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b.非常階段

 ある日曜日、新刊をチェックしに本屋に来ていた。


 学校のある平日は夕方の6時まで練習で汗を流し、土曜日も練習に試合に明け暮れているバドミントン部員の私にとって、日曜日の本屋での立ち読みは癒しだ。

友達と映画を観に行ったり、カラオケしに遊びに行くことも多いけど、一人で本屋巡りする方が好きだったりする、実は。

 漫画雑誌を何冊か立ち読みして、大好きな小説家の文庫を買った。


 待ちに待った新刊だったので、家に帰るのを待ちきれずに歩きながら本を開いてしまう。

 これは私の悪い癖。自宅と駅を結ぶ道を毎日往復することに退屈して、本を読みながら歩くようになり、それが日常化したのだ。


 何度も通っている駅前の巨大モールなので、意識しなくても足は勝手に帰路へ向けて進む。

 しかし、話のクライマックスが予想外に早く来てしまった。

 モールにある非常階段は目立たないし暗いしで全く人気がない、ときどき利用する穴場休憩スポットだ。踊り場のベンチに腰掛けて、私は本格的に読む態勢に入った。

 

 それは江戸時代を舞台にした市井小説で、主人公の岡っ引きと町娘の軽妙なやり取りが面白い。

 「ふふふ・・・あははっ」気付けば声をあげて笑っていた私は、

 とっさに顔を上げたとき、



まさかのヤツと目があった。



 非常階段を降りてきたであろうと思われる澤井祐樹は、踊り場まであと2、3段というところで目を見開いて固まっていた・・・まったくなんで足音に気付かなかったのか。

 一瞬の驚きが過ぎ去ったあとは、気まずい空気がただよう。

 ヤツとしても、歩みを止めて私とがっつり目が合っちゃってるわけで、今更見なかったことにして通り過ぎるという選択肢はない。かといって、何と声をかけたものか困るところだろう。


 「・・・」

 「・・・」


 いたたまれなくなり、私は鞄に小説を突っ込んで立ち上がった勢いのまま、

 「忘れて記憶から消してアナタハナニモミナカッタ」

 と、催眠術師もびっくりの怪しげな呪文を一息で吐き出し、階段を下りてその場から逃走した。



 そのまま家まで早足で帰り、澤井祐樹の驚いた顔と自分の残念すぎる対応を思い返しては枕に突っ伏し、身悶えていた私は、その日結局小説の続きが読めなかった。






 気のせいじゃないと思う。

 今週に入ってから、澤井祐樹と目が合う頻度がやたらと高い。


 

休み時間に、後ろの席の渡辺佐奈とおしゃべりしていた。

佐奈は一年生のときからクラスも一緒、部活も一緒。二年生になっても同じクラスで、偶然席も前後になった。根が人見知りの私は初めての人と話すときは緊張しがちなんだけど、佐奈とは初対面のときからウマが合うのか会話が弾み、今では一番仲の良い友達だ。


佐奈がテレビドラマの俳優のマネをして二人で笑っていたら、

何気なく目線を上げた先に澤井祐樹の顔があった。

 私の席と澤井祐樹の席は、教室の対角線上といっていいほど離れていて、私の席は前方廊下側、ヤツの席は後方窓側なので、授業中なんかはめったに視界に入らない。

それでも、イケメンというのは目を惹くもので、休み時間や教室移動の際に、ついつい見てしまうものだ。私はそれでこっそり目の保養をしていた。


問題は、そんな視線には慣れっこなのか無頓着なのか、今まで横からでも正面からでも見放題だった顔が、こっちを向いてることが増えたってこと。いくら私でも、目を合わせながら顔を観賞する神経の太さは無い。さりげなくヤツから目線を外していたのだが。



ホームルームが終わり、着替えと水筒を持って部活の更衣室へ向かおうとしたロッカーの前で、またまた澤井祐樹と目が合った時、確信した。


・・・私絶対、不審人物だって思われてる。


澤井祐樹は普段喜怒哀楽が表情に出ないタイプのようで、あまり感情が読めないけど、

こっちを見たとき、眉を少しあげたり、眉間に微妙にしわが寄ってたりで、ヘンなモンを見たみたいな顔をしている気がする。

思い当たることは一つしかなく、人気のないモールの非常階段で本を読みながらゲラゲラ笑ったあげく逃げ出したクラスメイトは、間違いなくヘンなヤツだろう・・・恥ずかしすぎる。


ヤツの記憶から私の失態が消え去ることを祈りつつ、澤井祐樹を視界に入れないように、澤井祐樹の視界に入らないように、しばらくは行動しようと心の決めた。


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