“秋月 harvest moon„
自分の席で読書を暫くして時間を潰していると担任の先生が急ぎ足でやってきた。その様子を見る限りだとどうやら何かがあるようだ。担任の先生はクラスを一通り見渡してから生徒に座るように呼びかけたかと思うと重そうな口を開いた。
「えーと、いきなりで悪いんだが本日付で転校生がウチのクラスに来ることになった」
そうして先生の案内で出てきたのは、金髪でふんわりと巻かれた髪の毛をたなびかせ鼻が高く長身という、まるでモデルの様な女の子だった。彼女は教卓の前に立つと一礼をし、練習していたかのように自己紹介を始めた。
「今日からこの弓張月学園でお世話になります。瀬々良木秋月です。今日から宜しくお願いします」
これを聞いた思春期真っ只中の男子の皆さまは大喜びで騒ぎ始めた。
そんな中彼女の目線は俺の方へと向いている様な気がしたが俺は気にもせず読書を続けた。そして朝のホームルームは通常通りに進行し、一時限目前の休み時間となる。するとどうだろう、先ほどの向けられた視線を感じたのは正しかったのか彼女、瀬々良木は俺の机の前に立ち尽くす。
「………………」
彼女は無言のまま暫く俺の方を見ていたが周りの男子どもの視線が気になったのかやっと口を開き、言葉を吐いた。
「君があの脱出不可能をクリアしたっていう神代睦月君?」
何故俺の名前を知っているのか、それは知る余地もないが少しめんどくさくなりそうなので「ああ、そうだが」と一言添える。
「やっぱりね。うちの父がα(アルファ)グループで働いていてね、君の名前を聞いたの。父は君の事をこう言っていたわ、才能の持ち主とね」
その言葉を聞き、俺は謙虚に答えておく。
「そんな大層な者じゃないから。才能なんて尚更」
だがその返答に何か見透かしている様な口ぶりで彼女が話を続ける。
「私もその、才能を持っていると父が言っていたわ」
先ほどからその父、という単語に引っかかる俺はこう聞いた。
「済まないが、父親の名前は何と言うんだ?」
「α(アルファ)グループの瀬々良木和樹だけど?」
俺は彼女の父親である瀬々良木和樹を知っていた。
「まさか、あの開発チームの責任者の事か?」
話に食いついた俺を見て微笑みながら
彼女は「うん、そうだよ」と返してきてくれた。
暫く話し込んでいると一時限目のチャイムが鳴ってしまったのでこの話は次の機会ですることを約束し、転校生の瀬々良木との会話を終えた。
そして、全時限を終えた放課後の事だ。
時代遅れの俺のガラケーが廊下で鳴り響いた。
その鳴り響かせられた原因のメールを送信してきたのは水篶で、
どうやら弓張月駅前のカフェに来て欲しいらしく、
俺は身支度をさっさと整え、言われるがままにそのカフェへと向かった。