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6、

 下校のチャイムはとっくに鳴り終わっていた。


 校舎を出た桜と大和は、整然と並んだ下駄箱の林を抜け、湿り気を帯びたグラウンドに出る。

 ここの学校は、玄関の前にグラウンドがある。

 登下校する生徒は、グラウンドの端のフェンス伝いに歩く。

 

 桜はここを通る時、決まって不機嫌になる。

 

 身体を思うように動かせないことが不満なのではない。

 下足箱から校門までの最短ルート、すなわちグラウンドの真ん中を通れないからだ。

 

 グラウンドでは運動部の連中が活動している。

 

 なぜ、自分が下校するのに回り道をせねばいけないのか。さっさと帰りたいのに。

 

 桜はイライラする。


 グラウンドを真っ直ぐ突っ切る歩道を作るべきだ。

 全くこの学校は頭が悪い。

 

 この学校が簡単に自分を解放したがらない気がしてならない。

 

 そんなことを思いながら、梅雨独特の熱気が漂うグラウンドの端を泳ぐようにして、校門に向かう。


「沖野さん」


 だしぬけに名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。

 フェンスにもたれた人影が、こちらを見ていた。


「沖野桜、だな」


 冷ややかな声。

 白いシャツに、白い肌。

 軽やかに揺れる明るい茶色の髪。

 あれは…高良?


「ええ、そうだけど…」


 いきなりフルネームで呼びつけられて、さすがの桜もたじろぐ。

 桜は、というよりクラスメイト全員が、今まで高良と口を利いたことさえないのだ。

 ゆっくりと高良が桜に歩み寄る。


「お前の名前は?」


 高良が大和を見て云った瞬間、桜は信じられないという顔で硬直した。


「ん、どうした?」


 拓馬がずいっと迫る。

 その問いに答えたのは大和の方で、彼はゆっくりと指で宙に文字を書いた。

 や、ま、と。


「大和か。

 俺の名前は高良拓馬。

 よろしく」


 拓馬が大和と握手する。

 呆気にとられていた桜がやっと声を出す。


「大和に名前を訊いた人は、・・・うううん、話しかけた人は、あなたが初めてよ」


「初めて教室入った時から気になってたよ」


 そっけなく拓馬が云う。


「俺を呼ぶときは、拓馬でいい

 お前は大和でいいな」


 大和は「もちろんです」と身振りで伝えた。

 初めてできた友達に、喜んでいるようだ。

 冗談じゃない、と桜は思っていた。

 こんなおっかなそうな奴はなるべく関わりたくないというのが本音だ。

 そんな桜に、拓馬は尋ねる。


「桜でいいな」


 初めてしゃべって1分後にもう呼び捨てか!

 いや、初めからこいつはフルネーム呼び捨てだった。

 

 カチンッときた桜が云い返そうとするその時、

 拓馬の手が彼女の頬にスッと伸びてきた。

 

「よろしく、桜」


 彼女の目を覗き込む拓馬の瞳。

 その刹那、桜はヒヤリとした。


 こいつの瞳…



「いやか」


 拓馬の声で我に返り、慌てて声を発する。


「あ、え、いや?」


 桜は聞き返す。


「大丈夫だな。」


 拓馬が笑む。


「ん? だから…」


 そうじゃなくて、と桜は云いかけて、口をつぐむ。


 にっこり笑う拓馬。


 だがその目はにっこりではなく、ほくそ笑んでいるのに桜は気づいた。

 つまり拓馬は、彼女が「いやって何よ」と聞き返した意図を知りつつ、「いや、いいですよ」という承諾に取り違えたふりをして、呼び捨てを強行するつもりなのだ。


 オノレ、そこまでして名前を呼び捨てたいのか!!!


 驚愕、呆れ、憤怒が入り混じる桜の表情を眺めて、拓馬は心の底からにっこり笑う。


「さすが、桜。

 じゃ」


 拓馬はさっと踵を返して、校門へ向かう。

 桜はそれを「何が『さすが』だ!!」と呼び止めようとしたが、


「桜っ!」


 いきなり後ろから背中をはたかれた。


「わぁ!!」


 桜は跳び上がる。


「びっくりした?

 おいてった仕返しよ」


 してやったり顔で、彩子がVサインをする。


「何が仕返しだ!!」


 桜は拓馬への鬱憤を、彩子にぶつける。

 振り返ると、拓馬の姿はもう消えたいた。


「そんなに怒んなくていいじゃん〜☆

 ね、さっき、高良クンいたよね。

 何話してたの?」


 物凄い剣幕の桜をさらっと流して、興味津々の顔で聞く彩子。


「別に!」


「何かあったの?

 何もなかったようには見えないけど」


 じっと彩子に見つめられ、しぶしぶ答える桜。


「…向こうが自己紹介してきた」


「あら! うらやまし!!」


 彩子が両手を胸の前で合わせる。


「高良クン、先月転校してきてから

 一言も口利いてくれなかったじゃん?

 今日初めて声聞けて感動した〜!

 そろそろ彼、打ち解けてきた頃なんじゃない?

 きっと彼も誰かとしゃべりたかったのよ。

 桜、お近づきになるチャンスじゃない!」


「いやよ、あんな奴。近づきたくないわ」


 桜は顔をしかめる。


「あの人、転校初日から変だったじゃない。

 先生に促されても、挨拶ひとつしなかったでしょ」


「変かしらぁ?」


 彩子がうっとりと空を見上げる。


「ただ、シャイなだけなのよ。

 彼、無口でクールじゃない?」


「彩子にかかると、むっつりスケベもクールになるね」


「違うもん!

 彼は気品があるじゃん。

 顔もとっても綺麗だし、、、」


 ムキになって云い返す彩子に、ぶっ と桜が吹き出す。


「見た目で云うなら、あんなの生意気なガキにしか見えないんだけど。

 体つきも、中学で成長止まっちゃったって感じだし」


「これから成長期って子もいるの!

 それにしても…」


 ふくれっ面の彩子は、またうっとり顔に戻る。


「今日彼がしゃべってるとこ、2回も見ちゃった♪

 私、明日高良クンに話しかけてみようかな?」


 その時桜の頭に、自分を覗き込んだ拓馬の瞳がちらついた。


「やめときっ」


 声を荒げた自分に、桜ははっとする。

 彩子が目をまん丸にして自分を見ている。


 マズイ。相当きつい口調だったらしい。


「いや、それはその、ぉ…」


 云いよどむ桜に、彩子は微笑む。


「あ〜、そうなんだぁ〜」


「?」


「大丈夫。

 私が拓馬クンのこと騒いでるのは、ファンとしてだから。

 応援するよ、桜☆」


「え°、違う!

 そんなんじゃないから!!」


「照れなくっていいから!

 まかせなさい!」


「違うって云ってるでしょ!」


「キャーッ、桜もやっぱり女の子ねー!!」


「もぉぉ〜」


 スキップしながら先を行く彩子を見ながら、桜は暗澹たる気持ちで校門をくぐる。


「何でこんなことばっかりなの…」







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