かしても痛みを感じることはないし、体には数年みていなかった腹筋がそこにはあった。
「義一郎殿、何かございましたか?」
「ヨハン、何か鏡のようなものはないか!?」
ヨハンの問いにまるで反射するかのように答える義一郎。
するとヨハンは少し考える素振りを見せると、ゆったり口を開く。
「それは手鏡の方がいいですか?それとも姿見のほうがいいですかな?」
「あーー、出来れば姿見をお願いする」
義一郎がそう言うとヨハンは頷き、指を一度パチンと鳴らした。
「お呼びで御座るか?」
突然ヨハンの後ろに影が落ちたかと思うと、黒装束に身を包んだ人間がそこに膝まずいていた。
「姿見を一つここへ」
「御意」
ヨハンがそう言うと黒い影がフッと消える。
「ヨハン、今のは…」
「我が隠密です。主に私の護衛をさせていますが、今回のような緊急の用件があればこうして命じることもできます」
ヨハンの言葉に義一郎は目をパチクリさせ、今はもう誰もいない床を見つめる。
「こちらの姿見で宜しかったでしょうか?」
「わあああ!!」
後ろからの声に咄嗟にその場から飛び退く。
義一郎が後ろを向くとそこには姿見を抱えた隠密の姿があった。
こんなに大きな姿見を抱えながら一瞬でこの場に戻るとは。
いったいどんなからくりが…
義一郎が隠密を見つめているとヨハンが慌てて義一郎の前にでる。
「申し訳ございません義一郎殿!!我が隠密が無礼を… 私に出来ることであればどのようなことでも致します故、どうかお怒りを静めていただきたい!!」
………えっ?
頭を下げるヨハンに義一郎は呆然とする。
一国の長であるヨハンはいわばこの国の顔である。そのヨハンが頭を下げるということの重大さはいうまでもない。にもかかわらず簡単に頭を下げたヨハンに義一郎は愕然とした。
いったいこの国でのわしの立場っていったい…
「私めが浅はかで御座いました。長の責任ではございません。どうかこの首で事を納めて頂けるのであれば、喜んで差し出す所存にございます」
考える暇もなく事態は悪化する。いつの間にやら隠密は短刀を取りだし、首に突き立てていた。
「ええいまてまて、そんなことせんでいい! ちょっと驚いただけのことじゃ!!」
義一郎が慌てて止めに入ると突き立てられた刃が止まり二人が顔をあげる。
「し、しかし…」
「しかしもなにもない!わしが止めろというんじゃからやめるんじゃ!!」
なおも顔を青くさせる二人に義一郎は言い聞かす。
いつの間にやら祭壇全域で騒いでいたエルフたちも、義一郎たちの様子に気付いたのか、すっかり静まり返ってその様子を見守っていた。
ええい、こう一斉に見られるとやりにくくて仕方がない!
「ヨハン、わしは場所を変えたい。何か二人になれる場所はあるか?」
義一郎がそう言うとヨハンは生気を取り戻したかのように顔を変える。
「はっ、ただちにご案内致します。異界の門よ。かの地に導きたまへ、ゲート!!」
ヨハンは手を合わせ、言葉を紡ぐと空を指で縦に切る。
何もない空間が捻れたかと思うと、まるでその部分だけハサミで切り取ったかのような真っ黒な穴が人1人分ほど出現する。
「なんだ、これは!?」
驚く義一郎にヨハンは手を促す
「どうぞこちらへ」
ヨハンはそう言うとさっさとその中に入っていってしまう。まるで触れたものを飲み込むようなその穴は際限のないブラックホールを見ているような感覚を義一郎に与えていた。
「では、私めは後に入ります故、英雄殿はお先に…」
隠密はそう言うとスッと後ろに下がり道を開ける。
「この歳になって新しい経験をするとは…ええいままよ!!」
義一郎は意を決したように足を踏み出すと、その黒い穴に身を委ねた。