“電脳世界からの脱出Ⅶ Escape from the cyber world„
「ここは現実に見えて…そうではない。あの時の言葉、あの時の光景は嘘ではなかった。この場において同じ光景を再現しようが…それは違う偽物だ。だから俺は…躊躇しない、初めから全力だ」
俺はそう呟くと斬月の力を具現化し、既に錬成していたその長刀で勢いよく振り払う。するとどうだろう、俺の目の前に居たはずの月壊参式をはじめとした文月の姿が見えない。というか今居たはずのこの場所が遠くの方から消滅し始める。
「これは…一体…?」
そう言う間に全てが暗黒に包まれ、俺の意識もその暗黒へと飲まれ暗転。
「えーと、ここの公式はこうやると当てはまってだな…」
突然、先生の声がする。俺は体を起こし、目を擦り合わした。
「あ、れ…ここは赤雪高校…?」
この光景に加えて、無意識の言動。これはどこかで…。
「おい、聞いているのか? おい、神代ッ!」
「はい、聞いていますけど…ところで今は何月何日ですか?」
俺は日付と時間の確認をしある事に気が付く。そう、時間が戻っているのだ。
「先生、体調がすぐれないので保健室に行ってきます」
そう告げ、許可も得ずに教室を出る。向かう先は定番のサボりスポットである屋上だ。この電脳世界から脱出するには何かしらの行動が影響するのだろうと、少し考える必要があったのだ。階段を上りきり一枚扉を開けやる。するとそこには先ほど顔を合わせたばかりの、正確には時間が戻る前に顔を合わせたばかりの人物が壁に寄りかかり黄昏ていた。
「おっ、睦月もサボりかぁ~? 珍しいな?」
「…文月か」
つい先ほど睨み合っていたばかりに、少し緊張する。
「俺で悪いかよ? …んでどうしたんだ、なんか顔が死んでるぞ?」
「いや、こっちの問題だ」
「そうか…ところで睦月は最近こんな噂を知ってるか?」
「どんな噂だ…?」
「名前に月が付いてる子がどんどんと姿を消している、って噂だよ」
あぁ…その話はとうの昔から知っているさ、とは言えなかった。どうやらこの電脳世界は俺の過去の記憶の改変なのだろう。考えたくはないが…もしくは他の仲間の記憶も使っている可能性がある。現実世界の俺はどうなっているだろうか。月天の塔には仲間が居て、助けるはずだったのに。
「今日のお前…ぼーっとし過ぎ。…大丈夫か?」
「あっ、あぁ。…問題ない、続けてくれ」
「んで最近よ、その月の名の付いた子を誘拐?しているらしき人物が見つかったらしいんですわ」
「…続けてくれ」
「それが身長が丁度、睦月くらいで緑髪の青年らしくてさ…世の中物騒だなぁっと」
身長が俺くらいで緑髪…。俺の頭には九十九宵月しか浮かばなかった。
「どの辺での目撃情報なんだ?」
「ん?普通に弓張月の駅前」
「ちょっと…行ってくる」
俺は迷わず、奴の居るであろう場所へと走った。
しかし駅前に付いたが奴の姿が見えることは無く、その駅前は気づいた時には人っ子一人おらず、霧もかかり始めた不気味な雰囲気へと変貌していた。まるで誘導されているかのように物事が進む。
「せん…ぱい…」
その霧の中からは先ほど時間が戻る前でも見かけた血まみれの刀を携えた斬月だった。そして気づいた頃には俺の腹部にその刀が突き刺さっていた。
「お前…なんで…」
そこでまた見えるこの景色は遠くの方から黒く染まっていく。意識もまた、あの赤雪高校の教室の授業中の時間へともどった。そして俺は誘導されているかの様な時間をひたすらに繰り返させられる。
「えーと、ここの公式はこうやると当てはまってだな…」
この言葉、もう何回目だろう。
この光景、何回目にすれば良いのだろう。
「あ、れ…ここは赤雪高校…?」と何回無意識に口から発するのだろう。
いい加減、何百回何千回と繰り返させられるこの世界に俺は頭が痛くなっていた。そして繰り返させられる世界には毎回残酷なオチが待っていた。仲間に刺される、仲間が殺される、仲間が裏切る…。
「ふっ、ははは…仲間ってなんなんだ…?」俺は気づけば笑っていた。仲間が居たところで俺自身が助けられていない。俺はこうして繰り返されるこの世界でひたすらに仲間に痛めつけられているのだ。
ここは電脳世界だって?そんなものは幻想でしかない。この世界でこうして時間が経過していく…この世界こそが現実なのだろう。そう、受け入れるしかなかった。
この電脳世界からの脱出を諦めた訳じゃあないが、糸口という糸口は全て駄目だった。何かボロがあるはずだと探し回ったが何も変わることは無かった。
だが…もう何万回繰り返したその世界で脱出に繋がるであろう…異変は起きた。