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4、

 朝礼終了のチャイムが鳴る。


 ワンテンポ遅れて教室の戸が開き、生徒たちが出て来る。

 移動教室なのか、皆、教材を持って、右に左に、銘銘の行き先に向かう。

 その中に、車椅子の女の子が見える。


「ねぇ、さくら!」


 ごみごみとした流れの中、明るい声に、その女の子が振り向く。肩にかかる髪を揺らし、パッチリとした目で見上げ、人混みの中から、彼女を呼んだ友人を捉える。


「なぁに、彩子あやこ?」


 桜色の唇から、愛らしい声が発せられる。

 しかし、その口調はちょっとキツめ。

 彩子が、小柄ながらも生徒の群れをぐいぐいかき分けながら、桜のところへたどり着き、車椅子の前にしゃがむ。顔は満面の笑みだ。


「拓馬くんの声、聞けたね☆」


「だから何? 興味ない」


 桜は大和にくるっと踵をかえさせる。

 

「もぉ〜、だからって、ひとりでさっさと行かないでよっ」


 彩子が膨れる。


「だって、彩子は次、物理でしょ?

 私、生物だし」


 素っ気なく桜が云う。


「もう、いいじゃない〜。

 一緒の方向なんだから、一緒に行くのが普通でしょ」

 

「走って追いついてまで一緒に行くのが、

 普通とは思えないけどなぁ・・・」


 チクチクと云いながら、笑顔になる。

 結局は彩子と並んで廊下を歩く桜だった。


 桜はわりと一人でいることが好きな性格である。

 

 大和に本をめくってもらって読書したり、とりとめもない自分の空想を音声にし、文字として書き付けてもらったりすることが、彼女の一番の楽しみである。

 

 したがって、「友達になろう☆」と接近してきて、自分の時間を奪う輩がキライである。勇気を持って話しかけてくれる子がいても、無視か、不機嫌な対応をするだけである。

 そんな気難しい性格だからクラスの誰とも仲良くなることはなかった。

 

 彩子に会うまでは。

 

 彩子はお節介でもなんでもなく、純粋に桜が気に入って、積極的に関わってきた。

 奇跡的に、桜のほうも彼女を気に入った。ころころとした笑顔がかわいいし、どんなに桜からいやみを云われようとめげないし、何よりも、常に前向きで、わざとらしくない明るい性格であるところが、一緒にいて気持ちいい。

 

 ということで、桜の傍にいられる唯一の女子生徒は、彩子である。・・・いや、もうひとりいる。

 

 

「桜ぁ、彩子ぉ、おはよ〜」 


 鈴を転がすような声が響く。

 すらりとした女の子が、長い髪をなびかせながら、廊下の向こうから歩いてくる。


「あ、雪枝ゆきえ〜、おはよ〜」


 彩子が手を振る。

 雪枝も手を振りながら二人のところに近づき、桜と肩を並べる。


「桜、生物だよね。

 一緒行こう」

 

 ぷうっと桜はむくれる。

 そんな桜を見て、彩子はくすくす笑う。


「照れ屋さん♪」


「ちがわいっ」

  

 

 ここ、椎西戸高校では、多くの高校がしているように、理科・社会・実技の授業時はクラスを解体して、選択科目別に分かれて授業を受ける。

 そのため、理科の科目が同じ生物である加賀美と桜は、組は違うが理科の授業は一緒に受ける。逆に桜と同じ組の彩子は、物理を選択しているので、違う授業である。

 理科の授業時には、各科目の実験室に移動して、専任の教師の講義を聴く。


「めんどくさい」


 大和に押されながら廊下を進む、桜がこぼす。

 

「なぁに? 人生?」


 彩子がからかう。

 

「人生かぁ、それもいい」


 桜は、気の入っていない返事をする。

 

「で、ホントは何がめんどくさいの?」


 黒目をくりりと向けて、雪枝が問い直す。

 

「単に、教室移動」


「そんなにめんどう? 私は気分転換になっていいと思うけど」


「理科や社会、美術の授業になるたんびに移動で、ややこしい」


「いどーめんどー!なんちゃって♪」


「くだらない。」


「そういえば、夏課外からはもっとめんどくさくなるわよ」


「ああ〜、英数国もクラス解体だった」


「クラス崩壊!」


「いや、違うし。」





「くっさぁ〜!」


 廊下ですれ違う生徒たちが、鼻や口を押さえて通り過ぎる。

 

「あ、そろそろ生物室だ」


「じゃあね、サクラ、ユキエ☆」


 鼻を押さえながら、彩子が階段を上っていく。



 桜の鼻を大和がふさぐ。

 

「もういい加減手を打ってほしいね、この悪臭」


「ほんと。いったい、この臭いは何なんだろう」


 かよわい雪枝に至っては、卒倒しそうな表情である。


「知りたいかい?」


 このダンディ・ハスキーな声は・・・!

 一斉に二人は振り向く。


「「板谷先生!!」」


 七三分けでグレイの髪をきっちり決め、パリッとした白衣を着た老紳士が、爽やかな笑みを湛えて2人を見下ろしていた。

 

「やあ、沖野くん加賀美くん。元気そうで何よりだ」


「いや、その元気もここで尽きそう」


「どうにかしてください、この臭い!」


 必死に訴える桜と雪枝に対して、板谷教師はのんびりと顎に手を当てる。

 

「そこの排水溝に何か詰まっているらしくってなぁ」


「何が詰まっているんですか?」


「さぁなぁ・・・。一応手の届く範囲は掃除しているのだが、もっと奥のほうにあるらしくてなぁ」


「業者に頼めばいいじゃないですか」


 云い切った桜を(その前に大和が手話で抗議していた)、ほう、と云った目つきで見る。

 そして笑い出す。

 

「はっはっは、云われなくとも、もう頼んであるよ」


「いつですか?

 一ヶ月前からこんな調子じゃないですか」


 雪枝が恨めしげに板谷を見る。その一瞬、

 

 ? 見間違いか。

 

 桜は、板谷の笑顔に違和感を持った。しかしいくら凝視しても、今はいつもの板谷の笑みだ。

 そんな桜のほうに、板谷がパッと振り返った。


「ほら、もう授業が始まるぞ。

 入った入った」

 

 板谷は笑いながら後ろに回り、雪枝の背中と、桜の車椅子をポン、ポン、と軽く叩いた。

 

 

 


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