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7.訪問

 どうしてこうなった。


 鼻同士がくっつきそうなほどに近い綺麗な顔から目を逸らすことも出来ずに、私は途方に暮れていた。








 澤井祐樹の家は、フットサル場から車で15分ほどと、意外に近かった。


 駐車場に車を止め、遠慮するヤツの荷物を持って部屋まで上がった。

 肩を貸すべきなのかなと思ったけど、「大丈夫」と、上手に右足に負担をかけないよう歩いていたので、荷物持ちに専念することにする。



 部屋の中は、意外にもすっきりとしていて、パッと目に入るインテリアも木目とファブリックで落ち着く雰囲気だ。

 「部屋キレイだね。」と褒めると、

 「ありがと。服とか散らかるものは全部となりの部屋なんだ。」

 とちょっと照れていた。



 ちょっと待っててと言われて、着替えに行ったヤツをソファに座って待っていると、段々緊張してきた。

 

 部屋というのは、その人の一番プライベートな空間である。

 澤井祐樹の匂いのする部屋で、澤井祐樹の普段使っているソファに座り、テーブルの上に置いてある雑誌や、電話の横にちょこんと置いてある某アニメの小っちゃいフィギュアなんかを見てしまうと、ヤツの日常生活を覗き見してしまったような気になる。

 何も見ないでおこうと思うのに、目は勝手にあちこちから情報を拾ってくる。 あぁまだ少年サンデー読んでるんだ・・・。



 ガチャ


 澤井祐樹がリビングへ戻ってきたときには緊張がピークに達し、ドアを開ける音にビクッと飛び上がってしまった。


 ヤツはラフなスウェット姿に着替えていた。

 髪型もちょっと乱れていて、その寝姿を連想させるスタイルは余計に色気を醸し出すのだった。



 たまらなくなった私は、

 「あ、あの、買い物とか不自由するようだったら、必要なものとか今買ってくるよ。」と一旦外へ出て気持ちを落ちつかせる作戦をとる。


 「あーほんとわるい。助かるわ、ありがとう・・・・・・・・とにかく腹へった・・・。」

 お腹に手を当てて、情けない顔で言うものだから、笑ってしまう。


 「オッケーお弁当とかでいいのかな?近くのコンビニ教えて。」


 コンビニまでの道順を確認した後、「これ。」と言ってヤツに1万円手渡された。

 「小野サンのお昼もここから出して。一緒に食べよ。」

 私が遠慮すると、頼むからと言われ、使わせてもらうことにした。


 歩いてすぐにあったコンビニで澤井祐樹用にチキン南蛮弁当、私用にそうめんセット、湿布とテープ、他にも、すぐ食べられる食料をいくつか買った。






 部屋に戻って、向かい合わせでお弁当を食べていると、突然ヤツが「ふっ」と笑った。


 「どしたの?」


 「いや、小野サンそうめん好きなんだなと思って。」


 「好きだけど??」


 「高校の時、昼の弁当にそうめん持って来てたよね。それ思い出して笑っちゃった。」


 「!」


 恥ずかしい思い出を持ち出されて、カッと顔に熱が集まる。


 そうなのだ。高校の時にそうめんをお弁当に持って行って啜っていたら、友達に盛大に突っ込まれて教室中のみんなに笑われた。それ以来二度とそうめんは持っていかなかった。


 「もうっ恥ずかしいこと思いださせないでよ。」


 「ごめん、でもそうやってそうめん食べてるのを見ると思い出しちゃって。ごめんごめん。」


 と謝りながらもヤツは、私がそうめんを一口食べるたびに笑い、私は怒った。


 いつの間にか、緊張なんて跡形もなく消えていた。






 ごはんを食べた後、今日はヒマかと聞かれ、そのままの流れで一緒にDVDを観ることになった。

 さっきコンビニで買ってきたアイス(これは私のおごり)を食べながら、ヤツが借りてきたハリウッド超大作のアクション映画を観る。

 けが人だから、とソファは断固として譲ったので、ヤツはソファで足を伸ばし、 私はその足元でソファにもたれてラグに座っている。



 澤井祐樹と二人で過ごす時間があまりに居心地良かったのか。

 もしくは、そうめんとアイスで満腹になってか。

 はたまた、単に昨晩の寝不足がたたったのか。

 

 知らないうちに私はぐっすりと寝ていたらしい。






 とろとろと気持ちの良いまどろみから浮上すると、目の前には、長く美しい睫に縁どられた漆黒の瞳があった。


 はぁ・・・なんてキレイなんだろう。


 まだ頭が半分以上寝ていた私は、そのままぽーっなってその美しい瞳を観賞していた。



 すると、前触れもなくそれが近づいてきた。

 反応する間もなく、距離はゼロとなり、唇と唇が重なった。



 キスしてる。


 と気付いたのは、何度も角度を変えてついばまれ、体の中の方からぞくぞくと這い上がっていくような感覚を覚えた時。


 

 澤井祐樹とキスしてる。


 と気付いたのは、キスが終わり、手のひらで頬を包み込まれ、鼻先をくっつけたままヤツの色っぽいため息を感じた時。





 「小野さん?」

 陶然となっていた私は、声をかけられてようやく我に返った。

 ラグに座っている私の顔を、ソファから身を乗り出した澤井祐樹が心配そうにのぞき込んでいた。



 ボッ!!!



 音がしたんじゃないかってくらい、顔が一瞬で沸騰した。

 パニックになった私は真っ赤な顔で挙動不審に陥り、


 「わ、ワタシシツレイサセテイタダキマス!」


 と言い捨てて、鞄と上着をひっつかんで一目散に玄関へと走った。




 外はまだ暗くなる前だったけれど、やみくもに走っていた私は道に迷ってしまい、駅にたどり着いて電車に乗り、家に帰るときにはへとへとに疲れていて、そのままベッドへ直行した。







 翌朝携帯を見ると、澤井祐樹からちゃんと帰れたか心配するメッセージが来ており、

 あわてて一言「大丈夫です」と返したのだった。


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