“記憶の破片 piece of menmory„
俺たちは所々壊れかけていて綻びている階段を上る。この階段は長くはないのだがとてもの一段一段が長く、重く感じられた。それもまるで脱出不可能が始まったあの日から今日までの足取りの様に。その一段を俺たちは一歩ずつ、一歩ずつ確実に上り、噛みしめた。
そして暫く上っているとその景色は現れた。
緑色の風が吹く丘の上に慄然と佇む、屋根が少し抜け落ちていて、壁に損害が見受けられてもなお、存在感がある白い小さな小屋に。この小屋はあの時のイメージと同じ。つまりはここに叢雲紫月が。俺達はまるで吸い込まれるかのように無言でただ、歩いていた。
中に入るとそこにはあのイメージ通りの女性が、紫がかった黒髪に水篶とどこか似通った和の雰囲気、少し長身の女性が窓際の揺り椅子に揺られ、どこか遠くを眺めていた。
「やっと、来たね」
彼女はそう言った。その声は優しいそよ風のように耳元に入ってきた。
「貴方が……」
それは言葉にならなかった。
「元気だった?睦月君に文月君。
もうこんなに大きくなっちゃってさ。まさかこんなことになるなんてね」
俺は彼女に見覚えがある………そう思った矢先、
思い出しかけていた脳内のイメージにもやがかかり始める。
「お久しぶりです、叢雲さん」
文月が頭を下げつつそう言った。
「どうやらこの様子だと文月君ははっきりと覚えてくれてたみたいだけど……睦月君は覚えてないか。でもまぁ、無理もないか・・・・あんな事が過去にあったんじゃ」
叢雲紫月さんはどこか悲しげに、もの寂しそうにそう呟いた。
その声は冷たい風の様に今度は響く。
「叢雲紫月さんはどこまで俺を知っているんですか?」
俺はいきなりではあったが本題を切り出した。
「そうだなぁ、今の睦月君は遠くから見ていたけど今の君より昔の君の方が知っているよ?」
彼女はそういうと揺り椅子から離れ、窓を開ける。すると窓から入ってきた緑色のあの風が彼女自身を包み込む。
「君には見えているんでしょ、この風が。なら思い出すのは簡単だよ。
ほら、昔を思い出そう……睦月君」
彼女がそう言うと俺に向かって突風が吹き荒れた。そうだ、そういえば彼女は風を操る月の名の能力者だった。俺に向かってきた突風が叢雲紫月さん自身を包んでいたあの緑色の軽やかな風に変わり始める。
そうだ、俺が小さな頃に面倒を見てくれていたのがこの叢雲紫月さんだ。そして彼女はよく俺の親父に可愛がられていた。さっきまでかかっていたもやが叢雲紫月さんの風によって綺麗さっぱり吹き飛んだ。だがどうやら思い出せたのは叢雲紫月さん本人に関わる記憶だけの様で俺の脳内には彼女との記憶が流れ続けていた。
「やっぱりダメかぁ。君の記憶を全て開放するのは私だけじゃ無理みたいね。
……だけど分かったでしょう? 私が誰だか」
彼女は綺麗な紫がかった黒髪を手で撫でながらそう言った。
「あぁ、すまない。紫月さん…俺があの時殺しかけた……」
俺が……殺しかけた? その言葉は自然と口から出た。俺が彼女を殺しかけたのか?それを深く考えた時、俺に虫唾が走った。その様子を見て文月の目線の鋭さも変わる。