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◇58過去との邂逅〜7

ユシグ視点(過去)です。


萎縮して頭を垂れる騎士たちを、責めるつもりは毛頭ない。むしろ、責めるのならば自分に対してだ。


報告の場で、未だ彼等の口から有益な情報は上がることはなく、おそらく今回も大した成果はなかったのだろうと皆の顔色から判断する。


「わかった。出来るだけ人を使って捜せ。俺の警護からも、もっと人手を割け」

「それは…」


「俺の警護はミカエルがいればなんとかなる」


「では、もっと人員を集めます」


「頼む」


その後簡素なやり取りが終わると近衛たちは自分の所属する騎士団へ報告をするためにいったん戻っていった。ほっとする反面、押し殺していた感情が反動のように沸き上がってくる。


近衛騎士団は幾つかあり、各々から探索に優れた精鋭を供出させているが、彼等が王女の捜索を継続することを一部の長老たちはいまだに反対している。

普段たいした役にも立たない働きしかしない癖に、己の力を誇示する機会は決して逃さない狡猾な連中だ…と忌々しげに心の中で毒づく。そのうちの誰かが姉上を拐かした件に絡んでいると睨み探らせているが、まだその根跡は見つからなかった。


…姉上、いったい何処へ消えたんだ…


「…は」



残された広間で嘆息をついた。姉上が消えてから既にかなりの時間が過ぎてしまった。そして、足取りは未だに掴めていない。


神殿の謁見の間から人を下がらせると辺りは急に静かになった。言い訳めくが、俺は他人に文句を言うつもりはない。無茶を言う俺に、部下である近衛たちはよく従ってくれていると思う。


姉上の捜索に、長老たちの妨害にもめげず、彼等なりに全力を上げているのも、わかっている。よくわかっている。


だがしかし、だ。

この手に姉上が掴めない。この焦燥感はなんだ。どうしようもなく俺を締め付けて苛むこの…苛立ち。わかっているのに、勝手に感情が荒ぶるのだ。

そのせいで、ともすれば王としての威厳を損ない兼ねないような罵声を、誰かにぶつけずにいられなくなる。


苛々と俺は呟いていた。


「ミカエル」

「は」


乳兄弟であるミカエルしかいない空間のせいで、気持ちに甘えが出たのかもしれない。もう幾度も口にした質問を俺は性懲りもなく、また繰り返していた。


「俺の力は…まだ行使出来ないのか?」


「残念ですが」


淡々と答えるミカエルの表情はいつもの標準装備されたものだ。穏やか、かつ恬淡とした気品ある物腰。 王に為るべく育てられた俺の、乳兄弟として相応しい振る舞いを幼い頃から叩き込まれたためだろう。ミカエルの感情は馴れた俺でもわかりづらい時がある。

ほとんど起伏のない感情は訓練の賜物だと昔を知る俺は解っているが、初めて奴に会った人間は、彼は元々がそうなのだろうと勘違いをするに違いなかった。それは、虎を大人しいから猫なのだ、と言い張るようなものであるのだが。


こんな時ですら、そつのないミカエルの態度は、鍛えられた堂々とした長身を、さらに洗練させて見せる効果を発揮している。が、同時に他人を寄せ付けない空気を周囲に穏やかに張ってもいる。

取り澄ましたミカエルの纏う空気が、今はただ癇に障った。


「ミカエル」


「は」


俺は肘掛けに凭れ、頬杖を付き呟くように再び問いかけていた。


「今、使ってはどうだ」


「どういう意味でしょうか?」


「わかっているはずだ」


挑戦的な俺の眼差しを受け流すとミカエルは変わらぬ恬淡とした表情で答えてきた。




「仮に、今お使いに成られても…その効果は期待できないばかりか、力の形成期を長く引き延ばすだけです」


「…」



「主もお分かりのはずでは?」


「…」


わかっている。ただ、納得出来ていないだけだ。


「あまり困らせないで下さい」


俺の聖紋の力は王位に就いたことで、(みそぎ)の時を過ごしている。

つまり、簡単に言うと力が使えない状態である。完全に使えない訳ではないが、今まで施した聖紋の発動のみ辛うじて可能な程度だ。とても遠くへ逃げた二人を探索する新たな聖紋は出せない。


