ユキハナキタン
101:YOU 2013/04/11(水) 14:17:56 ID:Izgn62kar
怖いかどうかはわかりませんが、新学期で思い出したので、とりあえず書かせてください。これは友達が実際に体験したことです。仮にその友達をA子とします。
高校に入ってすぐの頃、A子は家の用事があって、遅れて登校しました。ですが、A子が教室に着くとそこには誰もいなかったんです。あれ、おかしいなって一瞬思いましたが、すぐに、体育の授業があったのを思い出しました。
その日は入学して最初の体育の授業だったし、時計を見ると、まだ始まって五分くらいだったから、根が真面目なA子は途中からでも授業に出ることにしました。
更衣室でジャージに着替えて、体育館へ向かい、先生に遅れた理由を説明して、みんなと残りの授業を受けました。
そして授業が終わり、体育館を出ていこうとしたところ、先生に呼び止められました。授業の最初に他の生徒には伝えられた連絡事項を、遅れてきたA子だけは聞いていなかったから、そこで個別に伝えられたんですね。
話を聞き終えて更衣室へ向かうと、みんなはもう着替えて教室に戻っており、残っているのはA子だけでした。次の授業の時間も迫っていて、早く着替えようとロッカーを開けたのですが、何故か、中には何も入っていない。ロッカーを間違えたのかと思い、他のロッカーも開けてみますが、やはり、どれも中は空。仕方なく、ジャージのまま教室に戻って先生に事の次第を説明しました。
先生はもしや制服泥棒かもしれないと考え、今度はその先生と一緒に更衣室を確かめる事になりました。
このロッカーに入れたんです。と、A子がロッカーを指差すと先生は眉をひそめました。入学したばかりのA子は知らない事でしたが、そのロッカーは何年も前から鍵がかけられていて、使われていなかったのです。
それを聞いたA子は、そんなはずはないと、そのロッカーを開けようとしましたが、さっきは確かに開いたはずのロッカーが、今度はどうしても開きません。
その後、警察が来て色々調べて、そのロッカーも開けてみたらしいのですが、結局、A子の制服は見つかりませんでした。
噂好きの連中に聞いた話によると、この学校では、昔、酷いイジメがあって、女子生徒が狭いロッカーに無理矢理押し込められた上に鍵をかけられて、そのまま放置されて死んでしまうという事件があったのだそうです。
事件のあったロッカーは、それ以来、鍵がかけられて使用が禁止されていたのですが、A子が制服を入れたはずのロッカーというのが、そのロッカーだったのです。
もしかしたら、イジメられて、死んでしまった女子生徒の、この世に対する未練が、A子の制服を持っていってしまったのかもしれません。
ちなみに、そのロッカーはまだ学校にあるそうです。
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「どこかにロッカー!」
オカルト研究会の部室で本を読んでいると、唐突にユキが奇声をあげた。具体的には青い猫型ロボットの、わさびでは無く、のぶ代が秘密道具を出す時のような声だ。無駄にモノマネのクオリティが高い。
「何を莫迦みたいに見ているのよ」
唖然として眺めていると、打って変わって取り澄ました声で罵られた。
「どっちがバカなのよ。急にモノマネなんかされてもリアクションに困る」
とりあえず言い返しておく。
「だとしたら、やっぱり莫迦ねハナさん。いやしくもオカ研部員ともあろう者が異次元ロッカーの話を知らないだなんて」
そう言われて何の話かわかった。
異次元ロッカー。女子更衣室にあるロッカーの事だ。
本来ならば更衣室のロッカーには鍵なんてかけられないのだが、何故かそのロッカーだけは何年も前から鍵がかけられて開くことがなく、開かずのロッカーとして様々な怪談のネタにされている。
