◇47題名のないミステリー〜2
少し長めです。
「朝食ご馳走さまでした。キャサリアが用意してくれてたんだよね?ありがとう」
「………はい」
うつ向いたままのキャサリアがやけに低い声で呟いた。いつもの甲高い声で無く。
言葉通りの単純な返事ってだけでは無さそうだ。さっきまでの何か物言いたげな風情が、急にしぼんで…避けるようによそよそしい。
めげずに、しつこく訊ねてみる。
「あ、今何時?」
「………………11時です」
「あ、ありがとう…」
「………」
これはかなり機嫌が悪い…私を全く見ずに、黙々と食器を持参したバスケットにつめてゆくキャサリアの肩は、強張っていてとりつくしまがない。
いつもなら無愛想ながらも、こちらを見ないようにまでの露骨な無視はしないのだ。
少なくとも思い当たることがある私としては、なんとも気まずい。
このキャサリアの態度は、王様と私の、ある意味不適切な関係についての余波なのだろうか。
キャサリアは昨日王様がここに来たことを知っている。避けるような態度がなによりそのことを示している。私の世話係として王様から何か言われているのかもしれない。
しかし言わせてもらえばこの状況って、私としても不本意なのだ。ちょっとぐらい同情してくれてもよさそうなのに。
と、友達でもない彼女にそんな感情を持つこと自体が甘えであるのだろうか。彼女に依存しつつある証明なのかもと他人事のように考えが頭をよぎった。
キャサリアやミカエルさんには監視されているとはいえ、お世話になっているせいなのか気易さを覚えてしまう傾向がある。直接的に生殺与奪を握られてはいないせいだろうか?好意的に成らざるを得ないのは。私にとってユシグ王は、生存権を脅かす存在だし、他に知り合いといえば、メガネは…論外か。とにかく、会う人すべてを敵対視するほど私は芯の強い人間ではない。正直、流されやすい性格は昔からあまり変わっていないので。
「キャサリア、あの…」
「なんでしょう」
煩そうな返事に、少し挫けそうになるが、これを逃すといつ会話出来るかわからないのでさらに一声あげてみた。
「聞いて欲しいことがあるんだけど」
「…なんでしょう」
同じ言葉をキャサリアは呟いたが、今度は疑問符を語尾に感じる。私はキャサリアの背中を見つめたまま、なんと切り出すべきかとしばし考えていた。しなやかな背筋、細いうなじがすんなりとしていて綺麗だ。柔らかな長い髪はきっちりと纏め上げられ、後ろ姿からも若さが匂い立つようで可憐さに溢れている。簡素な黒の膝下ワンピース、白の胸当てエプロンが毅然とした魅力を引き立てていた。美人は何を着ても魅力的なのか。うらやましい。
そういえば初めてユシグ王に非公式に謁見した時、彼女は姿はなかった。
確か、ミカエルさんが『侍女を付ける』と王様に言っていたことを私は思い出した。なぜ今まで気にとめなかったのか。
「キャサリアは、聖紋を破ってこの部屋へ入ってくるの?」
藪からな言い方に鼻白みかけ…が、あくまで侍女としての落ち着きとマナーでもってしてキャサリアは答えてきた。たいしたものだ。
「おっしゃる意味がわかりません。扉の聖紋は、設定された人物を通すだけです。私は、事前に許可を受けて入っています」
そうなのか。
「じゃあ、王様に私が謁見していた時はどこにいたの?」
「私が、ですか?」
「そう、あなた」
「それは…申し訳ありませんがお話いたしかねます」
「まあ、答えたくないならいいよ」
「…」
「そうだ、私が独り言を言う癖があるのは、キャサリアは知っている?」
「…どういう意味でしょうか」
「これは、独り言」
私はにっこり笑った。
思ってもいない私の様子に訝る彼女を、圧倒出来ていればいいと期待を込めて、余裕たっぷりにキャサリアに近づく。
「…」
キャサリアは黙ったまま胡散臭そうに視線を強める。そんな彼女を意識から外して、私は話を続けた。
「この搭から出られる方法を、見つけた」
「…!」
息を呑む気配に私は満足して、続けた。
「異世界人って、王様のお妃になる女の子のことは世間には知られているんだろうね。
