◇48題名のないミステリー〜3
R15です。
処刑塔。
その屋上からの眺めは意外に解放感に溢れていた。
なんといっても、頬に当たる風が気持ちいい。風に混ざるこの、緑の香り。
ちょっと風が強くて、肌寒いが、太陽の光がじんわりと肌を射す。日焼けの恐ろしさよりなんていうか、とろけるような心地よさだ。もし私がネコなら、うん。風の強すぎない隙間を見つけて、日向ぼっこするところだ。
風の匂いがする。それが嬉しく思えるほど、外の空気は久しぶりだ。ユシグに謁見して以来だから、かれこれ1週間、塔にいることになる。あの部屋にそんなにも長くいたのかとしみじみ思い返す。
最近は、変な駆け引きめいた会話ばかりしているからか、こういう拓けた眺めは縮こまっていた気持ちを伸びやかにしてくれる。
緑一色の中に浮かぶように建ったこの塔は高さがあり、けっこう遠くまで見渡せてなかなかいい眺望だ。
数キロ先に白い神殿が見える。神殿から少し離れた辺りは建物も多いのか、緑は途切れ、茶色や灰色の尖塔が幾つも頭を覗かせている。さらにその向こう側は白くけぶるように小さな建物が隙間なく見えるが…あれがユマの街、なのだろうか。
さらに、遠くに目をやる。かなり霞んだ山脈がみえる。遠い。どうやらここは四方をぐるりと山に囲まれた平地…街から向こう側には農地があり、そこからは小さな村が点在しているようだ。よく見えない。
ちなみに私のすぐ隣には金髪の麗人が風に髪を靡かせてやや煩そうに佇んでいる…彼、ミカエルさんにあれこれ質問してもいいが、何となくこのぼんやりした時間を会話で途切れさせたくない気がして、黙ったまま私は柵代わりの壁に顎を預けて眺望を楽しむことにした。どうせ訊いても教えてはくれないだろうし。
そのまま、ずっといたかったが、屋上は風がきつくて体がすっかり冷えてしまった。結局、30分程でギブアップとなった。トイレに急に行きたくなっても困るしね。一人じゃないって息苦しいとか気持ちの問題の他に、それ以外にもいろいろと制約が多い。
「そろそろ戻ります」
「わかりました。どうぞ」
ミカエルさんは柔らかく微笑すると、手を差し出してきた。
「すみません…お願いします」
さっき、意地をはって助けを断って歩いたら…見事に石の出っ張りにつまづいて転びました。塔にある部屋の内部は普通に木の床だ。石の上に木板が貼ってあるみたいだが、しかし屋上はただの石造りのままだ。石の継ぎ目がそのままランダムに並んでいる。
この世界では珍しくもないんだろうが、アスファルトで舗装した道路が標準装備の世界から来た異界人としては、慣れていないため気を付けたつもりでも思わぬ出っ張りに足をとられて転ぶ。バリアフリーとかって概念はないのか、まったく。
ミカエルさんの手に自分の手を重ねる。彼は手袋を着けているのでまさに騎士に先導されているという感じだ。今さらながら緊張する。
歩くと意外に、屋上は広くて一辺が15メートルくらい。
この塔、四角だ。
10階建て…くらいだろうか。以前、ミカエルさんに聞いたらはぐらかされたけどね。私が脱走するとでも思ってるんだろう。
確かに、この塔で命を終える気はないけど、脱走して当てがあるわけもなし、そんな無謀なこと出来るわけないのにね…今は。…まあ、キャサリアとのやり取りの報告がミカエルさんに上がってるのなら、そう思われても仕方ないのだろうけど。
「…なんでしょうか」
「いえ…あっ!?」
にっこりと、ミカエルさんはドアの聖紋を解除しながら…思わず引きかけた私の手を引き寄せるように掴んだ。
「逃がしませんよ」
「…は?」
「私はキャサリアとは違います。あまり甘くみないで頂きたいですね」
怖いなあ…ミカエルさん。どこからみても紳士的な優男なのに、笑顔が本心からでない。それも堂々とし過ぎていて、開き直っているというか。
こんな人だったっけ。
さらに含むようににこやかに微笑を深めて言ってくる。
「上手く渡り合えているなどと思わないことです」
曖昧な微笑で流す私と、変わらず美麗な笑みをたたえるミカエルさん。
階段をゆっくりと降りる間も横にいてエスコートしてくれたけど、ユシグとはまた違った意味で生きた心地がしませんでした。知らない間に階段から突き落とされて、『事故死です』なんて報告されちゃいそうな、まだそこまでは大丈夫なんだろうけど、そんな微妙に剣呑な空気。
美形といるのに全く浮わついた雰囲気にはならないのって、異世界トリップとしてどうなんだろうか…王様からは奴隷並にしか思われていないし。
…ミカエルさんとユシグ以外も、キャサリアといい…メガネ、赤髪、みんな美形なんだけど、一筋縄ではいかないクセ者ばかりだ。性格は全員Sだし私を道具にしか思っていないし。利用価値がなくなれば放り出すだろうし。その方法が問題なんだが。
第一、異界人って、ユシグによると王の花嫁以外は不吉とされている。私の行き場はない。キャサリアの言葉も大袈裟ではないのだろう…街で働くにも身元保証がいると言っていたけど、ここは神殿のある総本山だし治安維持を考えたらそれは当然だ。だから、トリップモノでよくある…偶然人の善い食堂店主に拾われて働かせてもらうとかってあの展開は、まあ、ないだろうな…私の場合は。
ふらふらしていたら捕まって奴隷として売り飛ばされるのが関の山な感じだ。娼婦なんて年齢的に勘弁して欲しいです。
何十回もこんなことばかり考えているから、他人事みたいに呑気に言っているような錯覚を起こすが、こう見えても内心はこの先ホントにどうしようかと煮詰まっているんだよね。
というか、どうなるのだろうか私。私に自己決定権は…いやいや、とうていあるとは思えないし。
では、ユシグを誘惑して側室は身分がないから無理として、側女というか愛妾として生きていくか?
