g.牽制
ある日、ホームルームが始まる前の休み時間中に自分の席に座ってぼーっとしてると、サオリが隣の席に来て二人でおしゃべりしていた。
話は自然と音楽の授業のことになり、声をひそめたサオリに言われた。
「しずくもユウキ君のことってやっぱり気になっちゃうよね?…いやぁ授業中結構楽しそうだからさ。ユウキ君って、実はしゃべりやすかったりするから。女の子でも仲良くしてるコ多いし。
でもユウキ君と親しいんだって勘違いし過ぎると、あんな風になっちゃうから気をつけなきゃだよね~」
といって目をやって指し示す先には、澤井祐樹と、その机に手をかけて立つ辻サンだった。
黒髪をバレッタで後ろで留め、眼鏡をかけ、勉強が出来る辻さんは、大人しい真面目なタイプの女の子という印象。しかし、こと澤井祐樹に関しては例外で、クラスメイトの特権を活かして休み時間など、すきあらばヤツの席へ行って勉強を教えるなどという名目で積極的にアプローチをして、女子のヒンシュクを買っている。
机に置いた手に身体を預け、しなをつくって話す辻さんの目にはたっぷりと媚びが含まれており、対する澤井祐樹の顔は、困っているのが丸わかりだった。見ていられなくて、私はそっと目を逸らした。
あとから考えると、あれはサオリからの立派な牽制だったのだと思う。
可愛く小柄で明るい性格で、サッカー部のマネージャーもするサオリは、澤井祐樹らサッカー部男子と最も親しく付き合っている女子グループの一員なのだ。授業とはいえ、毎週マンツーマンで接しているのも後ろの席で見ているし、日曜日の試合を応援していたのも勿論気付かれているはず。私は彼女の中の警戒レーダーに引っかかってしまったのだろう。
しかし、自意識過剰でチキンな高校二年生の私は、サオリの言葉に冷水を浴びせられた様な心地がした。
ちょっと話せるようになったからって調子に乗ってたのかもしれない。
私も辻サンみたいに見られてるの?
女子にあんなふうに嫌われて?
ヤツにも迷惑がられて?
恥ずかしくて、不安で、痛くて。
次の音楽の授業では、不自然なくらいじゃべらなかった。
しかも、リコーダーを教えることに関しても、「サオリに教えてもらったら」とパートの違うサオリに無理やり振ってしまった。
態度の違う私に、澤井祐樹も口に出して言うことはなかったものの、戸惑ったことと思う。けど、その時は頭の心もぐちゃぐちゃになっていて、相手の気持ちさえ考えることが出来ずに、私は逃げ出してしまったのだった。
ただの「観賞用」なんかでは有り得ないほど大きくなったヤツに対する気持ちに、ちゃんとした名前を付けることもないまま。
そして、その後も何度かヤツから話しかけてくることがあったものの、目も合わせられず、のどが貼りついたみたいに言葉も出ず、逃げるうちに、話す機会もなくなった。
気づけばそのままリコーダーの合奏も文化祭も終わり、
2年生が終わり、
3年生はヤツと別々のクラスになり、
澤井祐樹との接点がないまま高校の卒業を迎えた。