ミカエルさんはその準備で忙しいらしいし」
私がこの世界に来たのとほぼ同時に現れた王の花嫁候補の異世界人。
ユシグ王の言葉を借りれば、私よりはるかに若くて美しいという同郷の女性だ。
ユシグが私に課した三ヶ月という期間から考えて、今ふたりは婚約期間中なのだろうか。この世界でも結婚式の概念そのものは有りそうだが、王様の騎士であるミカエルさんの忙しそうな様子からいって、まだふたりの式の準備中なのだろうか。それとも式はとっくに終わっていて、新婚生活の傍ら、ユシグは自分の姉に激似の私を囲い者にしていると、そういうことなんだろうか?わからない。
すべて予測でしかないが、情報が手に入らない以上、王様の僅かな言葉やキャサリア達の様子から察して予測するしかない。
なんとも歯がゆいがキャサリアはやはり無言のままで何も言わない。私に余計なことを教えてはいけないとミカエルさんにきっと言われているのだろう。
「実は、私をここから出してくれそうな人がいてね」
「どういうことですか」
「…そんな凄まないの。独り言だから、これは。私を気にかけてくれる人がいて、ここから出してくれるお願いをしてみたら、条件付きで許可が出た」
キャサリアは値踏みするようにさらに視線を険しくして見つめてくる。
もう一息、だろうか。
「その人は、ここへも自由に入れるし、王様も気付いていない。たぶん誰かが入って来たのは分かるけど誰なのかが解らないんじゃないかな。
昨日はそのことで王様はお怒りだったけど…キャサリアは私がいなくなると困るんじゃない?お目付け役失格にはなりたくないでしょう?」
「…私に、どうしろというんです?」
「あなたの力を借りたい」
「取引ですか?」
「いいえ、これは恐喝」
「あなたは御自分の立場をわかっていないようですね…呆れました」
これからという時に話を遮られた私は戸惑った。強い光をたたえた青い瞳…キャサリアは冷静だった。
その怜悧な美貌に浮かぶ緩やかな微笑にはっとなる。良くできた秘書を思わせるキャサリアはゆっくりと間をとると、しみじみと言葉を紡ぎ始める。
「ただのはったりではなさそうですね。では、ここから出たとして、あなたはどうするんですか。なんの比護もない異界人が生きていくには、この世界はそう甘くはありませんよ?身元保証人のない女は町流しの娼婦か、娼館の高級娼婦…つまりはどちらも誰かの持ち物、奴隷です。あなたは年齢的にそう長くは街娼婦としては難しいかもしれません。
最終的には辺境へ農奴として売られるかもしれませんね…女性には力はなくとも、家事をするメイドとしてや農奴の相手をする娼婦など使い道は山ほどありますから。あなたは今は王のお気に入りかもしれませんが、ここから出たらただの余り若くない女性です」
凄い言われようだ。でも、確かにそのとおり。私には価値がない。若くもなく美人でもない。ふためと見られないほど醜くもないが、守りたくなるような可憐さも儚さもない。
王様が私を閉じ込めている理由がわからないのだ。
お気に入り?それはユシグの姉に私が似ているから?そんな理由で自分を誘惑するよう強要するのは不自然だ。なぜユシグの姉がいないのか理由は知らないが、私が本人でないことに一番苛立っているのはユシグなのだから。
「確かに。でもここにいても殺されるのなら奴隷のほうがまだましじゃない?」
「その、あなたの協力者は信用できるんでしょうか?こういってはなんですが、王に反目する輩はいつの時代もいます。あなたはただ利用されて終わり、という可能性もあります」
「…」
キャサリアの淡々とした話ぶりを聞いていると、反論の意気が下がるのが自分でもわかる。
黙り込んだ私へさらに、彼女は言葉を強めてきた。
「条件付き…それはどんな条件です?あなたはもはや王の囲い者、側女…今後も上手く寵を受け続けられれば、側室も夢ではありません。
あの王がお手を触れた数少ない女性ですから可能性はあります。
そんなあなたを条件付きで利用しようとするなんて、許せません。これは、王に対する反逆です」
私は間違ったのだろうか。持ちかけるべきではなかったのか?
