終わりと始まりのプロローグ
俺は死んだ。いや、俺と文月の命はお互いに尽きた。その事実は変わることが絶対に無い真実であった。俺の意識が目覚めることは一切無く、そこで何かが完全に燃え尽きた。
でもまさか、昔からの付き合いの大親友が実は裏で糸を引いていて俺を憎み、監視し、挙句の果てにお互いに殺し合いをして、その殺し合いでお互いに命を落とすことになるとは誰も予想していなかっただろう。文月には守りたかったものを守れなかったという過去があり、その復讐として俺の命を奪った。つまりは大切なものが、譲れないものがあったのだ。
俺はそんなことさえ知らず、文月は親友と、大親友なのだと自覚していたのだ。それは非常に恥ずかしいことだろう。親友というものは強い絆で結ばれているのはもちろん、お互いを信用し、分かり合い、隠し事をしない様なそんな関係の事を言うだろうに。俺たちの関係は実は最初から破綻していた、表面だけの親友だったのだろう。
何が足りなかったか。それは俺の過去の記憶の喪失にある。俺は過去に文月の守りたかったもの、叢雲紫月という人物を奪ったらしい。 だが生憎ながら俺にその自覚はない。しかもこの人物は原初の三日月と呼ばれる、当時最強と謳われていたはずの三人の月の名の持ち主、つまりは能力者の一人だ。それを俺が奪ったと文月は言ったのだ。
自覚がないというのなら、記憶が喪失している、もしくは消失させられているとしか考えようがない。
俺にも文月と同じで守りたいものはあった。だが俺が死んだ事で守ることは出来なかったのだろう。俺は普通に暮らしたかった。ただそれだけだった。つまりは、いつもの仲間といつもの日常を、いつも通りの何かを欲していたのだ。
だが月の名の持ち主という自覚や、力を持つゆえの責任を知ってしまった。そこで日常は非日常となり、すべてが崩れ始めた。俺はその日常を守るために、取り戻すために月の名の持ち主という能力を持ってしまった人々を苦しめようと画策する人造能力者研究開発局に終止符を打とうとした。
だがそれはすべて失敗に終わった。
俺が死んだのだ。俺が死んだ事で日常は完全になくなった。水篶や秋葉、斬月や皐月、いつもの奴らの日常はことごとく消えてしまっただろう。それにオリジナルと俺のことを呼んでいた奴らは更に能力者というものを危険視し、月の名の持ち主たちを隔離し、実験台にしたりなど人権など無いかのように好き放題して、研究材料にしているかもしれない。
一体どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。俺は俺の死が許せない。やり残したことなんて山積みだ。やり直したいことなんて数えきれない。ここで本当に終わったのだろうか。可能性はゼロなのか。
その時、あるイメージが俺の目の前に広がり始める。
かつては再開発地区として賑わっていたはずの大崩壊地区のイメージだ。都心部を抜けて、少し行ったところに青々しい丘が見える。
その丘には所々崩れ落ちている洒落たレンガの階段があって、その先には屋根が半分ほど崩れ落ち、壁面もボロボロになっている白い小さな小屋がある。外には物干しざおもあって中々生活感はある。
小屋の中には一人の紫がかった黒色の髪を持つ一人の女性が佇んでいる。それも穴の開いた屋根から日が差していて、とても綺麗な様子で。
俺は彼女を知っている。彼女こそが叢雲紫月だ。
そして彼女がニコッと微笑んでこう言った。
「不可能でさえ可能にするんでしょ?
さあ早く。君を待つ人は沢山いる。待っているのだよ……?」と。
その一言で浮かんだイメージは泡のごとくはじけ飛び、混沌へと変わった。だがそれはただの暗闇ではなかった。どこか薄くぼやけている。
誰かが手を振っている……?
