“亡霊の狙い Thought of ghost„
「さぁ、これで決着といこうか……睦月くんよ」
九十九宵月の意識がインストールされた月壊壱式は人間味ある肉声とは反対に、機械的な無駄なのない動きで瞬時に離した距離を詰めてくる。そしてその手にしている長剣で間髪入れず、こちらの首元を狙う。俺は反射的に体を後ろへ沿ったがそれも計算していたのか、もう一方の長剣が逃がすまいと迫りくる。
「そう簡単に殺せると思うなよ……、九十九宵月ッ」
手にしていた紅き刀で応戦するが、相手は機械の体だ。長剣を弾き飛ばそうとしてもそれはうまくはいかずに鍔迫り合いになる。
「あぁ、一度君に敗れているんだから流石に考えたさ。死んでもなお君に勝てる方法をね……弱点を克服したこの機械の体に、君より豊富な攻撃手段。そして私の力の継承も済ましてある……そうだ折角だ、喰らうと良いさ」
拮抗してた鍔迫り合いをその月壊壱式はいとも簡単に弾き、俺から今度は距離を取る。そして九十九宵月の言葉とともに月壊壱式は手にしていた二本の長剣を地面に突き刺して固定、その機械の体を解放し、とてつもない量の銃口を出現させた。
「さぁ、こんだけたらふく武器を用意したんだ。僕の力で君を追跡し続ける銃弾の雨あられだ。これで幾ら何でも、おしまいだよ」
――凄まじい速さでの一斉掃射。俺は焦ることなく目を数秒閉じ、精神を落ち着かせ、意識を全ての銃弾一つ一つに集中させる。良く考えるんだ……、相手の月壊壱式自体は動きをそこで止め掃射体勢に入っている。そして九十九宵月の能力は物の軌道を変える事、それを利用して今俺にホーミング弾を放っている。そう、結局また九十九宵月は飛び道具頼りなのだ。そして今の場所は立体駐車場だ、つまりは……。
「悪いな、九十九宵月……逃げるわ!」
そう、全力でこの立体駐車場を駆けて下へ下へと向かう。その間、適度に蛇行することで追ってくる銃弾は壁にぶつかり無効化されるが撃たれた弾があまりにも多すぎる。少しでも力を抜けば無数の銃弾が俺の体を貫通するだろう。だがこちらもぶっきらぼうに能力を使って超速で走っている訳ではない。ここは立体駐車場だ、そしてもう数階下に辿り付いている……全ての銃弾を無効化するなら方法は簡単だ、上から大量の破片を落とせば良いのだ。俺は天井を支えている鉄骨や壁に大量の銃弾が当たるように逃げていたのだ。
「さぁ、降りて来い九十九宵月の亡霊……ッ」
目についた鉄骨に思いっきり斬撃を叩き込む。するとどうだろう、思い通りに天井が陥落し、迫る銃弾が俺に当たる事は無かった。無数の銃弾に対し、大量の瓦礫が降りかかりその中にはやはり月壊壱式の姿も見える。
「一斉掃射の為に機体を固定していたのが裏目に出たな……九十九宵月?」
「ふん、君は確かに銃弾を防いだ。だがこれは愚かな選択だよ睦月くん? 僕の能力を忘れたか?」
月壊壱式はまだ体勢を崩し空中だ、だがその聞こえてきた声は勝ち誇ったような声音だった。
「……ッ!?」
――降り注いでいたはずの瓦礫の挙動がおかしい、物理法則に反している。上から下へと落下していたはずの瓦礫たちは下ではなく横の俺の方へ向かってくるのだ。自分の額に冷や汗が流れるのを感じる。今思えばこれは甘かった、奴の能力は物理法則など通用しないのは当たり前の事だった。目の前の銃弾に気を取られ過ぎていた。俺の推測の先に奴は居たのか……。
「はははっ、おもしれぇ……」
