決断(咲子)
わたくしは寺詣でから帰ってから本当に康紀さまの事ばかり考えております。
ある日、女房の1人がわたくしに「手紙を預かって参りました。」と伝えられ、その手紙を受け取りました。開いてみますと、あの康紀さまからだったのでございます。
もう、わたくしは嬉しくて天にも昇る気持ちでございました。
「バラ色の人生」って言うのでしょうか。本当に前世ではとても考えられない事でございます。
なんせ、わたくしは病院のベッドで治療を受けていた身でございましたから。
それから日に日に手紙は増えていきます。
内容は簡単な事柄でしたが、わたくしには新鮮です。
前世の言葉で申しますと「ラブレター」というものでしょうね。
益々、わたくしの気持ちは増すばかり。
わたくしは手紙を通じてあの方とお話しをしているかのような錯覚を覚えます。
でも、ある日をさかいに、いつも手紙を持ってきてくれる女房を見かけなくなったのでございます。
代わりに今まで見たこともない女房が持ってきてくれるようになったのですが何故でしょう?
もしかするとお父様にバレたのでございましょうか?
わたくしは「絶対にお父様には知られてはいけない!」とその時、本能的に感じ取ったのでございます。
ある日、お父様に呼ばれました。
「咲子、そなたは二ヵ月後に左大臣の御子息、孝由殿に嫁ぐ。心せよ。」と静かに仰いました。
私は頭の中が真っ白。自分の部屋までどのように帰ったのかも憶えていません。
ただ、涙が出て仕方ありません。康紀さま・・・・助けて下さいませ。
傍に控えていた加茂はわたくしの異常さに驚いたのでしょう。
涙を流している私は「・・・・・加茂・・・・わたくし・・・」と駆け寄りました。
加茂はわたくしを抱きしめて「大丈夫でございます。加茂がどうにか致します。」と嬉しい言葉をくれます。わたくしが今、頼りにできるのは加茂だけ。加茂だけがわたくしの味方。
あの日からお父様が申されたお言葉でわたくしは悲しさで心苦しい日々を送っております。
康紀さまの手紙を見ると涙が溢れてきます。
そのような日々を過ごしている、ある日でございます。わたくしの部屋に手紙と申しましょうか「紙切れ」が落ちていたのでございます。
何所からか知れず舞って来たのでしょう。そして何やら書いています。
わたくしは何気なく読んでみますと「明日、咲子様を攫いに行きます。康紀」
わたくしは自分の目を疑いました。なんたる事でございましょうか!あの、康紀さまが・・・・・
わたくしの目には涙が溢れて前が見えません。嬉しい!!夢のようでございます。
そして、嬉しさのあまり直ぐに加茂に見せました。
加茂は「咲子様のお心一つでございます。加茂は何所まででも咲子様と一緒でございます。」という言葉に勇気付けられました。
「さあ!咲子様、どうなされますか?」
加茂は思い切った事を言います。わたくしだって、このまま黙ってお父様の言う事は聞けない!そして一生後悔をする事になる。後悔だけはしたくない!
わたくしは・・・・決断いたしました。
「加茂、わたくしは攫われます。」
そして、わたくしは明日、攫われます。
この時代の結婚って大変なんですね(咲子です。)