“砂漠からの脱出Ⅱ Escape from the desertⅡ„
「極力、能力は使わない……と」
俺は覚悟を決め、腹をくくる。過酷な環境下で生き抜くために体を順応させ、知恵を振り絞る。超能力と言う非現実的なものを過信せず、己で脱出するイメージ……日は落ち、暗くなり始めているので頭に巻いていたタオルをナツメヤシの木の近くに生えていた低木の葉に纏わらせておく。こうすることで朝露の水分がタオルへと行き渡るので少しばかりだが水分を手にすることが出来る、と考えた。ほんの一滴でもこの極暑と乾燥の中では命の駆け引きに必要な水分だ、無駄にはしない。
焚き火の近くにナツメヤシの枝、葉を敷き詰め砂地の地面と体が接地しないようにして、その上に丸まるように寝転がる……こうするだけでも体感温度が少し高くなるのだ。火を一晩は持つようにも調整。これで大丈夫だろうと、俺は目を閉じる。少しばかりの安息だ、明日は枯れた川場やオアシスを求めて長い距離を移動しなければならない。
◇◇◇
――早朝。寒かったはずの場が死ぬかと思う程の暑さに変化していて、すぐに目が覚めた。もう寝転がっては居られない。自然に起こされた、のならばもう行動を起こし移動をしていこうと、例の朝露が染みこんでいるであろうタオルを絞り水筒に注ぐ。予想以上に染み込んでいたのか水筒は少し重みを感じる、これなら上手く事が行けば今日中には砂漠を抜けられるかもしれないと焚き火をしていたところから燃え尽きて炭になっていた薪を改修してこの場を後にする。
もうどれ程歩いただろうか、もう距離感覚も失われ始め……少しばかり目眩もする。だがサラサラでオレンジを帯びた砂地、砂丘はもう見当たらなくなり、今は小石が地べたにゴロゴロとしているのが目立ち始めた。
「もう、少し……か」
ここで文月の言葉を思い出していた、砂漠には終わりが見えずとも必ず終わりが存在するという言葉を。確かに、もう砂はこりごりだ……環境が変わったはいいが陽射しが余計に強く感じるし、蜃気楼も酷い。それに流石に空腹だ……。
「う……っ」
ふと足を踏み外し、倒れかけるところを根気で踏み止まった。もう、精神的に大丈夫であっても体が悲鳴を上げ、限界だと示している。それでも前へ前へと足を無理矢理動かしていくが、明らかに歩幅も狭い。
「あぁ……っ」
限界だ、と思ったその瞬間に体が気づけばもう地に伏していた。その衝撃が骨身に響いてきて激痛が走る。関節と言う関節、肌と言う肌……体のあちこちが正常な働きをしていない。そして最悪のタイミングである轟音が遠くから聞こえてきた。
「砂、嵐……かよ……」
砂嵐が遠くに見える。そしてその砂嵐が勢いを強くしてこちらへと向かっているのが伺える……。今、何も対策をしていない状態で砂嵐をまともに喰らえば命の保証はない。あの砂嵐には無数の砂や小岩が鋭利な刃物の様に突き刺さってきたり、粒子状の砂で失明したりするためだ。俺は地に伏した状態でどうにか首だけでも回して周囲を見渡す……アレがあれば助かると祈りながら。そしてそのアレは運がいい事に見つかった。
「よっし……動けよ、俺の体……ッ!」
その幸運を手に入れたという事実を糧に俺は根性で体を動かす。見つけたアレ、とはラクダの死体だ。ハエが集っておらず、虫も居ないし異臭もしない。これもまた運が良い……こいつはどうやら最近倒れたようだ。俺は手を合わせて一礼した後、何となくで解体していく。内臓を全て引き抜き、食すことが出来そうな肉は回収……そうすることで中身に空洞を確保。本当だったらこんなのしたくはないが自分の生存本能が俺の有無を聞かず、行動を起こしている。造り上げた空洞に迷わず、体を入れる。このラクダの死体に体をうずめて砂漠での強大な砂嵐を回避するのはどこかの民族もそうするんだぜ、と文月が言っていた知恵だ。流石に生臭いにおいはするが、命には代えられなかった。
――そして。砂嵐を無事に潜り抜け、手にしていたラクダの肉をかじる。とても野性的だと理解しているし、リスキーな行為だがもう空腹に耐えられなかった。今、俺は全てを直感的にやっている。……これが自然に順応、ということなのだろうか。そしてこの肉、とても堅いがまずくはない。だがこの鼻にまとわりつくような独特なにおい……嗅いだことがないにおいだ。
「さて、栄養と水分補給は十分だ……さっさと脱出しちまうぞ、こんな砂漠」
ふと、そう呟いた。ついさっきまであんなに苦しかったが……今は違う。砂嵐も過ぎて気持ちが少し晴れ晴れとしていた。きっと斬月も一人で頑張っているんだと思えばこんな環境なんて大したことないんだと自分に言い聞かせ、また歩みを進めた。もう目の先には民族だろうか、砂の壁や枯れ木で作られた集落が見える。あと少し、あと少しだ……。