1。
ぽつぽつと、雨つぶが落ちてくる。
真っ暗な天から落ちてくる。
頼りなく点る外灯、
鬱蒼とした雑木林、
その中に埋もれている、黒い小路へ。
ぽつん。
家路を辿る赤い傘にも、雨つぶは落ちる。
硝子の珠が転がるように、雨粒は傘を滑る。滑り落ちて、傘を差している少女の髪の上で弾ける。
長い髪が、少女の歩みに合わせて揺れている。
この夜中にまだ制服であるところを見ると、学校か塾の帰りのようだ。・・・中学3年だろうか。
半袖の白いシャツから伸びる手は、片方に傘の柄、もう片方に通学カバンをしっかりと握り締めている。
雑木林からは、木々の葉に雨つぶの当たる音が響き合う。
女の子はどこまでも続く黒い道を。まっすぐに見つめている。
聞こえるのは自分の足音と、雨音のみである。
微かな雨音が林の中で響き合い、少女の心に黒いさざ波を立てる。
外灯が、真っ黒の海に光の島をつくる。
この光から、次の光まで。
光る飛び石を踏む心地で、彼女は家へと着実に歩を進める。
あと少しでお家だ。
あの暖かい温もりを思い浮かべると、自然と足が速くなる。と、その時、
風が吹いた。
何千何万という葉擦れの音が、彼女の足を止まらせる。
傘の陰から、辺りをうかがう少女。
路傍の木々は薄明かりの中で、瑞々しく濡れた若葉を揺らしている。光の届かぬ闇を背景に。
やがて、木々のざわめきが収まり、雨音だけの世界に戻る。
ほっと息をついて、少女は歩き始める。
ガサ。
不自然な葉擦れの音が響く。
少女の足が道路に張り付いた。
風は、吹いていない。
視界に入る木々も、揺れていない。
音を立てたのは、彼女の横の茂みだった。
早まる鼓動。
恐る恐る横に目をやる少女。
しかし、そこには、何の気配も感じられなかった。それきり音もしない。
もともと、音なんて・・・しなかったかもしれない。
そうだ。きっと、気のせいだ。きっと――
自分に云い聞かせて、顔を前に向ける。
気のせい
気のせい
気のせい・・・
必死に足を動かす少女。
それなのに、彼女の足は、震えている。
あと少し
あと少し
あと・・・
再び、茂みが音を立てた。
続けて聞こえたのは、堅い地面で何かが潰れたような、湿った音。
何かが道路に――彼女の後ろに着地した音だった。
彼女は弾かれたように走り出した。
ローファーがアスファルトに高く響く。
それを、粘っこい足音が追う。
おののく少女。
気が動転して、カバンも傘も握り締めたまま走る。
ひたすら走る。
走っているが、足音は近づいてくる。
荒い息遣いが迫る。
獲物を見つけた肉食獣のように、荒い息が。
ついに、少女の足がもつれた。
「あ」
小さな声を上げ、硬い地面に転倒する少女。
迫り来る足音が、雨に濡れた耳、地に着いた身体から伝わってくる。
恐怖で少女は凍りく。心臓だけが激しく動く。
彼女は振り向くことすらできずに、じっと、投げ出された自分の傘を見つめていた・・・