4.内覧会
その後、何週間にも渡ってうちの課と取引先の間で打ち合わせが重ねられた。
打ち合わせを終えて、そのまま飲みに行く機会も多かったようで、プロジェクトメンバーは社の垣根を越えて、かーなり仲良くなったらしい。事務所にいる私は、初めの親睦会以来取引先と直接会うことはないが、いつの間にか八木がヤツのことを「澤井くん」と呼んでいることからも、仲の良さが伺える。
澤井といえば、ちょくちょくメールがくるようになった。
仕事に関しての差し障りのない内容だったり、「アレ何だっけ」のような世間話的な質問、ちょっと面白い写メを送ってくるときもある。
連絡事項以外のラインやメールはめんどくさいと常日頃感じる私だが、ヤツとのやりとりは楽しかったりする。
とはいえ、返事はしても、自分からは送ったことがない。送ろうと思うのだけど、内容を考えているうちにいつも送りそびれてしまう。不器用な自分の性格がうらめしい。
話は戻って。
今日は、プロジェクトチームの努力が初めて披露される。ショールームに建設予定のマンションと同じ仕様の設備を入れ、便利さを体験してもらおうと、内覧会を開催することになったのだ。内覧会は、商品を目に見える形で世間に向けてアピールするチャンスなので、非常に重要だ。地元テレビの中継も入るらしい。
初日ということも有り、マンションの購入を検討しているお客様が大勢参加する見込みなので、臨時の受付要員として私も駆り出された。ちなみに、取引先のチームの事務員はパートのおばちゃんなのだそうで、子供もいるため時間外は働けないそう・・・だから飲み会もいなかったのね。
「おはようございます。」
直行直帰する休日出勤とはいえ、お客様のわかりやすくていいだろうということで、制服を着て来た。有名デザイナーによるわが社の制服は、エレガントでいて機能性に優れていると評判だ。普段は脱いでいるジャケットをベストの上に重ねると、確かに品が良くおしゃれでいて、悪くない。
「おはようございます。本日は受付をさせていただきます小野です。よろしくお願いします。」
久しぶりに会う取引先の面々とも改めて挨拶を交わす。
勤務時間中なので、言葉遣いも崩さず話そうと心がけるのだけど、澤井祐樹とですます口調で話すのはなんだかおかしくて、ぎこちなくなってしまう。
内覧会は予想以上の人出だった。プロジェクトメンバーはお客様の案内に追われて休む暇もないほど。私も受付とはいえ、来場するお客様にお茶を出したり、アンケートの記入をお願いしたり、スリッパを整えたりと忙しい。
そして、お客様の入りがピークに達したお昼前にそれは起こった。
お客様のメインは若いご夫婦で、小さい子供を連れている人も多かった。ショールームにはキッズコーナーが設けられており、子供たちはそこのおもちゃで遊んだり、DVDを観たりする。しかし、人があまりに多かったのでキッズルームも飽和状態になった。そしてフラストレーションがたまった子供たちの間で、とうとうケンカが勃発した。
きかんぼうそうな男の子二人のおもちゃの取り合いから端を発したそのケンカは、ヒートアップしていって怒鳴り合いになり、どっちもが泣きだし、それにつられて他の子たちまで不安げな様子になっていった。近くにいたその子たちの親がやってきてフォローするが、泣き声は激しくなる一方。
困惑ムードが漂う中、追い打ちをかけるように地元テレビの中継班が到着した。
このままだとテレビ中継は子供の泣き声をBGMにお送りすることになってしまう。
「少しの間空けますのでココお願いします。」
ちょうど案内を終えた澤井祐樹に受付を託し、キッズルームへ向かった。
泣きすぎて真っ赤な顔をして男の子たちの前にしゃがんで目線を合わせる。
「ねえ、これ見て。」
彼らの前には膨らませた風船。しかもそこにはヘンテコな泣き顔が描いてある。
「お姉さんね、君が泣いていると悲しくなる。だから泣きたい気持ちを吹き飛ばしちゃうし見ててね。」
指で押さえていた吹き口を「3、2、1、」で離すと、風船は縦横無尽に飛び回ってポトッと落ちた。
泣いていた男の子の顔を覗き込むと、驚きに見開かれた目からもう涙は出ていない。
「もういっかい。」
今度は好奇心に目をキラキラさせて、その子が言う。
安堵した様子の母親と目を合い、思わず笑ってしまった。
「いいよ。」
「わたしも~」 「ぼくも~」
「今度はにっこりのお顔にして!」 「うさぎさん描ける~?」
他の子供たちにも次々とリクエストされる中、私はほっぺたが痛くなるまで風船を膨らまし続けることになったのだった・・・。
「いやぁ、大成功と言っていいんじゃないかな。みなさんお疲れ様でした。」
ハンサムゴルフこと取引先の福田課長と、大黒天ことわが社の葛西課長が、上機嫌で乾杯のあいさつをして、慰労会という名の飲み会が始まった。・・・ほんと飲み会好きだな。
「今日一番の立役者は、なんといっても小野っちだな。」
早くも酔いの回った顔で牧サンが言う。
「うんうん。あそこで小野さんが子供たちを宥めてくれたお蔭でテレビ中継もうまくいったようなものだしね。」
「あれ、飾り付け用に置いてあった風船でしょう。とっさにそれを使うなんて機転が利いてる。」
取引先の先輩社員、山地サンと古川サンだったかな?も褒めてくれる。
「いやぁーそんなことは・・・あるかもしれませんね。えへへ。」
照れ隠しに言えば、
「でも酸欠で真っ赤になりながら風船を膨らまし続ける小野っちの顔は面白かったな~。」
「うんうん、タコ入道みたいだった。」
「風船ダイエットってあるよな~あれ?小野っち顔周りがほっそりしたんじゃないの。」
結局はうちの課の先輩方に言いたい放題言われて終わるのだ。
枝豆を食べながら、八つ当たり気味に隣の八木をテーブルの下でずっと蹴ってたら、間違えて蹴りが一発、向かいに座る澤井祐樹に入ってしまった。
ヤツは驚いてこっちを見て、私も一気に真っ青になる。
「ごめんなさい!八木と間違えました。」
「おいおい小野っち、俺には蹴りの連打で、澤井くんにはごめんなさいって・・・扱いが違い過ぎない?」
「ヤギウルサイネ。」
「おいっ。」
私たちのアホなやりとりを、澤井祐樹は微妙な顔をして見ていたのだった。