最近ではもっぱら、開かないはずのロッカーが何故か開いていて、その中に入れた物が消えてしまうという、異次元ロッカーの話で語られている。私が知る話では、中に入れた制服が無くなっていた。ロッカーに閉じ込められて亡くなった女子生徒の霊が中に入れたものを取り去ってしまうからだそうだが、この世に未練があるからって、他人の制服なんか欲しいものだろうか。だいたいそんな事件があったロッカーを使い続けるとは思えない。オカルトにしても、ちょっと眉唾な話だ。
更に付け加えるならば、私の知る限りでは、『どこかにロッカー』なんて秘密道具のような呼ばれ方はしていないので、あのモノマネで察しろと言うのはどだい無理な話だろう。
「どこかにロッカーはともかく、異次元ロッカーならもちろん知っているよ。それがどうかしたの?」
「あら、そう。なら話が早いわ。確かめに行きましょう」
「確かめるって……一体なにをする気なのよ?」
女子更衣室は普段から使用しているので、私も好奇心から開けてみようとロッカーの取手に手をかけた事があるし、誰かが開けようとしているのを見たこともある。だが実際、そこにあるのは鍵のかかったロッカーなのだ。怪談のように都合良く鍵が開いている事など一度もなかった。それは今さら確かめるまでもない。
しかし、ユキはそんな私の疑問に答えることなく、手提げのバッグを持って部室を出て行ってしまった。
ユキとは去年の夏からの付き合いだが、初めの頃は振り回されて大変だった。オカルトに関して見境がなく、人の都合は考えない。ここ暫く部室に顔を見せなかったのが、久しぶりに来たと思えばこの調子だ。
最近ようやく慣れてきたが、慣れてきたからと言って振り回されないわけではなく、心構えが出来る様になったというだけだ。こうなっては仕方がない。私はため息を一つつくと、読みかけの本に栞を挟んで立ち上がった。本日のオカルト研究会の活動はフィールドワークという事らしい。
「ちょっと待って」
一人でどんどん行ってしまうユキを追って、放課後のひと気の無い廊下を進み女子更衣室の前へたどり着く。どこかの運動部が使っているのか、鍵は開いているらしく、ユキは躊躇無く扉を開けて中へ入って行く。私も周囲に誰もいないのを確認してあとに続く。別に誰かに見られても構わないのだが、放課後に他の部のテリトリーへ入るのは妙な背徳感がある。
更衣室の中はカーテン越しに夕日が射しているが薄暗かった。しかし、ユキが電灯を点けなかったので、それに習って点けないでおいた。雰囲気は重要だ。目当てのロッカーは扉から向かって左の最奥の上段に位置しており、窓際なので視界に問題はないだろう。床に置いてあるスポーツバッグ等を踏まないよう注意して歩く。ユキはすでにロッカーの前にいた。
「待ってって言ったのに」
「場所はわかっているでしょう」
ユキの性格はわかっているのだが、一応不満は述べておく。対するユキの答えも想像通り。わかっている。わかっているが知り合って半年経つし、そろそろデレないかなあ。
一人ごちつつユキの傍に立ち、改めてロッカーを見る。なんの変哲もない見慣れたロッカー。言われてみれば、小柄な人間なら中に入れない事もなさそうだが、その場合、相当無理な体勢になるだろう。そんな状態で閉じ込められたとしたら、その恐怖と苦しみはどれほどのものか想像がつかない。
そんな事を考えている私をよそに、ユキはその取手に手をかけて、何度か開かない事を確認すると、おもむろにポケットからヘアピンを取り出した。それを見て、半ば答えを確信しつつ、先ほどの問いかけをもう一度する。
「一体、なにをする気なのよ?」
「ピッキングって知っているかしら?」
「犯罪でしょう!」