絶対的に絶望な状況、こんな回避など出来ないだろう状況。ここのところの俺は様子がおかしいのを自分で実感していた。自分の居る環境が苦しい、不可能に近いほど笑いがこみ上げてくる。そう、自分は楽しんでいるんだ……まるでゲームのようにこの腐った現実世界を。
「……変に考えるんじゃない、感じるんだこの世界を」
俺は今までの俺じゃない。いつも通りでいては世界の法則に準じないあの九十九宵月に勝つことは不可能だ。自分の力を信じるんだ、それが奴を倒す唯一の解決策。俺は刀を地面に置きやると細かい瓦礫を全て見切り、避ける。
「そう、苦しい時こそ……楽しむ。これが不可能を可能にする近道だ」
そして避ける事が不可能な瓦礫に対し俺は迷わず、握った拳を思い切りぶつける。すると俺の中の力が味方をしてくれ、木っ端微塵に粉砕。次に足に力を込めて跳躍し月壊壱式とまた距離を詰める。
「おい、九十九宵月……、お前が何度こうやって生き返ろうが俺を止めようがそんなものは知らねえ。俺は取られたものを取り返すまでは何度だってお前らをぶっ潰してやる。もう俺は生まれ変わったも等しいしな、今までの俺じゃあ……ないんだよ」
「今までの俺じゃない? 何度だってぶっ潰す? 取られたものを取り返す? なんだなんだ睦月くん、そんな君は甘いのか?」
「俺が……甘い?」
「この世界は君にそんなに優しくはないんだと何故理解しない? 今この世界は君たちの様な能力者を全て捕縛しようとしている。それは何故だか分かるか?」
「……」
「分からないよなぁ? 君はあくまで取られたから取り返すしか考えていない若造なのだから。答えは簡単だ、我々の様な能力を持たない権力者たちが君らの様に自由に活動する能力者に脅威感を抱いているからだよ。だから僕を始めとした機関の者が動いているんだ」
「そんなもの、分かっているさ。俺が眠っている間に何が起きたのかは詳しくは知らないが、それはお前みたいに腐った権力者たちが築き上げた世界だろうが。俺はそんな世界に居座る気はないね、そんな世界なら俺が変える」
「はははっ、不可能にほど近い事しか言わないのだな君は。本当に面白くない、面白くないよ睦月くん……君はここで終わるべきだ」
再び、月壊壱式はこの近距離で大量の銃口を解放させる。
「……甘いのは結局お前だったな。待ってたよ、このタイミングを」
俺は向けられた銃口に対し、手を広げた。
――力を貸してくれ、久我……原初の力を。お前のその熱き力を……。
その言葉に応じる様に広げた手の先の月壊壱式はみるみる溶けてゆく。そしてある一定になるとそれは止まる。
「やっぱりな、どれだけ金属でコーティングしようが中身は月の石だったか」
広げた手を今度は握りしめ、それと同時に大爆発が引き起こる……掃射のタイミングと同時だったのだ。凄まじい爆風が周囲を覆う。
「……その、甘さがいつか……お前を苦しめる事に……なるだろうさ……」
バラバラに粉砕した月壊壱式の頭部のスピーカーから九十九宵月の残響が。だが倒した奴にも感謝をしなくてはならない。
「まさかお前の力で最後命拾いするとはな……」
凄まじい爆風を叢雲紫月の力で収束させ、破片を九十九宵月に似た物理法則に反する力で一カ所に集めることで地下立体駐車場は空が見える程崩壊したが、山吹さんも無事だ。
「……馬鹿」
山吹さんが怒った表情でこちらに詰め寄ってくる。その表情の裏には深刻そうな感じも伺えた。その山吹さんの様相で俺も何が馬鹿だったのかを思い知った。
「あいつは……俺との決着が狙いじゃなかったんだ……」
ふと冷静になったその時に、九十九宵月……亡霊の狙いを理解した。