いや〜…私もう28だし今後のことも考えないとね、現実的に。28で、どうみても20代前半の人の愛人はキツい。
近くでみたらユシグは肌もつやつやして、憎たらしいくらいの数真そっくりの美形だった。あんな綺麗な男の愛人なんて、15、6のまだ初々しい人生これからの美少女がなるもんだろう。立候補は多いに違いない。とにかく、今のところこの愛人のセンが一番現実的可能性があるのが、冷静に嫌。
かといって、期限の三ヶ月後に処刑されるのもね…ここにはギロチンってあるのかわからないが、あれは痛みがない、素晴らしい発明品だとテレビで言ってたけど、それでも嫌だ。当たり前だが。
この街から逃げ出すにも、相手が王様だから、協力者を得るのは簡単じゃない。
メガネとキャサリア…この二人がキーパーソン。
すぐに事を始めるのではなく、少しずつ、少しずつ、変化を重ねながら。機会が生まれるように。
行き当たりばったりになるのは、いかんせん情報量が圧倒的不足だから仕方ない。
でも、このまま黙って王様の相手だけしているより、ずっといいはずだ。うん。今日、塔の屋上に出られたのも、キャサリアがミカエルさんに言い、王様の許可が出たからだ。
どんな理由をつけたのか知らないが、取り合えず外の空気を吸え、地理も大まかに分かった。本当にかなりおおまかだけど。屋上に行きたいとの願いはかなえられた。
一歩前進、だろう。そう思いたい。
***
自分の部屋…というかあてがわれた幽閉部屋に戻ると、王様が来ていた。
「散歩はすんだのか?」
…待たせられたことにイラついているのだろうか。厳しい目付きで、並んだミカエルさんと私の顔を睨むと…ふと視線を下げ、王様は低く呟いた。
「…来い」
ミカエルさんは私の手を王様に差し出した。それと同時に奪うように手首を捕まれ、私はユシグの腕の中にすっぽりとはまりこんでいた。おお、なんという連携プレイ、いや早業か。
「あの…王様?」
「ずいぶん遅かったな」
「すみません…て、ええっと…」
後ろから抱きすくめる格好……で、私の首にユシグの腕が触れる。ミカエルさんは微笑を張り付けたいつものポーカーフェイスでこちらを見ている。
「あの…どうかしましたか」
「別に」
やっぱり待たせられて腹を立てていたのだろうか。
なんだか機嫌が悪い…
「あの…」
なんでこんなことをするんですか?というニュアンスを込めて言ってみる。
見ようによっては恋人どうしの甘い抱擁に見えなくもない体勢。この男が私にプラスの感情を持つはずがないから。ええと、嫌味か嫌がらせなんだろうか。
「王様?」
首を背後へ回そうとすると、地を這うような低い声が耳元に忍び込んできた。
「…試しているつもりか?」
「はい?」
ユシグは屈み込んで私の顔のすぐ近くに寄ってきた…近いって…近いですよ?
頬にほぼ顔が当たっています。振り返ろうものなら顔面衝突です。
「どういうつもりなのか聞いている。俺を怒らせるつもりなのか?」
「はい?」
「…お前は俺のモノだ。ミカエルと俺を天秤にかけようなどと分不相応なことを思うな」
……え?
「そんなこと、思ってもいませんよ?」
話が見えません。
どこをどうしたらそんな発想になるんだろう。というか、何を言いたいんだこの人は?
「屋上に…行っていただけですよ?」
ユシグは私の言葉を信じるどころか、耳元に息を吹き掛ける…もとい、一方的に言っている。
「どうだかな…顔はともかく、中身は得体のしれない下賎な輩だ。身体も快楽に貪欲であったし、お前のようなあばずれは、何を考えているのやら…」
あばずれ?