「あら、家宅侵入でも窃盗でもないし、ヘアピンなら特殊侵入工具でも無いから、鍵を開けてる最中に腕を掴まれでもしない限りは誤魔化せるわよ」
犯罪なのは否定しないのか。現行犯なら私でも逮捕できるんだが。それどころか、放っておくと共犯になるのではなかろうか。そんな事を考えているとカチャリと音がして鍵が開く。あまりにも早過ぎて、本当に空き巣とかしてないか心配になる。
「まだ、前科持ちになる気は無いから安心なさい」
「……いつかはなる気なの?」
「状況によるわね。さあ、開けるわよ」
「ちょ」
状況によっては犯罪も厭わないのか、という私のツッコミを待つことなく、ロッカーは呆気なく開けられる。思わず身構えて、おそるおそる中を窺う。
「……普通」
「普通ね」
血の手形があるとか、お札がびっしり貼られているとかいう噂もあったが、開けられたロッカーは拍子抜けするほど普通だった。全身の力が抜けていくのを感じる。
「幽霊の正体みたり、ね。誰かに見つかる前に戻りましょう。さあ、鍵を掛け直して……」
言いながらユキを見て、そして、その手にしている物を見て言葉を失った。
あまりにも場違いな物の登場に呆然としている私に、ユキは冷ややかな眼差しを向けて口を開く。
「何を莫迦な事を言っているの?これからが本番じゃないの」
異次元ロッカーの真相を確かめる為には中になにか入れてみないとわからない、というのがユキの説明だった。
開かずのロッカーが簡単に開いてしまった事と、そのあまりの普通さに怪談の内容をすっかり忘れていたが、言われてみればその通りと言うか、本来ならば言われるまでもないことだ。
だが、しかし、
「なんだってそれが市松人形なのよ⁉︎」
そう、それは市松人形だった。
怪談話の定番中の定番、髪の毛の伸びるお菊人形などでお馴染みのあの人形。それが今、ユキの手の中でこちらに向かい微笑んでいる。怖い。
「この子は何度捨てても持ち主の元に帰ってきてしまう呪いの市松人形、おミエちゃんよ。夜中にボソボソ呟いてうるさいし、髪の毛を切るのも面倒だから、もったいないのだけれど、そろそろ処分しようと思っていたのよ」
なるほど、動く、話す、髪が伸びるの三重苦でおミエか。だが、それがロッカーとどう関係するのかさっぱりわからない。とりあえず余計怖くなった。
ユキはここまで説明してもわからないのかと、呆れた様な顔で説明する。
「つまり、もし本当に異次元ロッカーに物を消してしまう能力があるならば、人形は何処かへ行ってしまうし、なかったならば、人形は手元に帰ってくるのだから、再度ロッカーを確かめる手間が省けるでしょう」
どっちにころんでも、損はしないという訳か。理屈はわかるが、そのうち、酷い目に遭いそうな考え方な気がする。
ユキはそんなことはまるで心配していない様で、ロッカーの中へ市松人形を入れる。
「帰ってきたら仕方ないから、お寺に持って行って供養するわ」
そう言うユキに、ロッカーの中に鎮座させられた市松人形が、なんとなく悲しそうな顔を向けている様に見える。せっかく呪いの力を得たのに、こんな目に遭うとは思ってもみなかったに違いない。そして、そんな呪いの市松人形の能力でもって、異次元ロッカーの真相を探るという展開に私の恐怖心は何を怖がれば良いのかわからず、いささか迷子状態だ。
しかし、私と市松人形の困惑を他所に、無情にもロッカーは閉められていく。刹那、巨大な生き物の口がゆっくり閉じられていくイメージが浮かび、背筋に冷たいものがはしる。先ほどまでなんの変哲もなかったロッカーが、急に得体の知れない大きな獣のように見えた。
だが、ユキはそんな事は全く無いらしく、ロッカーを閉めて三秒ほど待つと、今しがた閉めたそれをあっさりと開け放った。
「ちょっ」
市松人形は依然としてそこにいる。
