1.取引先
やばい
まさか
なんで
うそでしょ
こんなことってある―――――!?
パニックのあまり頭の中では意味のない言葉があっちこっち飛び跳ねていても、社会人3年目ともなると、表面上は平静を装えるスキルくらいは身についている。握り締めてぐちゃぐちゃになっていたおしぼりをたたみ直し、意識的にゆっくりと手を拭いた。
私立四大を卒業した私は、大手の住宅設備メーカーの事務職に新卒採用され、毎日忙しくも充実した日々をおくっていた。
とはいえ、地元からほど近い場所にある配属先の営業所は、街と田舎がほどよく混在する中規模程度の地方都市にあり、割とのんびりやらせてもらっていると思う。
ところがこの度、かねてよりわが社と昵懇であったデベロッパーが、大掛かりなマンション開発をするにあたって、うちの設備を全面的に採用することとなった。
わが社が社運をかけて開発した新商品は、個々の設備をネットワークで結ぶことによって、設備を連携させて使用したり、外出先からも携帯端末で操作できたり、24時間体制で稼働するセキュリティセンターによるサポートを受けられたりするもので、今までにない一体的なシステムがウリ。
今回のマンション開発の目玉でもあるため、うちも開発業者も必然的に力が入る。
そのプロジェクトメンバーの顔合わせを兼ねて、双方の会社による懇親会、という名前の飲み会が開かれることになった。
普段は営業サンたちを事務所からサポートする立場なので、取引先の人たちとも、電話でしか接することはない私だけど、プロジェクトメンバーの一員だからと、飲み会に参加させられた。
「だって男ばっかりじゃむさいじゃない。」
というのは葛西課長の言葉。
「タダでウマい酒飲んでウマいメシ食えるんだから、来るだろ。」
っていうのは先輩の牧サン。
「二次会カラオケだし、来てよっ」
ってこれは同期の八木。
お酒は好きだし、居酒屋で食べるたこわさと砂ズリも大好き。カラオケも嫌いじゃないけど、取引先の人たちと飲むのは気もつかうし、やだな~と思いながらもその日会社の人たちと店ののれんを潜った。
懇親会に選ばれたのは、駅前通りから一筋入ったところにある店で、ちょっと高級な居酒屋といったところ。
障子をあけ、大きな一枚板のテーブルが存在感を主張する個室の席に案内され、片側に並んで座る。このメンバーで飲むときは、注文したり、料理を取り分けたり、お皿を下げたりがし易い、一番出口に近い端が私の指定席だ。
「お待たせしましたか?」
ほどなくして取引先の人たちが登場した。
今回のプロジェクトが若年層をターゲットにしたニュータウンのマンション開発であるせいか、若手の社員が多い様子。責任者らしき40代前半とみられるゴルフ焼けしたハンサムなおじさんの後に、20代~30代前半のおにいさんが6人ほどぞろぞろと続いた。
「いえいえ我々も来たばかりですよ。」
対するわが社は、「大黒天」というあだ名の示す通りのふくふくとしたシルエットと柔和な顔立ちをした御年55歳の葛西課長をトップに据え、30代前後の体育会系男性先輩社員3人と、同期のこれまたアメフト部出身でガタイの良い八木、そして私、という布陣。
配属された当初は男性ばかりの中で戸惑ったけど、体育会系特有の明るくて荒くて大ざっぱなノリに揉まれるうち、気付いたら寛大なお父ちゃん、傍若無人なお兄ちゃん×3、つかいっぱしりの弟、いじられる妹、という構図が出来ていた、結成2年目のチームである。
そして見つけてしまったのだ。
取引先の人たちの中で最後に入ってきて席に着いた、高校時代のクラスメイトの姿を。