“立春、大きな屋敷にて the Beginning spring in big mansion„
2016/2/7(日)改稿。
水篶の家は東斑山市の丘陵地へと向かうとある、梧桐町にある。
梧桐町は俺の住む弓張月市の本町からバスで八駅ほどと結構遠い。そしてその八駅目のバス停、目の前にドッシリと構えるのが錦織家の邸宅だ。
「デケェ……なぁ」
つい言葉に出てしまう程の大きさで、邸宅と言っても遠くに屋根が見える程度で俺の前には「錦織」と達筆な書体で書かれ、木の板に縁どられている表札が、それまた大きな門がある。
そう、水篶の家系はこの辺りでは言わずと知れた名家の血筋の為、それにふさわしい立派な庭園、各種設備、豪勢な屋敷と多くを兼ね備えているのだろう。
門の奥には風に揺れ、とても風情のある竹林が見える。そしてどうしたもんかとオロオロしていると春になったばかりの少し肌寒い気温だというのに水篶が入り口のこの門まで迎えに来てくれた様だ。これは申し訳ないとこちらから声を掛ける。
「ゴメン、水篶。わざわざ迎えに来てくれなくても……」
「だってわたしが来なかったらずっとここでオロオロしてたんじゃないの?」
水篶の言う通りだろう。こんなに立派過ぎる屋敷にいざ入ろうとすると緊張してしまうに決まっている。だがその緊張を上回るものが俺の目の前には存在していた。
「むぅ……また一人で考え事? どうしたの?」
俺は暫くの間、水篶に見入っていた。
「あ、あぁ……スマンスマン。水篶の雰囲気がいつもと違うなぁと」
大きな屋敷を前にした緊張より大きかったのは水篶の姿だった。いつもの制服姿ではなく、お見合いという錦織家にとっては重要なものだからか、青を基調とし、川のせせらぎをモチーフにした様な流動的デザインの和服を身に纏っていた。
そしてその和服に寄りかかるように、風に乗るかのようにたなびくその綺麗な黒髪があり、化粧もしている様子だ。
「……いつもと違って大人っぽいというか」
「今、なんて……言った?」
「………え?」
「だーから、今、なんて呟いたの?」
「えと、いつもと違って大人っぽいと言いました」
正直に言ったのは良いが、水篶がみるみる赤く染まり、フリーズ。それを見て、俺も我に戻って何を言っているんだと振り返る。
「……もう、睦月くんは。じゃあわたしは……似合ってる、っていう事だよね? 似合ってるならもう少し………その………感想を言ってくれたら嬉しいというか……」
水篶が真っ赤にした顔でありながら上目遣いでモジモジしながら言ってくる。
そんなのは反則だ。言葉が詰まろうと返すしか選択肢が無くなるじゃないか。俺は一瞬、顔を背けたが水篶の事をしっかりと見やった。
「………あぁ。とっても似合ってる。いつもと雰囲気違うし……良いな」
すると火山が噴火しそうなくらい水篶は赤くなる。
「う、うぅ………睦月くんのバカ」
「折角褒めたのにバカってなんだ、バカって」
「だ、だって改めて言われるとさ。……しかも睦月くんに言われると恥ずかしいし………嬉しいし」
最後の方が声が小さく聞き取れなかったが、水篶は目を擦りながら誤魔化す様にこう言った。
「さっ、さっさと行くよっ! うちの家大きいからしっかり付いて来ないと迷子になっちゃうよ!」
「待ってくれ……っ」
「やーだよぉ、早く早くぅ!」
黒く煌びやかな履物を履いた水篶は普通のスニーカーを履いているかの様に軽やかに走っていく。
それをやれやれと内心思いながら追いかけていくと大きな屋敷が見えてきた。




