8.告白
「今日、仕事終わったら○○駅前のスタバで待ってる。」
スマホの液晶画面に表示された一文を何度も読む。
絵文字なんて一切ついてないのに、文字からは怒りがにじみ出ているような気がしてしまう。
澤井祐樹の家を訪れてから数日、ヤツは毎日連絡をくれていた。しかし、私はメールも電話も返せない。そして再び週末を迎えた今日の朝、とうとうこの強制力のある一文が届いたのだ・・・はい、 どうせ自業自得ですヨ。
なぜこういう日に限って、残業もなく定時に上がれてしまうのだろう。
足取りも重く、待ち合わせ場所へと向かう。
早い時間なので、私が先だと思ったのに、ヤツはもうすでに待っていた。
声をかけないといけないって思うのに、動けない。
店の入り口に立ったまま、まだこちらに気付いていないヤツを見ていると、心の奥底からじわりと、ある想いがこみあげてきた。
ああ、私やっぱり澤井祐樹のこと好きだ。
認めてはいけないような気がしていた。
姿を見ると、ギュッと胸が締め付けられる。
一緒にいると、喜びが溢れだして幸福感に満たされる。
困っていると、自分のことのように苦しくなって、絶対になんとかしてあげたいって思う。
この気持ちに名前を付けてはいけない。
そう思って、向き合わないようにしてきた。
でも、もう限界だったのだろう。
せき止めていた川が決壊するように、溢れだした気持ちは大きな奔流となって身体の中を駆け巡る。
なんでキスしたの?
ただの成り行きだって言われても、私には割り切れない。
澤井祐樹が振り向き、私に気が付いた時、きっと私は泣きそうな顔をしていたと思う。
「来てくれてありがとう。」
澤井祐樹はホッとしている、と同時にどこか緊張しているように見えた。
静かなところで話をしたいと言われて、近くの緑地公園へ行くことにした。
日が落ちて涼しくなった公園の遊歩道を、ぶらぶらと歩いていたら、池のほとりにベンチを見つけて、並んで腰掛けた。
「この前のうちでのこと、ごめん。」
開口一番に放たれた謝罪の言葉は、わずかにあった期待を打ち砕き、絶望へと突き落とした。
あれは間違いだった、後悔している。そういうことなのだろう。
俯いて痛みに耐える私の様子に、自分が発した言葉の意味に気付いた澤井祐樹は、
「えっ、あ、ちがっ違う!そういう意味で言ったんじゃないから!」
いつになく慌てるものだから、思わずキョトンとしてヤツの顔を見てしまう。
「あ゛―もう!」
なんとヤツは両手で自分の頭をかきむしっている。
そして、私に向き直り、真面目な顔で、
「この前は、勝手にあんなことしてごめん。いきなりあんなことした俺の顔なんてもう見たくもなかもしれないけど、説明だけはさせてほしい。」
私が戸惑いながらもうなずくのを見て続ける。
「高校の時から、小野さんには嫌われていると思ってた。」
言われたことに驚くあまり言葉を失う。とそういえばこの前も同じようなことを言っていたことを思い出す。
「嫌いなわけない。」
そう言うと、苦笑して、
「途中からしゃべってくれなくなっただろ?」
罪悪感から目を泳がす私には気付かないまま、遠くを見ながらヤツは話す。
「理由は結局分からなかったけど、俺が何かして嫌われたんだと思ったんだ。だから懇親会で6年ぶりに会った時は、正直怖かった。小野さん俺の顔見て固まってたし。
でも、相変わらず小野さん面白いし、困ってる人を放っておけないところも変わらないし、一緒にいるとなんかホッとするし・・・楽しかった。」
ポツポツと、口下手なはずの澤井祐樹が自分の気持ちを率直に話してくれている。しかも、そんなふうに思っていてくれていたなんて。後ろめたさと嬉しさがない交ぜになって、どういう顔をしていいのか分からなくなる。
「でも、俺と話すときだけ小野さんの態度は硬くって。特に、八木くんと話す時の小野さんはよく笑うし、気を許してるのが傍から見てても良く分かって・・・比べていつもモヤモヤしてた。
内覧会の時に山地サンが小野さんの制服姿かわいいって見てたのにもイライラしたし。
それで気付いた。嫉妬だって。
断りもなくキスしたことは謝る。
でも、後悔はしてない。
小野さんのこと、好きなんだ。きっと前から。
だから試合にも誘った。
昔も今も、応援してほしいと思ったのは小野雫だけなんだ。
お願い・・・俺と付き合って。」
「・・・!」
息を吸い込んだまま固まってしまった。
澤井祐樹は不安そうに、私の顔を覗き込んでいる。
ゆで蛸よりも真っ赤な顔で、パクパクと口を開け閉めする姿は、滑稽以外の何物でもないと思うけれど、澤井祐樹は私の口から言葉が出てくるのを、待っててくれた。
「はい。」
出てきたのは、蚊の鳴くような小さな声。
「・・・!」
今度は、澤井祐樹が驚く番のようだ。
信じられないという風に、こっちを見てる。
「ほんと?いいの??」
蚊の声をもつゆで蛸から人間に戻れそうにないので、首を縦に振る。
ヤツははぁーーーと大きく息を吐き、前に向き直ると、
「やばい、今最高に幸せかもしれない・・・。」
と、独り言のようにつぶやいた。
その言葉によってさらに茹でられた蛸は、最後まで意味の有る言葉を発することができないまま、夕ご飯食べに行こうと照れながら誘う澤井祐樹に、ブンブンと首を縦に振り続けたのだった。