よく理解はしているが、こんな時に使えないとは…なんと役立たずなのだと自分に苛立つ。何よりも即位の式の慌ただしさに紛れて逃げ出した二人にもだ。


いや、俺から姉上を盗んだあの男に対して、怒りという程度では済まない。生きていることを後悔するぐらいの制裁がいる。


「わかっている。言っただけだ」


「大陸までは行かせませんのでご安心を」


「大陸?冗談じゃないぞ。姉上が大陸へ渡れば俺も探しに行く」


即位の式典を型通りにこなしながらも俺の心は苛々と姉上のことばかり追いかけていたのだ。本当ならば、対外的な式典をこなした後、俺は姉上を手にいれるつもりであった。それが、なぜこんなことになったのか。

明るい金髪の男が思い浮かんだ。


姉上の真意はわからないが、あの男を憎からず想っていた様子は今もはっきり覚えている。

まさか、俺に見られていたとは二人は知らないだろうが。


そそのかしたのは男だろうが、隙を見せる程度には気持ちを許していたのだろう。



「お前、さっきから何か言いたそうだが、皆の前では言えないことか?」



それ以上考えると怒りに我を忘れそうな自分を感じて無理矢理ミカエルに話を向けると、ミカエルは淡々と話を続けてきた。


「アストリット様の聖紋が反応いたしました」


「なに!?」


思わず、立ち上がって大声で叫ぶ。


彼女に着けた聖紋は、生命の危険やそれに準じる危機に反応し、ミカエルの部下に届くようになっている。しかし、今まで反応は弱く、逆探知も難しかったはずだ。

姉上には秘密だが、この聖紋は彼女の感情に反応するように特化した俺のオリジナルだ。彼女が危機に対して恐怖を感じたり助けを念じた場合や、事故や病気などで痛みを感じた場合は聖紋が自動発動し、危機を伝えるようになっている。なんらかの理由で著しく生命力が落ちた場合、受信者の問い掛けに答えが無くなるので、安否確認も出来る。


姉上に着けた聖紋は、ミカエルの部下のキャサリアという姉上付きの侍女に直通している。ミカエルら二人は家に伝わる伝心術で情報を共有化出来る。公務で身動きがとれない俺よりも二人に任せて今までは数ある危機を防いできたのだ。


…しかし、足元を掬われるとは。


さすが諜報と守護を得意とするミカエルの属する一族…バウハー家だと。この方法を思い付いた時は柄にもなく浮き立ったが、今はその記憶も腹立たしいだけだ。


あの男はミカエルの補佐をしていた。俺は油断していたのだ。


「それで…姉上はどうなんだ。無事なのか!?」


「そうですね…まず命には別状はございません」


逸る気持ちを諌めながらも捲し立てる俺を、沈着冷静な親衛隊騎士は変わらぬ眼差しで見上げて儀礼的に微笑した。


「大変お疲れではございますが、健やかなご様子です」


「そうか…」

「ただ」


ミカエルの声のトーンが揺れる。

俺はぎくりと体を強張らせて息を詰めていた。



ミカエルは言うべきかどうか躊躇をしたようだが、直ぐに無表情に戻ると、跪いたまま俺を見上げて報告を始めた。


悪い予感が、する。


まさかと思いながらも考えないようにしていた疑念を、目の前の男は淡々と口にしてゆく。


その内容は憤死しかねないほど腹立たしいものだった。



***



長い沈黙。

ひりつく喉に怒りが引っ掛かり、呼吸すら忘れた俺は蒼白で立ち尽くすしかなかった。


いったい、何が言えた?


