f.試合
文化祭の準備期間が始まった。
うちの高校では、一年生は展示、二年生は催し物、三年生は劇と決まっている。
私たちのクラスは、教室内で巨大迷路を作ることに決まった。
段ボールで作った迷路のパーツが所狭しと教室の後ろに置かれる。
パーツといっても、天井につくくらいの高さのものもあるので、後ろの方の席は段ボールのバリケードにほとんど囲まれているような状態だ。
ペンキ係になった私は、放課後の誰もいない教室で、もう一人の女子と一緒に段ボールに色塗りしていた。
「ありゃりゃ、緑のペンキもう無いや。まだまだ使うよね。」
「うん、ここからそっちの端までず~っと木ばっかり描くんだよね。」
「おけ、美術室行ってとってくるわ。」
「一緒行こうか?」
「ううん、いーよ。ペンキ乾いたらもったいないし、続けといて。」
「わかった。ありがと~」
相方がペンキを取りに行ってくれている間、無心になってペタペタ塗り続ける。
こういう大きな物にペンキを塗るなんてこと、普段はする機会がないので、とっても楽しい。
絵心が有るわけではないので上手とは言えないが、薄暗い迷路の中で見る壁に描かれた木の絵は、なんとなく雰囲気が伝わるレベルでオッケーとしよう。
そこへ
「ちょっと通してもらっていい?」
「!!!」
ペンキ塗るのに集中し過ぎて、後ろに澤井祐樹が立ってることに気が付かなかった。
一番うしろにあるヤツの席は、細い通路を残してほとんど段ボールに埋もれている状態で、ちょうどそこを通せんぼする形で私が作業していたのだ。
「わぁ、ごめん!」
慌てて端へ避け、道をあける。
澤井祐樹は自分の席に座ると、机の横にかけてある鞄からタオルを引っ張りだした。ジャージを着ているので、部活中に忘れたタオルを取りに来たのだろう。
すぐに教室を出ていくと思ったが、そのまま話しかけてきた。
「あれ、今日部活は?」
「バドミントン部は顧問の先生が急用で今日休み。」
「へぇ…大変だな。バドミントン部も試合近くなかったっけ?」
「うん、今週の日曜日。」
「サッカー部もそうだよ。天川運動公園。」
「えっ、うちも一緒だ。そこの体育館で試合。」
「午前中?俺ら昼から。隣の第1グラウンド。」
「すごい、偶然だね~」
「もし・・・試合終わって暇だったら、ちょっと覗いて行ってよ。」
「へっ・・・う、うんわかった。」
会話の流れで社交辞令で誘われたんだって分かっていても、大いに照れてしまった私は、
「でも私、視力悪いからサッカーって誰が誰だか分かんないんだよね~」
と、茶化してしまう。
「じゃあ分かるように頑張って走るわ。」
ニヤっといたずらっぽく笑い、ヤツは教室を出ていった。
日曜日、ダブルスでまずまずの戦績を残して試合を終え、体育館を後にした。
ここの運動公園は清潔で設備が充実しているところがお気に入りだ。シャワールームでさっぱり汗を流して、食堂でお昼ごはんを食べていたら、結構いい時間になっていた。
「ね、今日午後からサッカー部の試合やってるらしいよ。せっかくだし観に行かない?」
「いーねいーね」
情報通で知られる部活仲間の誘いに、みんな乗る。
サッカーフィールドの観覧席はすり鉢状になっていて、私たちはセンターラインとゴールラインの間くらいの最後列に座った。フィールドを見下ろす形になって、思ったよりも見やすい。
どういう試合なのか知らないけど、応援に来ている人数が結構多い。澤井祐樹目当てと思われる女子のカタマリも試合前から黄色い声を出している。
後から聞くと、県大会に向けた重要な試合だったそうだ。
座って間もなく、両チームの選手が出てきて試合が始まった。
サッカーのルールに疎い私は、はじめはボールを目で追いかけるだけで精一杯だった。
でも、敵味方を判別するよりも先に、ゴール前に飛び出して味方のパスを受ける選手の顔を捉えた。
澤井祐樹は圧倒的なスピードで敵のマークを引き離したかと思えば、接近して逆をつく。サッカーに詳しくない私でも、ヤツの動きが抜きんでているのが分かった。でも、その動き以上に、いつもの穏やかな様子からは想像も出来ない、闘志溢れる姿に釘付けになった。
無意識に手の筋が白くなるくらい拳を握りしめていて、試合終了のホイッスルが鳴ると、ビクッとして我に返った。
部活仲間も、引き込まれるように真剣に応援していて、試合が終わるや否や、立ち上がってピョンピョン跳ねながら喜びを爆発させていた。うちの学校の勝ちだ。
試合の興奮の余韻に浸りながらみんなで「すごかったね!」などど言い合ってると、握手を終えた選手たちがベンチに引き揚げてきた。
汗を拭い、水分補給する澤井祐樹を眺めていると、
ヤツがこっちを見た。
その瞬間、周りの声も、他の選手の姿もかき消えた。
二人だけがその場から浮き上がったかのように、しばらくの間見つめ合っていた。
すると、
ヤツは確かに・・・笑った。
すぐにコーチらしき人に呼ばれて向こうを向いてしまったので、見間違いかなとも思ったけど、それは絶対に忘れられないとっても眩しい笑顔なのだった。