“嚆矢 the beginning„
2015/5/2(土)改稿。
2015/12/15(火)再改稿。
レストランを出て、しばらく目的地へと歩いていると長蛇の列が見え始める。そこにはリアル型脱出ゲーム「脱出不可能」という看板の表記がある。どうやらこれが噂の脱出不可能であるというわけだ。
この長蛇の列には何やら異様なオーラが漂っていて、並んでいる一人一人が喋っていたりしてにこやかにしている光景に相対し、脱出不可能に挑み終わって出口から出てきた挑戦者たちは全員そろって暗い顔を浮かべていた。その光景を見て察したのだろうか、水篶が耳元で話し込んでくる。
「折角こんなにも長い列に並んで、それもお金まで払って皆挑んでいるはずなのに……皆楽しかった、ていう顔をして出て来てないね。それもさっきから。なんでだろう。並んでいるときは皆こんなにも楽しげなのにさ……」
それは全くもって同感だ。
「そうだな、水篶の思ってることを俺も今考えていたところだ。
お金払ってやってるはずなのにな。俺にも出てきた人たちが楽しかった様には
思えない」
この脱出不可能が期待外れなものだったのだろうか。いや、その選択肢はあり得ない。この脱出不可能を造り上げたのは誰であろう、あの長門嘉月だ。あいつが挑戦した者達を拒む理由が見当たらない。
実際、俺はクリアをしてやることしか眼中に無かった。水篶の言う通り、お金を払ってまで挑戦するのだから楽しまなきゃまるで意味がない。
そうこうしているといよいよ俺たちに順番が回ってくる。俺たちの番になるまで一体何人が挑戦したのだろうか。だがそれでも未だにクリアした者はいない。
受付のお姉さんが俺たちを見やり、
「お二人様ですね? それでは千円となります」と微笑む。
俺は何も言わずに財布からそそくさと千円を取り出して、差し出した。それを確認した水篶が「わ、わるいよ……わたしも出すから」と小声で囁いてきたのだが「今から財布出しても大変だろ? 大丈夫だよこれくらい。俺が出すよ」と言うと渋々ではあったがすんなりと受け入れてくれた。
「それではルールを説明いたします」
受付のお姉さんが少し咳ばらいをして、説明を始めた。
「制限時間は十五分。部屋に存在する物はどの様に使って頂いても構いません。毎回当スタッフが補充及び整理していますのでご安心くださいませ。それでは頑張ってください!」
俺たちは入り口へと誘導され、いよいよ中へと足を踏み入れる。
部屋の中に入ると入ってきたドアが閉まり、そして見えなくなった。どうして目に見えなくなったのかは分からない。そのドアが見えなくなったのと同じタイミングで部屋の正面の壁面に設置されたタイマーが数を刻み始めた。
そう、たった今。脱出不可能は始まったのである。
まず軽く、部屋を見渡す。
この部屋の特徴を一言で表すならば「奇妙」この一言に尽きるだろう。
俺たちの入ってきたドアを背にして部屋を見やると正面の壁面にはタイマーが上部に設置され、その下には壁にネジで固定するタイプの浮き棚が。
その浮き棚の下には日本刀の模造刀だろうか、この部屋で唯一の和風の物が置かれてあり部屋の統一感が全くない。この模造刀の右隣にはデスクトップパソコンが丁度置ける様な仕事机が設置されている。
そしてその今、見ている正面の壁面と俺の位置の間には、部屋の中心に当たる所には少し大きな机がある。その上には道具箱と紙切れが置かれている。俺は紙切れが目に入ったのか、迷わず手に取って開いた。そこにはメッセージが書かれていた。
「ようこそ。脱出不可能へ。
この脱出不可能はその名の通り脱出不可能だ。
これを脱出する事が出来た者は才能という能力がある。
その才能の持ち主には最高の褒美を差し出す事にしよう」とあった。
そして下の方には長門 嘉月と差出人の表記が。
俺はこれを挑戦状と受け取り、脱出を試みる。