「ええっと…王様?」
……もの凄く違和感がある言葉だけど…言いたいことはわかる。
もしかして。
ユシグは待たせられたことに機嫌が悪いのではなく。ミカエルさんと私が、二人っきりで出掛けて…ただの屋上だけど…
それが気にくわない、とか?
でもですね。それって、世間では言いませんか?俗に……ほら。
…。
と、私は考えかけて慌てて押し留めた。
まさかそれはない、うん。ないない。だいたい王様が自分で許可しといて、それはおかしいし。うっかり妙な仮説に嵌まり込むところだった…あぶないあぶない…
「何をまたぼんやりしている?聞き忘れていたが、お前、夫はいたのか?」
何を言い出すかと思いきや、今度は夫…ですか…
「おい?」
「えああ、はい!?ってそれより、王様?」
「なんだ」
「この手は?」
「気のせいだろう」
気のせいって…ちらりと見ると、心なしかミカエルさんが頬を赤らめているし!ぎゃあ、という自分の叫びが脳内で聴こえた…恥ずかしい恥ずかしすぎるってこれは!?
「…っ」
私が考えに耽っている間に、王様の手がですね、その…するするっと伸びてきてるんですよ。どこかと言うと。私の胸のボタンがいつの間にか外れていますね。侵入経路はここか。
「止めてくださいセクハラですよ…っ」
「せくはら?よくわからんが、気のせいだろう」
「気のせい気のせいって、王様の手はそんな勝手に動くんですかっ…て!?」
「貧弱な乳のクセに、見られながらだと興奮するとは、つくづく変態だな…『姉上』?」
くすくすくす。
どこか甘いくぐもった声で耳元をなぶられる。
「…っ!!興奮、してなんか」
「我慢するな」
言葉と裏腹に、ユシグの手つきは優しい…身をよじっても執拗に責め立ててくる。抱きすくめられて動きがとれない。
「ん…だんだん勃ってきたけど?ああ、俺のじゃなくて…ね」
「!!」
「止めてほしい?それとも、続けてほしいのか?」
胸を、ダイレクトに弄られて………頭の中がぐるぐると回る。快感と羞恥。背徳の波に体の中がさらわれそうになる。足元は、ユシグに支えられようやく立っていられる状態だ。
「やめ…」
「止めて欲しくないと、言っているぞ?この辺りは」「…っ!?」
ミカエルさんまで、『へえ、そうなんですか?』なんて微笑でこちらを見ないでください!!違いますから!
「気持ちいい?でも言わないと、剥くしかないな」
剥く…?
って…リンゴか何かを皮剥きするみたいに、さらっと発言してるけど。違うよね?いやわかる…言葉の意味はわかった。しかし人としてどうなんだ?ミカエルさんも…
さすがに微笑がひきつっている。
「で、夫は?」
なぜこうなったのかよくわからないが、質問に答えるまでいたぶるつもりなのはよーくわかった。
「夫い、いませんいませんっ…いたことないですっ」「恋人は?」
「……いませんっ」
「処女でなかったから、以前はいた、か」
にこり。
背後で、優等生然とした微笑の気配が、した気が、した。
「ま、そうだろう。訊くだけムダだったな」
興味が失せたのか、ユシグがパッと両手を離す。
その表情はよくわからないが、なぜか怒りは急に消え、馬鹿にしたように声が微かに弾んでいる。
私はへなへなと床にしゃがみこんだ。
もうなんなんだ…?勝手に怒ったり馬鹿にしたり。いったい私が何をしたというんだ。恥辱に震える…とは大袈裟だが、へたりこんだままの私にユシグは言ってきた。今度はなんだ。
「さて。出掛ける用意をしろ」
「はい…?」
「思わぬ時間を食ったが、今日は外に出してやる」
「…私が外に出る時は処刑か死体袋に収まって、じゃないんですか?どっちもイヤですが」
嫌みなのだが、もちろんスルーして王様は、私の頭にふわりと手を置いてきた。
「三ヶ月経てばな。それまでは俺の気分次第で決める」
「…」
「不満そうだな」
「い…いえ」
そう言えば、今日は外套らしきケープみたいな形のマントを王様は着けたままだ。いつもなら部屋に来たら外すのに。
「早くしろ。俺の気が変わらぬうちに」
いつもの傲慢な口調で言うと、クシャッとひとなでして、私の頭から王様の手が離れた。
…セクハラしといてよく言うよ。遅くなったのは誰のせいなんだか。
でも、外、か…
久しぶりに塔から出られる、ということに…警戒よりも、どこかうきうきする自分を感じていたのは負けなのだろうか?
とんでもなくエロい目にあったのにホイホイついてくってどうなんだろ。
それにしても、なんてエロい王様なんだ。ミカエルさんはもう復活して平然としてるけど…部下がいても全く容赦ナシだとは、思った以上の鬼畜だ。
うん。
この王様、やっぱり…
数真なみの、ドSだ…
私は胸を隠して、こっそり溜め息をついたのだった…




