“物語の始まり begining of a story„
原初の三日月が生きていた。この事実をまさか長門嘉月の口から聞くことになるとは思いもせず、相乗効果で俺は驚きが隠せなかった。その様子は思わず顔にも出ていたようで、そのまま長門嘉月が話を続ける。
「原初の三日月が生きていると先ほど伝えたが、居場所が確認できたのは一人。叢雲紫月だ。他の久我暁月と御剣蒼月は未だに所在が分からない。だが君にはいずれ全員には会わなければならない。その理由はもう分かるな?」
長門嘉月は何か知ったような口ぶりでそう言った。確かに、俺は原初の三日月に会うことで何かを取り戻せるかもしれないと思っていたところだ。
「どうやらその様だな。ならば話は早い。文月君を連れて大崩壊地区に向かうと良い、大崩壊地区で唯一完全崩壊していないあの場所にな」
長門嘉月の言うあの場所とは恐らく俺がさっき見ていたあの風景のイメージと一致する場所の事だろう。確かに言われてみれば大崩壊地区にあるのに何故か、あのイメージの場所だけは緑が青々しく、完全に崩壊し尽くされてはいなかった。
「叢雲紫月が居るであろう場所には文月君が案内してくれる。付いて行くが良い」
長門嘉月はそう言うと俺の方を無理やり押し込み、
島鮮科せんせーへバトンパス。俺はその島鮮科せんせーに無理矢理その辺に落ちていた服を被せられたかと思うと今度は文月の方へと放られる。
俺はぶつかる前に踏みとどまり、文月を見やると文月は首を横に振り、行くぞと合図をした。そういえばまだ口を利いていない。俺にはさっきまで殺し合いをしていた様にも思える訳だし流石に気まずい。俺は黙って文月の後を追った。
俺と文月は無言のまま、気づけば大崩壊地区の検問所を通らない抜け道を通り過ぎていた。このままではと感じた俺はどうにか話題をつくる。
「なぁ、大崩壊地区の監視が強化されている様に思えるんだが……」
これは大崩壊地区を目前にする頃から思い始めていたことだ。
以前はまるで放棄しているかの如く監視などあまり無かった大崩壊地区が今では装備を整えた奴らがウヨウヨしているのに加え、あれは月壊零式だろうか。今まで戦ってきた人造能力者研究開発局の兵器どもが伺える。それに対し、文月が口を開いた。
「ああ、その通りだ。俺とお前が争って決着のついた後に大崩壊地区は能力者どもがうろつく危険地域として認定され監視の目が厳しくなった。でもまぁ、それだけではない。大崩壊地区の中心部に人造能力者研究開発局の施設が建設され、そこには宇宙エレベーターの建設でさえ予定されているらしいぞ」
宇宙エレベーターの建設か。能力者が現れた事により裏で科学が異常なスピードで成長していたことは知っていたがまさかもうそこまで来ているとはな。
「だがその宇宙エレベーターを建設する人間は全て能力者だ。
なぜなら宇宙空間や上空で作業できるのは能力者しかいないからな。
普通の人間ならば死と直面するが能力者にはそれがない。その様に、今のご時世は過去に能力者代表側であったお前が事実上負けて、裏切った俺が勝ってしまったことにより人造能力者研究開発局が強大な力を持ってしまった世界だ。これは全て俺のせいだ。俺が…お前が叢雲紫月さんを殺してはいなかったという事実を知っていれば……」
文月の頬に涙が零れているという
驚愕的な光景を見た俺は思ったことをそのまま口にした。
「文月、お前も後悔していたんだな……。
俺もそれを夢の中でずっと思っていた。考えていたんだ。だが文月、大丈夫だ。こうやってお互いに後悔していたならば俺たちは昔と変わっていない。昔のままだ。俺は文月の事を全然考えてなかった。
………本当に悪い」
その言葉に文月はただただ頷いた。
そして暫くの間が空き、二人して涙を拭い、改めて心に決めた。
「俺は、いや、俺たちは全てを取り戻す。失ったもの全てを。
その為にはどんな不可能だってぶち壊す」と。
お互いに言いたいことを言い合った俺たちの段取りは早く、
もう俺が脳裏で描いていたままのあの場所にたどり着いていた。
彼女に会える。叢雲紫月に。
原初の三日月の一人に会うことで何が変わるかは分からないが俺も文月もどこか内心会いたくて仕方がないような不思議な高揚感を持っていた。その不思議な高揚感を胸の隅へと追いやり、俺は歩みを進めた。




