e.親近感
リコーダーの合奏の課題に取り組んで、三度目の授業が始まった。
先週も今週も、いつも以上に自分のパートを完璧にマスターして授業に臨んでいた。それは責任感からというよりは、人前で失敗したくないっていう臆病な性格、そして仮にも人に教えるのだからという見栄からだと思う。
各自のパート練習を終え、今回から上と下のパートを合わせて練習する予定になっていた。
三度目の授業ともなると、澤井祐樹への接し方にも大分緊張が取れてきた。お互いに余分な言葉はしゃべらないけど、和やかな雰囲気で一緒に練習するようになっていた。
それが意外に心地良かった。
元より、よほど親しい人以外との雑談などには、気を使ってしまい苦手な性格なのだ。リコーダーの練習中には無理に話す必要は無い上に、息を合わせて演奏するは楽しいし、自分が教えて相手が上達するのも嬉しい。
リコーダーを教える私におかしいところは無いはず。ヤツの態度もふつうだし、モールの非常階段での一件による不審人物のイメージは払拭できただろうと思う。
下のパート担当のサオリともスムーズに合奏できて、この様子だと今日の授業で仕上がりそうだ。途中一回、澤井祐樹が間違えて「ぺぴっ」って変な音をさせたのには、思わずリコーダーを吹きながらヤツと一緒に笑ってしまった。合奏後、間違えた箇所を確認しようとヤツの楽譜を見たら、某超人アニメと音楽の先生をフュージョンした落書きが目に入り、またまた笑ってしまったのだった。
最近気づいたけど、澤井祐樹にはお茶目なところがある。
私の所属するバドミントン部は、人数が多いので何班かに分かれて順番に体育館のコートを使っている。他の班がコートを使っている間、筋トレしたり、校舎の周りをランニングしたりする。
四人一組で「ファイト、ファイト、ファイト、オー」声をかけながら列になって走る。
その際、他の班とすれ違う時に、走りながらハイタッチをするのが決まりになっている。理由はわからないけど、バド部の伝統らしい。
その日も、走り込みをしていた時のこと。
いつものように、すれ違いざまに部のコとハイタッチをしていると、向こうから澤井祐樹が走ってきた。サッカー部は各個人で走るみたい。ヤツの走り方は特徴的で、足にバネが入ってるみたいに軽やかだ。すぐわかる。
最後尾にいた私が4人目のコとハイタッチした後、続いて走ってきた澤井祐樹が私とすれ違う直前に手を挙げた。真顔で。
あまりに自然な動きだったので、そのまま私もハイタッチしてしまった。
パンッと乾いた音が鳴り、余分な音に私の前を走っていたコが怪訝な顔をして振り返ったが、そのときには何事もなかったかのようにヤツは走り去っていた。
口下手だけど、ちょっと面白い。段々と見えてきた澤井祐樹の性格に、私は親近感さえ抱くようになっていた。