“脱出ゲームは終わらない Escape game does not end„
肌を突き刺してくるような日照りにそれに伴った、乾燥して息苦しくなるような暑さが身を纏う。文月と令月が座る操縦席の後ろの座席シートを陣取って横になる俺はうなされていた。
「……暑過ぎねえか、熱中症うんぬんの話じゃないぞこれ」
横になって目を閉じ休もうとしてもじんわりと暑さがこみ上げてきてヘリの無機質な駆動音が気になって仕方がない。なぜこんな思いをしているのか……それは数時間前に遡る。
◇◇◇
「よぅし、二人とも回収したわけだし睦月……お次のミッションだ」
ヘリの操縦桿を握りながら意気揚々とそれを口にする。
「おいおい……こちとら離脱するだけでもあんなに苦労して、回収してもらってようやく少しは休めるんだろうな……と思えばこれかよ」
「そりゃあ、俺だって休ませてあげたいさ満身創痍な睦月様をよ」
「この機に及んでからかってんのか、文月さんよ」
「あー、からかってますとも。良いのかい睦月、今休んだら他の仲間はもっと苦しむことになるかもしれないんだぞ」
「……それは分かっているさ。俺達はまず一人目を取り戻すことは出来たんだからな」
「そうそう、ほらほら令月っちゃんもなんか言ったらどう……?」
「……うるさい」
「文月、うるさいってよ」
「それは失礼じゃないか、これでも俺一応参謀役だぜ?」
「そりゃぁ、君の力的にもそのポジションが得策だからであって。君にも近いうちには戦ってもらわんと」
「……ほんとだよ。文月君、君はボコボコに、いっかいだけ……なった方が良い」
「うわぁ、ひでえな二人とも。そんなに俺の事嫌ってんのか」
「性格的には好きじゃないな、ずる賢いし」
「……まだ好き、ではな……いかな」
「ったく……分かった、分かったよ。大人しくやらせてもらいます。で、だなお次のミッションは俺達の貴重な戦闘役の奪還だ」
「……斬月か」
「……ご名答だ、令月っちゃん例の物出せるか?」
文月が山吹さんにそう指示すると、山吹さんはポケットを漁って幾つかの写真を差し出してくる。その写真には古びた布を覆い被った少年の姿が映っている、そしてその手には見覚えのあるフォルムの刀も。
「今、斬月はどうしてるんだ?」
「あいつは俺達の戦闘役ってだけあって、研究開発局の連中にお世話になっている訳ではないらしいんだ。調べてみれば調べてみるほど謎が深いんだが、あいつはどうやら……研究開発局に対してゲリラ活動のような事をしてるらしいんだ」
「……斬月くんこと、木枯斬月は今研究開発局の……やり方がおかしいと、思う、仲間を率いて物的証拠とか……色々手に入れるために、一番警備が弱いっぽい……中東地区にいる、らしいの」
「そう、令月ちゃんの言う通りで中東地区にある研究開発局の拠点は設備は月夜見島ぐらいはあるものの警備している奴らは中東の民間警備会社らしいんだ。つまり、人造能力者などを相手にすることはないように思える。まぁ、その分軍事兵器が盛り沢山なわけだが」
「と、言いますとあれか? 月壊はもちろん盛り沢山で? んでその他の軍事兵器も沢山ありますと。なのになぜ、こんなヘリで向かっているんだ……?」
そう、さっきから誰も口にしていなかったがこのヘリのルートは明らかに帰還するためのルートではないのだ。高度も高く、警戒しながら飛んでいる。この機体で斬月の居るであろう中東方面を向かっているのは簡単に把握できたが、軍事兵器盛り沢山ならば対空兵器が相手にあって当たり前だろう。
「おお、そこだよ睦月。そこが重要なとこなんだ」
文月は俺に答えて欲しかったかのような態度を示し、とてもにこやかになる。そして山吹さんに一度視線を送ったかと思うとそれを文月は告げる。
「神代睦月君……君にはこれからサバイバル脱出をしてもらいます」
俺は文月の言うことに返す言葉がなかった、というか思いつかなかった。そりゃ人間誰でも「明日からあなたは〇○から脱出してもらいます!」なんて言われたらもう、咄嗟の返答など思いつかないだろう。
「まぁまぁ、理由は君の考えている通り相手にはさぞかし優秀な対空兵器やレーダーがある訳だ。生憎ながらそれを突破するための乗り物の開発は間に合わなかったんだわ。となると、分かるよな?」
「……歩け、ってことだよな? それとサバイバル脱出に何の繋がりがある?」
「そう、歩けってことだ。砂漠のど真ん中から相手の拠点までな? それも装備品はこの通り皆無」
「おいおい……まじかよ……、俺生きて斬月を連れて帰れる気がしないんだが」
「無茶なのは分かってる、だから目標投下ポイントまでにお勉強をしてもらう訳だ」
「流石にライターくらいはあるんだろうな、あって欲しいんだが」
「……そんなもん君の何でもできる力でほいほい出来るだろうに」
「簡単に言うんじゃねえよ、俺はまだそこまで人間を超越してない……はずだ」
「ならもうその人間の昔からの知恵に頼るしかないな、まぁあとは令月ちゃんに聞いてくれ」
文月がそういうといつの間にか山吹さんは、どこからか取り出した黒ぶち眼鏡を装着している。
「……どう? 似合う?」
山吹さんがその眼鏡を何度も掛け直す仕草をするが、彼女の表情は真顔だ。
「似合うと言われてもなぁ……、先生っぽい眼鏡掛けただけじゃないか」
「……そう、先生。……似合う?」
山吹さんがそう言いながら眼鏡を両手で押さえながら少し顔を近づけて来ると、その様子を見ていた文月が間に入ってくる。
「あれれー、令月っちゃんいつの間に睦月とこんなに仲良くなってんのー?」
「うるさい、わたし、今は先生……だよ?」
山吹さんが文月に対し、先生呼びをしろとせがんでいるように俺からは見える。
「令月先生……そんな事してねーで早く彼にサバイバルで生き残る術を……」
「先生、には敬語。……基本でしょ? ね?」
暫くの間、文月と山吹さんの恋人ごっこが続いたため「終わったら起こしてくれな」と告げて俺は座席シートの上で体を丸めて横になった。
文月の言うサバイバル脱出がこれからの脱出不可能なのか、ふとそう俺の頭をよぎった。脱出不可能の創造主は今やこちら側の人間だ。……脱出不可能はもうこの世界には無いのだろうか。俺は予感していた、脱出不可能はまだ終わっちゃいないのだと。まだ見ぬ原初の三日月の二人や、長門忌月の存在。そして研究開発局の頂点に立つ人間や、脱出不可能という基礎を作った他の制作メンバーなど、俺は脱出不可能に対して知らないことが山ほどあるのだ。
脱出不可能の名のもとに行われた実験や月の名を持つ能力者たちについて理解を深めるならばやはり、今や全世界に点在する研究開発局へ向かわなければならない。その為にはまず仲間を取り返す。今も昔も俺はこうやって不可能な状況と対峙している、何も変わってはいないのだ。脱出不可能はまだ、終わっていない。