5.車内にて
飲み会を終えて、タクシーで帰る課長方を店先で見送る。
気付けば夜もだいぶ更けていて、まん丸い月がぽっかりと空に浮かんでいた。
私の家は隣町にある。ちなみに実家。
終電はまだあるけれど、ここから駅まで歩いて、電車に乗って、また家まで歩くと思うと面倒くさい。
「小野っちどうする?こっち泊まるか?」
ここから徒歩5分程度のところに住む八木の提案は魅力的だ。
「うーん」
今帰るか、明日の朝帰るか、どっちの方が楽かな~と迷っていると、
「小野さん、送る。家F市だよね。」
澤井祐樹が後ろから声をかけてきた。
・・・なんでそんな真剣な表情をしてるんでしょう。眉間にしわ寄ってて怖いんですけど。
「いやいや悪いし。いいよっ」
と遠慮すれば、
「ううん、送る。」
珍しく強い言い方をする。
そこまで言い切られると、断りにくい。
「じゃあ・・・お願いします。」
他のプロジェクトメンバーと挨拶をして別れ、車が止めてある近くのコインパーキングへと向かった。そういえばお酒飲んでなかったな。
なんだかヤツがピリピリしていて、気安く談笑する雰囲気ではなかったので、私も余計なことは言わないようにすると、車内は静寂に包まれた。
車が走り出して10分くらい経った頃、向こうが口を開いた。
「質問してもいい?」
「うん?」
「八木くんと付き合ってる?」
「まさか!ないよ~。」
冗談かと思って笑いながら隣を見ると、ヤツの表情が硬い。
「付き合ってない男の家に泊まろうとしてたの?」
・・・どうやらとんでもない誤解をしている澤井祐樹に慌てて説明する。
「ちがうちがう。八木が住んでるマンションは、うちの会社が借り上げているから社員がたくさん入っているの。同期の女の子が一人いて、遅くなった時とかは時々そこに泊めてもらってるんだよ。」
私の説明を聞くと、ヤツはふむ、と納得したように一つ頷いた。
「もう一ついい?」
「うん。」
「オレのこと嫌い?」
・・・はい??続けざまの突拍子もない質問に、戸惑いを隠せない。
でも、ヤツは至って真面目に質問しているようだ。いつの間にか車は路肩に寄せられていて、今度は心配するような目で私の顔を覗き込んだ。
「嫌いなわけないじゃん。」
怪訝な顔をして答える私の言葉にウソはないと分かったのか、安心したようにふぅ・・・とため息を吐き、体の力を抜いた。
「よかった。また嫌われたかと思った・・・。」
私が澤井祐樹のことを嫌っていると思っていたのだろうか。それに気を悪くして不機嫌だった?でも八木はどう関係するの?またってどういうこと?と私が浮かんだ疑問を口に出す前に、先に質問が重ねられた。
「・・・一緒に仕事するの嫌じゃない?」
「うん」
「メールするのも?」
「うん」
「飲みに行くのも?」
「うん」
「じゃあ試合応援するのは?」
「うん・・・・うん??」
「よし、明日ヒマ?」
「うん???」
「だったら明日のフットサル、来て。」
「うん??????」
澤井祐樹は会社の仲間とフットサル同好会をつくり、毎週のように活動しているらしい。
奇遇にも、うちの課の若手社員もフットサルをやっていて、それならと親善試合をしようということになった。日時は明日の午前中。場所もうちの会社の近くにあるフットサル場。
ここまでの話は、さっき居酒屋で聞いたから知っている。
でも、なんで急にそこへ私が応援に行くことになるの?
話の流れについて行けず、目を白黒させる私に、ヤツは「嫌・・・?」と、破壊力抜群の色っぽい瞳で問いかける。それに魅入られてぶんぶんと顔を横に振ったことで、承諾とみなされた。
運転を再開し、5分程で私の家に着いた。
片方の口端をニッと上げ、
「また明日、9時だから。」
と言ってヤツの車は軽やかに走り去ったのだった。