“第一目的地へと To the first destination„
大崩壊地区の紫月さんの居る白い小さな小屋から太刀川市のしませんかせんせーの研究所へと足早に戻った俺は研究所にてしませんかせんせーに話を伺う。この時にはもう、長門の姿は無かった。
「…ほう、どうやら話を聞いてきた様だな」
しませんかせんせーに紫月さんに聞いたことを簡潔に伝えると彼女はそう言った。
「あぁ…。んで、親父の居るところに向かうべきらしいんだが? 俺はどうしたら良いんだ?」
月夜見島に向かうにはしませんかせんせーの力は必要不可欠だ。
「あぁ…それは叢雲紫月本人から聞いてるさ。私が準備をしていないはずがないだろう…?」
やはり、頼りになりすぎる…。
「月夜見島のある海域の海上運行は国の、管轄組織の許可が必要だ。だがこのご時世、能力者は軽蔑されている為許可が下りることはあり得ない。だから強行突破する必要がある訳なんだが…」
「その強行突破も難しいと?」
そう。その海域には一定間隔で警備船がうろついており、上空には無人警戒機が飛行しているし非常に突破は難しいと考えられる。
「あぁ、普通ならば…な」
しませんかせんせーはそう言うと咳払いをして、背後にあるモニターにあるものを表示させる。
「これは…なんだ?」
モニターに表示されたものは異様な形をした乗り物の様なものの設計図だった。
「これは超高速潜航艇だ。一般的に潜水艦が航行する水深二百から三百メートルをなんと音速で航行することが出来る代物だ」
水中で音速を出してしまう物に人が乗ってしまったら体がバラバラになる気がするんだが………。
「これは片道切符の乗り物、乗り捨てて使用するものであり、普通の人間ならば乗って運転が始まった瞬間に体が木っ端微塵になってしまうのだが…能力者である月の名の持ち主には例外である」
能力者専用…という事か。それならば一応納得は出来るのだが。
「片道切符と言うのはどういうことだ?」
「水中を音速で航行するにあたり、機体の軽量化が重要であった為に行きの分しか酸素ボンベを搭載できなかっただけなんだがな」
しませんかせんせーがそう言うとモニターに表示されていた乗り物の設計図が完成品の画像へと移り変わる。
その乗り物、超高速潜航艇のフォルムは曲線を帯びており、まるで新幹線の先頭の様な抵抗を受けにくい形になっていた。その後ろにはジェット機の後部に配備されている様な大型の推進機が配置されている。
これを一言で言うならばやはり異様で異質、近未来的な造りをしていた。
「これを既に東京湾に設置してある。…ほら、これが起動に必要な鍵とパスコードだ………受け取れ」
しませんかせんせーは俺に鍵とパスの書かれたカードを放り投げてくる。
「操縦は自動操縦だ。だから神代君はただただ襲い掛かる重力に耐え抜けば良いだけ…ということさっ…ハハハッ」
しませんかせんせーはいつもの調子でからかってきた。その後、しませんかせんせーから俺の携帯へと超高速潜航艇の設置ポイントが記された地図が送られてくる。
「ここに向かえばいいんだな?」
「あぁ、その通りさ。だが問題は無事にそこまで辿り着けるかが問題さ…」
「無事に辿り着いてみせるさ、そこは問題ない」
「…そうか、ならば信じよう。じゃあ最後に神代君…私に聞き忘れていること、あるんじゃないか?」
しませんかせんせーは俺の無くなったはずの左腕を見ていた。俺はあの時、文月に切り落とされたはずだが今の俺にはそれがあった。
「あぁ、この腕…一体どうしたんだ? 違和感が全くなくて少し恐怖していたとこだよ」
そう、無くなったはずの腕の痛みは消え、普通に腕は機能しているのだ。
「よくぞ聞いてくれた。その左腕こそ私の研究の集大成といったところだ。その腕は単刀直入にほとんどが月の石で造られているんだ。だが、ただの月の石ではない。…月の石は生きているんだ」
…月の石は生きている?
「そう不思議な顔をするなよ、それを叢雲紫月から聞いてきたんじゃないのか?」
そうだ、月の石を生み出したのは…俺だったじゃないか。
「そう、月の石の中にあった細胞の様なものと君の細胞パターンとほぼ一致しているんだよ…だからは君と馴染まないはずがないんだが…その腕の月の石は特別製でなぁ…月の石の中の核にあたる部分のみを抽出し精製したんで…適合率は理論上、百二十パーセントにも及ぶ」
しませんかせんせーは長年、月の石を研究している科学者だ。俺より詳しくてもおかしくはない。
「じゃあしませんかせんせーは月の石を生み出したのは俺だと分かっていたのか?」
「あぁ、君が眠っていた間にその結論に自分で至り、答え合わせも叢雲紫月にしてもらったさ」
どれだけこの人は天才なんだと改めて思わされる。
「それで? 適合率が高いと何が出来るんだ?」
その質問を聞いてしませんかせんせーはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「フフフ…、君は今まで月の石の形を変えて使用していただろう? その必要性は無くなり、その場で月の石を生成して魔法の如く、武器を召喚することが出来てしまうというわけさ」
その場で武器となるものを呼び出せる、だと。
「そんなことがたやすく出来るわけない…ッ」
思わず否定してしまったがそこまで出来たらもうただの人間のレベルではないと実感する。
「過去の君はそれをたやすくこなしていたんだよ、きっと。だが今その力は君に無かったため私が戻してあげたんだ、良いね?」
「…でも」
「だがその力は通常時には使えない。使い時は君自身しか分からないのさ…。ともかくもう時間は残されていない、さぁ早く行くと良い」
そう言われ、研究所から送り出される。俺の新たな左腕に隠された力はいつ発揮できるのか、これは今の俺には分からない事なのは変わらない。しませんかせんせーの言う通り、時間は残されていない。俺の仲間は各地に捕らわれたままだ。
全てを取り戻す為に、まずは東京湾の指定ポイントを目的地とする。
…目的地にそう簡単に辿りつかせてはくれないのが脱出不可能。
彼には待ち受けるものがありすぎますね。