a.転校生
転校生としてクラスの前に立ち、何十人もの好奇の目に晒されながら紹介されるのと比べると、受け入れる側として席に座っているのは何と気楽なことか。
小学生の時に転校を経験した私はそんなことを考えながら、遠慮なく転校生を眺めていた。
下ろしたての学ランを着て、顔は整っているんだろう、女性的な細面の顔に、サラサラとした黒い前髪がかかっている。先生に促され、ぼそぼそっと自己紹介したようだけど、正直覚えていない。
印象に残っているのは雰囲気。
長めの前髪の間からちらりと眠たげな二重がのぞいた。黒い瞳が濡れたように光る。
顔を上げてクラス全体を見る視線に、ハッとするような・・・あとから考えると、あれが色気っていうものなのかなって思った。
澤井祐樹の登場にクラスはどよめき、その日を境に、学校内の雰囲気が一変した。
歴史ある地方私立大学の付属高等学校であり、エスカレーター式に進学できるうちの学校は、良くも悪くものほほんとした校風だ。加えて最近校舎が田舎に移転したので、学校の周りは田んぼだらけで、コンビニくらいしか行く所がない。
そんな平和な学校の高校2年生といえば、友達や先生、部活なんかにも慣れて和気あいあい楽しくやっている頃なのである。
そこへ、件の転校生という爆弾が投下されたわけだ。
カッコイイ転校生にクラスの女子は一気に「オンナ」を開花させた。それまで、どちらかといえば男女の分け隔てなく軽口を言い合う小学生の延長のような雰囲気だったのに、
「コイツもユウキ君が好きなの…?」と女子は互いに腹の探り合い。
「オレ、サワイより下なのか…?」と男子では序列の構築が始まっていた。
人見知りで自意識過剰のチキンな私は、そんな事態を察知するや否や、澤井祐樹は不用意に近づいちゃダメな人と認定した。
もともと男子と積極的に話できないし関わりないんだけどね。
お父さんが単身赴任で、一緒に生活しているのは母と姉。少女漫画に出てくるようなかっこいい幼馴染もおらず、従妹も女の子ばかり。身近に女性しかいない環境で成長した私は、悲しいことに全く男性に免疫がなかった。
数週間が経ち、数か月が経ち、どうやら澤井祐樹は温厚な性格だということがわかってきた。
普段は喜怒哀楽があまり顔に出ないので、一見不愛想で冷たいように見える。
しかし、女子に対しては、自分から人に積極的に話しかけるわけではないが、話しかけてくる子にはちゃんと応ずる。かといって調子に乗ることもない。
男子とは気さくに付き合ってる様子で、突っかかるように絡んでくるようなのにも怒ったりせず、さばけた雰囲気で返す。そして、男子同士でふざけているときなどに時々見せる笑顔は、老若男女問わずドキドキしてしまうほどキュート。
みんなの中で彼は「守ってあげたいイケメン」のようなポジションに落ち着いたようだ。
サッカー部に入ると、ほどなくレギュラー入りし、先輩たちにも可愛がられているようで、学年をも越えて№1イケメンポジションは確固たるものとなった。・・・ちなみに、噂によると勉強は苦手らしい。
同じクラスにそんなアイドルがいたらついつい目が行ってしまうのは、仕方がないと思う。
クラスが一緒とはいえ、直接話すことはない。
でも、
休み時間の教室で、
移動中の廊下で、
部活帰りの電車のホームで、
見つけるとついつい目が行ってしまう。
これが「観賞用」なんて言葉の意味なんだな~なんて思いながら。
そんな風に毎日を過ごしていた。