「少し時間が必要なようね」
そう言うとまたそれを閉め、再びヘアピンを取り出すと、あっという間に鍵をかけてしまう。
なんだか、すっかり興が削がれたせいか、二度目にロッカーが閉められた時には、大きな獣はどこかへ行ってしまい、ロッカーは単なるロッカーだった。オカルトが好きなくせに、ユキにはそれを楽しむ才能が欠けていると思う。
「いつもは寝ている間に帰ってくるから、結果がわかるのは明日になるわね」
そんな事を軽く言ってのけるユキは、異次元ロッカーの真相や、呪いの市松人形よりも、よっぽど恐るべき人間なのかもしれない。生きている人間が一番怖いとはよく言ったものだ。
青い空に淡いピンクの花びらが舞う。私の住む地方では、桜は五月に咲く。小学校の入学式では、テレビで見た様に咲かない桜に不満を持ったものだが、今ではゴールデンウィークに合わせて咲く桜も、気がきいていて良いと思える。
そんな事を考えながら、私は二年と一ヶ月を過ぎ、すっかり通い慣れた桜並木の通学路を進む。
校門の前でユキを見つけたので、声をかける。
「ユキ。おはよ。どうだった?」
爽やかな朝にする話題では無いのは十分承知しているが、どうせユキが話すのは止められないので、こちらから話を振って早めに終わらせる作戦だ。
「おはよう、ハナさん。……引き分けだったわ」
「え?」
「ロッカーVS市松人形。結果は引き分け。」
「引き分けって……。なにがどうなったら引き分けになるのよ。市松人形が帰ってくるか、こないかでしょ?」
「帰ってきたわ」
「じゃあ」
市松人形の勝ちじゃない。と言いかけた私を遮り、
「裏返しだった。」
「うら……」
「見てみる?持ってきているから。人形ながら、なかなかすごいわよ」
カバンに手を伸ばすユキを全力で止める。怖いのは好きでもグロいのは駄目だ。ましてや、もう校門をくぐり、周りには他の生徒達の目もある。
「せっかく持ってきてあげたのに」
「お気持ちだけで結構です」
「ハナさんが見ないなら、もう持っていても仕方ないわね。これ、お寺で引き取ってくれるかしら。あるいはもう一度ロッカーに入れたら元通りになるのかしらね」
ようやく私に人形を見せるのをあきらめたユキは、思案げに言う。だが、もはや市松人形ですらなくなったおミエちゃんを受け入れてくれるお寺は無いと思う。
「供養でどうにかなる範囲は超えているんじゃない?ロッカーの女子生徒の怨霊の方が、まだなんとか供養出来そうだよ」
私がそう言うと、ユキは眼鏡の奥の目を細めて嬉しそうに微笑む。そんなに面白い事を言っただろうかと、いぶかしむ私を楽しむ様に、少し間を置いてから口を開く。
「最近、ずっと調べていたのだけど、あのロッカーが置かれてから今までの間、なんの事件も事故も起きていないのよ」
ユキが何を言っているのか、一瞬わからなかった。だって、あのロッカーは市松人形を消せはしないまでも、裏返しにしてみせた。もし、あのロッカーでなんの事件も事故も起きていないのだとしたら。
はっとした私の顔を見てユキは言葉を続ける。
「そう、女子更衣室では誰一人として亡くなってなんかいないの。だから、女子生徒の怨霊なんて、存在しようが無いのよ。学校としては、ロッカーを廃棄するような事件は起きていないけれど、よく物が紛失するので使用を禁止しているという事ね。ねえ、あのロッカーは、一体どんな力でどんな世界につながっているのかしら」
ロッカーが閉まるときの、あの巨大な獣の幻覚を思い出し、背筋に恐怖とも驚異とも判断のつかない悪寒が走り、血の気が引くのが自分でもわかる。
ユキはそんな私を見て、本当に楽しげに笑って言う。
「ハナさん。入ってみない?」
その声を聞きながら、私は始まったばかりの高校最後の年が、平穏に過ぎる事は無いのだと悟ったのだった。
了