「…嘘だ」


馬鹿な男の遠吠えが自分の声だと気づく。

掠れた弱々しい不快な声。

嘘だ。

姉上が、あの男の妻となった?


あの男と…姉上が。




「…う…」



嘘だ。


周りが白くなる。


何も見えず、朦朧とした空気を掻き分けるように呻いた。叫びたい。酸素が足りない。叫びたい。


が、その一方で。


俺は自分の冷ややかな囁きに耳を傾けていた。


…取り乱したしたところでどうなる?

広間の入り口で立つ護衛が駆けつけてくるだけだ。


考えろ。

今すぐ出来ることは?

我を忘れる程の怒りよりも、事態を優位に好転させる行動は何かないのか?


感情よりも分析し、状況を把握しようとして、俺の全てが機械じかけの時計のように回り始める。


優先順位を考えろ。予測しろ。



今何が必要か?今後何が起こるのか?


「…王女を犯すなど、死罪に値する蛮行。仮に正式な婚姻だとしても、ユマの神殿の認めない婚姻など無効である」


言葉を噛み締める。

合意であろうとなかろうと不法行為には正当性はない。


「連れ添うお二人は夫婦として旅をされているそうです」


だから、それがどうした。俺はミカエルを睨む。

既に怒りの炎は、訓練された意志の力で消せたのだから、煽るだけ無駄だ。苛立ちはあるが、コントロール可能な程度だ。


「認めない。あの男は無理矢理姉上を奪った。それだけだ。姉上の本意ではない。あの男は力付くで姉上を脅して連れているだけだ。夫婦などと、笑止だ」


そんな報告は認めない。


気遣わしげなミカエルの顔付き。ドロリとした感情が俺の心臓付近で芽生えた気がした。



二人を捕まえなければならない。



だが、苦しい。

この泥ついた灼熱の感情はなんだ。



二人を捕まえて俺はどうする?


どうしたい?


「…する、ものか…」


いつの間にか呟いていた。


「ユシグ様?」


ミカエルは俺を見ていた。俺の中の何かを確かめるようなこの眼差しは、変わらない。


「いや、続けてくれ」


「はい…キャサリアによれば、お二人の向かう先は掴めております」


弾かれたように俺は立ち上がっていた。


「今すぐ立つ」


「ユシグ様?」



「手遅れになる」



もう誰にも何も言わせない。


「俺は病だ」


「…」


「当分は執務は停止。今から先回りして、その港とやらに行く」


俺が何がしたいのか、全てを心得た諦めの口調でミカエルが小さく呟いたが、俺は構わず部下を呼ぶように申し付けると、さっさと着替えに向かった。



「…お止めしても無駄、ですね…」


この日初めて見せたミカエルの呆れた表情も気に留めず、思い返しても信じられない速さで出立の手配を整えると、閉ざされた神殿から広い世界へと俺は飛び出していた。


***



暗い笑顔で低く呟く。

ミカエルに言いかけた俺の本心。


「…」



二人を幸せになど、させるものか。


「姉上…あなたは俺だけを見ていればいいんです」


呪われるのならば呪われろ。鬼畜の所業だと忌めばよい。道徳や倫理で生きていければ苦労はしない。


姉上は俺のもの。


だから俺は生きてこられた。姉上だけが俺を…認めて、愛して…いつも許してくれたから。


あの女を壊した自分を許してくれた、唯一の肉親だから。何の条件も無しで許してくれた人だから。


父親は最後まで許さなかった。

結局、姉上のことも壊れたあの女のことも、あの男は許さなかった。

たぶん、俺のことも、だ。

だがしかし、そんなことはどうでもいい。


「姉上…」


あなただけがいてくれたらいい。


そうでないのなら、この世には何の意味もない。


だから、俺は許さない。


二人を幸せになど、出来ない。





俺を愛さないあなたなど、


いらない。




話が暗くなってゆきますが、お許しください。

タグも変更する予定です。

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