“電脳世界からの脱出 Escape from the cyber world„
「えーと、ここの公式はこうやると当てはまってだな…」
先生の声がする。俺は体を起こし、目を擦り合わせる。
「あ、れ…ここは赤雪高校…?」
そう、先ほどまで俺は諫早皆月の直属の部下である九十九宵月と戦っていて…そして負けて。その後からの記憶は一切ない…のだが、俺が文月との決着し一度命潰えてから今までで既に四年の月日が経過している筈だ。だから授業中の赤雪高校の机に突っ伏していた、なんて冗談が過ぎる。
「おい、聞いているのか? おい、神代ッ!」
「…は、はい?」
「ボーッとしてないで授業を受けろ」
「申し訳ないです…」
思わず先生に注意されてしまった。だがこの環境はおかしい…俺は先ほどまで月夜見島に居たはずだ。だが一つではほど足りない異変が多くある様に思える。さっきからズキズキと頭が痛むのだ…付けられてもないのにこめかみや後頭部に何かを付けられているかのようにそこだけが痛む。
その時、俺の中に直接話しかけてくる聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ここは…僕の創り出した…電脳世界。脱出は…不可能だよ…ッ」
その声はあの俺が倒した…筈だった諫早皆月のものだった。
「電脳…世界?」
そっと口に出してしまうが返答は無く。だがここの世界の異常さは直ぐに分かった。
「おいおい睦月がボーッとしてるなんて珍しいじゃねーかよぉ」
俺に話しかけてきたのは赤雪高校ではずっと俺の席の隣であった親友の文月だ。だが現実世界の文月とは明らかに違う。まず、トレードマークの眼鏡を掛けておらずコンタクトレンズの様に見て取れる。そして文月は授業中にいつも片手には本を持っており、その耳にはイヤホンをして…いつもなら授業すら聞いていなかったはず。こいつは文月じゃない。
「おい、文月…突然悪いんだが…お前今、何部だ?」
俺は思いついた質問をそのままぶつける。
「あぁ…サッカー部をやってるけど? …それがどうした?」
これで確信した。これは俺の知っている赤雪高校ではなくなっていると。
「推理小説部はどうした…?」
「そんな部活はこの高校にないけど…さっきからお前どうしたんだ?」
「い、いや…どうもしてないが」
おまけに推理小説部の存在さえも消えている。
「じゃあ確認なんだけど…山吹さんは?」
「あぁ…彼女なら弓道場だよ。なんていったって名家のご令嬢だからなぁ」
やはり人格や肩書きまでもが全て変化している…まるでパラレルワールドの様に。確かにこんな環境からの脱出なんて不可能にもほどがある。現実世界での俺の体は無事だろうか。恐らく拘束され、頭には電脳世界へ送るために大規模なヘッドセットがつけられているのだろうな…。
「文月…申し訳ない」
そう文月に一声かけた後、先生に調子が良くないので…と一声掛けて教室を去る。
「こんなゲームの様な展開が引きおこるとはな…流石に今回ばかしはキツそうだ…」
俺は走った。あの場所に向かってただただ足を動かした…初めて水篶に出会ったあの場所に向けて。
「不可能なんて、可能にするためにあるに決まってる。…必ずこのゲームから脱出してみせるさ」
…そして現実世界で捕らえられている皆を、仲間を必ずしも助ける。俺はそう誓ったはずだ。
「さぁ、脱出の始まりだ」
俺は電脳世界からの脱出を開始した。