私を見るキャサリアには若い女の子の持つたおやかな影すらない。王の臣下としての忠実な僕だ。
「私はここから出たいだけ。ユシグ王の言うなりには」
「では、ここから出たら自由になれると?」
キャサリアは馬鹿にしたように苦笑した。
「どれだけ甘い世界から来たのやら。ただのあなたに何が望めるんです?御自分の名前すらわからないあなたに」
キャサリアの放つ冷たい刺を気にしてなどいられない。食い下がるだけやってみなければ。
「あなたの力がいる。私に協力して欲しい」
「これだけ申し上げてもわからないのですね?」
「わかっていないのはキャサリアじゃないの?」
私はキャサリアを観察した。自分でも驚くくらい私は落ち着いていた。彼女は相変わらず無表情のまま私を見つめ返してくる。いつもの私ならその強い眼差しに縮み上がってしまいそうだ。
「この塔は王様と許可された者以外は誰も入れないはずでしょう?でもあなたが言うところの協力者は勝手に入って来た。私がここにいることを知っていなければ出来ないことだよね…?でもあなたに話してもあなたはちっとも驚かなかった。普段のあなたなら私にどんな人物かと聞くんじゃない?どんな見かけをしていたか、何を話したのかって。
だって『王に対する反逆者』なんでしょう?きちんと事実を確認する必要がある。でもそれをしなかった。それどころかむしろ、私が塔から出ないようにと『説得』しようとした。私がここを『出る』ことにばかりあなたは警戒している。つまり、キャサリア、あなたにとって『協力者』の存在は確認する必要はなかった…」
そう。キャサリアはあまりに冷静過ぎるのだ。
彼女はこんなに落ち着いた性格じゃない。
あの赤髪の男と私が偶然森で出会った時、彼女は私に苛立っていた。
ふらふら出歩いた私に感情をあらわにしていたじゃないか。あれは本当に偶然だった。赤髪の男に会ったのは。
だから、もしかして。
いや、恐らく、だ。
「キャサリア、あなたはメガネを知っているんでしょう?」
「…」
無表情のままキャサリアの口元だけがピクリと動いた。
「もう認めたら?あなたはメガネがここに来るのを知っていたんでしょう?」
そしてメガネには私をここから脱出させる可能性があると、キャサリアは恐れているのだ。
メガネにそんな力が本当にあるとしても、まさか私をここから出す気がある、いや可能性がある状況だとは…この世界の勢力情勢にまるで疎くて、メガネの立場がよくわからず、半信半疑だった私としては、キャサリアの今回の一連の反応は意外だった。
「メガネは、何者?」
唇を軽く引き結ぶと、キャサリアは覚悟したように私をみた。あくまでシラをきるつもりだ。
「知りません」
「知っているよね?」
「…」
「嘘。知っているくせに」
「…」
「話さないと、私、本当に逃げるよ?いいの?」
「知りませんよ…そんな男」
そしてとうとう、詰問を続けられたキャサリアは、呟いた後…みるみるうちに青ざめた。
自分の発言の失態に気づいたらしいが、もう遅い。
「ふぅん…」
私は一言も言っていない。なのによくわかりましたねとここは嫌味たらしく誉めるべき?まるでユシグみたいに?それは趣味じゃない。あのドSなシスコンエロ王の、愛する姉上の身代わりお人形のまま、こんな所で黙ってあと三ヶ月を過ごすなんて、まっぴらだ。つまらないながらも私にだってプライドはある。せめて人間扱いされてひっそりと生きる権利を死守したい。飽きたらユシグは私を処刑するつもりなのだろうが、そうは問屋は卸しません。
「そう…メガネは男、やっぱり知っていたの。
あんたたちは…私からみたら似たり寄ったりな力を持ってるみたいだけど、私はどちらを信用したらいいのか考えさせてもらおうかな」
―かかった。一言でいうと上々の首尾だ。
疲れるし楽しくはないが、これからの生活、いや命が懸かっているのだからこういう駆け引きを面倒がってはいけない。キャサリアの力は未知だから不安もあるが、不安に踊らされてはアウトだ。
でも、思ってしまうのは仕方ない。こんな会話はとても虚しい。
なんだか無性に数真に逢いたい気分だった。
サブタイ名折れになりそうですが…まだ続きます。
最近出番のない人が次回は出られるかもしれません。当分(ずっと?)主人公には辛い日々が続きますが、彼女はドMなので大丈夫かと。
今回は更新がかなり遅くなってしまいました。読んで下さりありがとうございます。




