2.カラオケ
向こうも私に気付いた。
私はというと、気付いた瞬間に目を逸らし、一番奥に座る上司たちの方に注意を向けているフリをしながら心を落ち着かせているのだが、前方から痛いくらい見られているのを感じる。
「小野雫・・・さん。」
それは疑問形じゃない、断定形だった。
すなわち、しれっと初対面の振りをする余地はなくなってしまったってこと。
「澤井祐樹・・・くん。」
つられて私までフルネームで呼ぶ。
「あれ?澤井、知り合いか?」
そのまま固まる私たちの様子に気付いて、取引先リーダーのハンサムゴルフが声をかけた。
「あ、はい。高校の時の同級生です。」
ハッと我にかえった澤井祐樹が答える。
「わっ、すごい偶然だな!その様子だとお互い知らなかったんだろ?」
「おいおい小野っち、こんなカッコイイ同級生がいたなんて知らなかったぞ。」
「いいなー高校生っていえば青くて甘酸っぱくて~いいですな。」
「いやぁ、このプロジェクトには縁が有りますな~こりゃ幸先が良い。」
なんて双方の社員たちが本人たちそっちのけで好き勝手なことを言い合えば、緊張感はどこへやら、そのままの流れで会話も弾み、飲み会は大いに盛り上がった。
「日本酒コレと同じのもう一本と、きっちょむ水割りでお願いします。」
向いに座ったヤツと直接会話する機会もほとんどないままいたずらに時間は過ぎ、気付いたら先輩方の会話を聞くフリをする傍らでいつも以上に杯を重ねていた。
そうするうちに、頭の中のパニックはだんだんと収まり、少しは考えられるようになってきた。
そうだよ、単に昔の同級生と再会したってだけじゃん、何も緊張すること無いし。社会人なんだから大人な対応すりゃいいんだ。
心が落ち着くと、澤井祐樹を改めて観察する余裕がでてきた。
細面の顔、サラサラの黒髪はそのままに、確かに6年の年月が過ぎたのが見てとれる。高校時代のヤツは、良く言えば綺麗で繊細そう、悪く言えば頼りなさそうにもみえた。今は、あどけなさが抜け、ひと波もふた波も乗り越えてきた者特有の落ち着きも加わり、一人前の頼れる社会人の顔になっていた。
ただ、眠たげな二重の瞳から漂う色気は健在で、コイツは今でもとんでもなくモテるんだろうな~って予想できた。
大盛況だった飲み会がお開きになり、うちの課の大黒天様が帰ると、そのままカラオケでの二次会に流れ込んだ。充分に懇親が深まったプロジェクトメンバーは、取引先の社員さんと一緒になって普段の飲み会と変わらないはじけっぷりで暴れている。
いつも以上に摂取したアルコールのちからもあって、この頃には私も気分良く、いっちょまえに出来上がっていた。澤井祐樹への対応をどうするかについては、とりあえず棚上げだ。
ノリの良い曲がいくつか歌われ、盛り上がりも最高潮に達したとき、牧サンがこっちにマイクを回してきた。牧サンは例えると、傍若無人な3人兄sの長男で、下される命令は絶対だ。
「ほれ小野っち、忘年会の時に時に八木とやったやつ、アレ歌って。」
えっ、アレですか…
拒否する間もなく、私が躊躇している間に曲が入力される。
イントロが流れ始め、盛り上がっている空気を壊すほどの強い意志も無い私は、先輩命令に従う覚悟を決めた。
八木と忘年会のカラオケ大会で歌った曲は、ちょっと前にちょっとマイナーなラップ歌手がだした、明るいアップテンポの曲だ。
サラリーマンの悲哀を面白おかしく歌った歌詞は、それだけでも楽しい。ただ、もう一工夫をと、コーラスに私が参加し、ラップの合間に繰り返される「ネクタイをゆるめて~」の歌詞に合わせてその場にいる人のネクタイを順番に引っ張っていくと、忘年会で予想以上にウケて、定番ネタになってしまった。
こういうのは、思いっきりやらないと逆に恥ずかしい。
八木と一緒に歌い、歩き回りながら「すみませんね」と悪びれずに取引先の社員さんのネクタイを引っ張ってると、最後にヤツのネクタイにたどり着いた。
ある種のスイッチが入っていた私は、考えることもなく歌いながらブルーのストライプ柄のネクタイを引っ張りだしたものの、顔を上げて目が合った瞬間、そのままフリーズしてしまった。
澤井祐樹が遠い昔に見た覚えのある、あの顔をしていたのだ。
眉を上げ、ちょっと眉間にしわを寄せて。
コイツヘンなヤツだなって面白がってる顔。
その顔を見た瞬間、私の意識は高校生時代へと引き戻された。