俺は目を凝らした。すると手を振っている人が目の前にぼやけて見える。ここはどこだろうか。どうやら水の中に居るように感じられ、口元には鼻と口を覆うようにマスクがつけられている。今思えば体の自由が利かない。
手足に目をやると肌が露出し、その部分にホースが直接取り付けられていて身動きが取れないようだ。
まるで、はたから見たら人体実験を受けている人物ようだ。
待てよ。俺は死んだはずだ。これは異常な状態だ。なぜだ、何が起きたんだ。頭の中が混乱し始めるがその答えはすぐに聞こえてきた。
「おはよう、神代君。私が誰だか分かるかい?」
その女性は俺の知っている時とは違い、車いす姿になっていた。
「もう君は目覚めることはないのかと思ったが流石だな。
君の力と、現代の医療は」
その女性は忘れるはずのない人物だった。
「しま……せんかせんせー」
そう、島鮮科せんせーだ。初めて会った時から元気すぎて走り回っていたようなイメージだったが今は車いすに座って落ち着いた様子でいる。そしてその奥に壁に寄りかかる赤い長髪の男が見える。この男にも見覚えがある。
「あぁ、私だ。島鮮科だ。この私のザマを見て異変を察知した点については流石だとしか言いようがないな、神代君よ。早く答えが知りたいのだろう? 今すぐ答えようではないか」
島鮮科せんせーはそう言うと車いすをくるっと回転させ、少し離れたかと思うと一つのボタンを押した。すると俺が隔離されているこのポッド状の物から液体がなくなり始める。
そう、俺は今の今まで液体の中に居たようで、この鼻と口を覆うもののおかげで息ができていたようだ。
「君はあの時、確かに死んだ。それも心臓を貫かれてな。だが現代医療は君の知っている様なレベルをとうに超えている。心臓なんて幾らでも再生細胞を用い、作り出すことは可能だ。」
再生細胞の技術はそこまで進んでいたのか。
「だが作り出す事は出来てもその人物に適応できなければ意味がない。だが私は天才だ。そんなものは直ぐにできた。だがそれでも君は目覚めなかったのだ」
島鮮科せんせーは壁に寄りかかる男を一瞬見やると話題を変えた。
「まぁ、その話より君が死んだ時、霜凪君とともに研究開発局が君たちをサンプルとして持ち帰ろうとした。それを救ったのが
彼だ。彼の事は君のほうが詳しいだろう?」
そう言って出てきたのはやはり見覚えしかない男だった。
それも俺の原点ともいえる男。
「私より先に死んだかと思えばもうこのザマか。
私も流石としか言いようがないね」
そう俺に言い放ったのは行方不明になっていたはずの男、長門嘉月だ。
「なぜ……お前が…俺を」
「それは話すと長くなるから今はパスさせてもらう。良いか睦月君、君が死んでから四年の月日が経った。そして君は今目覚めたわけなんだけども状況は一変したんだ」
長門嘉月はそう言うと俺が見たことないような表情で話を続けた。
「君が死んだ四年間ですべてが変わった。人造能力者研究開発局は世界に拠点を置き、月の名の持ち主及び関係者や有力科学者を次々に裏で捕縛。つまりは君の大事な者たちは全て今、奪われているんだ」
俺の脳裏には水篶や秋葉、斬月や皐月、多くの人々が浮かんでいた。
「君がこうして目を覚まし、二度目の命を授かったのならば、すべてを取り戻す他ないだろう。君に今あるものは、その力と島鮮科が新たに与えた力、そして霜凪君、これだけだ」
長門嘉月がそう告げると遠くに資料を読んでいる文月の様子が伺えた。あいつも呼び起こされたのか。
「文月君は君より半年早く目覚めたため、リハビリ等する余裕があったが今は一刻の猶予もない。今の世界は能力者を脅威と認定している。まあ、実際問題当たり前だ。普通の人間が突如現れた異能の持ち主を見てみろ? 脅威としか思わないはずだ」
確かにその通りだ。超能力という架空だったものを持った者が世に知れ渡ったのならば脅威と認定し、警戒するのは当たり前のことだ。
つまり、俺が目覚めた今の世界は能力者を嫌う世界ということだ。そのために人造能力者研究開発局が世界に拠点を置き、監視する体制が出来上がったということだ。
「ともかく、君には会わせなければいけない人物がいる。
そう、原初の三日月たちだ」
原初の三日月が生きていた。この事実はすぐに知ることになる。そして俺は原初の三日月を知ることで過去を取り戻す。そして俺は失ったすべてを取り戻してみせる。
お待たせしました。
脱出不可能の新章のプロローグでありながら、
脱出不可能の新たなスタートのお話です。