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◇29マサハル君〜2

私は霊感もないし不思議体験も経験ない。だから、イタコとか霊媒とかそういうのって信じられないのだ。

まあ数真は死んではいないんだけど。


「倉橋さん…私のことヘンなヤツだと思いますか?」


あえて触れたくないところをダイレクトに突きましたね?


数真が側にいるとかいないとかって、なんてコメントすべきなんだ。


平静を装いながら、心中は脂汗でダラダラものだった。

このシチュで黙るのは彼の発言を肯定するほかならないんじゃないのか、と思う。


それは…それはよくない気がする。


だいたい、まだろくに彼と話もしていないし、もし仮に彼が知っているのなら、数真の記憶が無くなった理由を教えて欲しいのだから。

でも、マサハルくんの言い方だと、なんだか数真がもうひとりいるような、そんな感じにも取れる。



―数真が、もうひとり、いる…?


いやいやいや待て。



それはない。ドッペルゲンガ―?ありません。ないです。存在しない。



現代人として、いや社会人として大切なものを失ってはいけない。なんでも安易に超状現象に原因を求めてはだめだよね。

物事には原因があり結果がある。タネのない手品はないのだから。



たまたま、何かの拍子で数真と私のことを知り…それも不思議だが…マサハルくんはまあ…触発されて妄想した、のだろうか。


もしそれが事実ならちょっとガッカリ…いやだいぶガッカリだ。


28にもなってなにやってるんだか…こんなところにまで私は何をしに来たのだろう?何を確かめたかったのか。



―『そんなに弟がヨカッタ訳?』



忘れたい過去までよみがえってくる。


無言に陥った私に柔らかな声がかけられた。


「会いたくなったら、いつでも言ってくださいね」


「え…あ、はい」



…会いたくなるって誰に?

すごく聞きたかったがそれを口にするとまたいろいろと失ってしまいそうで…主に精神力を…私は口を曖昧に閉じた。


どこか私を労るような表情。裏のなさそうな柔らかな微笑。


疲れた顔付きなのに、やつれた感じなのに、端正で知的なお顔が優しげに映るから得な人だ。


気を張っていたぶん、なんだかいっぺんに疲れが押し寄せてきた。

私はにこやかなマサハルくんをただ黙って見詰めることしか出来ない。


思っていた以上に、動揺している。自分で考えているほどクールでもなく顔に出やすい質なのだろうか。


マサハルくんはそんな私の気持ちには関係ないかのごとくあくまでやっぱり笑顔だった。


◇◇◇



過去にこだわってしか生きていない後ろ向きな自分が嫌なんだ。


わかっている。


数真はもう以前の数真じゃないんだから、私も忘れてしまえばいい。

首筋までお風呂に浸かる。ゆらゆらと熱いお湯が身体の澱を抜くような、染み渡る感覚。口からホッとため息が出た。

気持ちいいなあ。



このあたりにはホテルもなくて、私は来客用の部屋に泊めてもらえることになったのだ。


狙っていたわけじゃなかったけど、タクシーも夜は来てくれないってのは想定外だったから助かった。


私が押し黙ったことで会話は続行不能とみなされ、職員の田中さんにより、本日のところはお開きと相成った。



私はどうしてこんなに数真に拘るんだろう。


そうだよね、いつまでも終わった恋にしがみついているなんて、見苦しい。


恋…か。そもそもアレが恋愛といえるのかどうかも怪しいな。


自分でもわかっている。 未練がましい、不毛な感情だ。


「バカだよ…」


あれほど強く求められたことはなかったのだ。




あの時までも、あれからも。私という存在をあれほど強く求められたことはなかった。



熱いお湯に浸る。肩口までのたっぷりのお湯に満たされた湯船は足を伸ばしてもまだ余裕があるほどだ。


「数真…」


会いたい。


心が勝手に探してしまう。

どろどろな執着を勘違いしてしまった私は。苦しいくらいの数真の偏執を忘れられないのだ。


心が震えるほどに求められ、満たされた記憶は消せない。



赤い靴。


一度履くと二度と脱げず、嫌でも死ぬまで踊らずにはいられない、美しい魔性の靴を手にいれた少女の話。


あの話の少女は木こりに足を斬ってもらい、足と引き換えに自由を得たのだ。


でもそのあとはどうしたんだろうか?


かつて美しく踊れた悦びを思い出すことはなかったのだろうか?


もしかしたら。


せっかく命拾いしたのに、あのまま踊り続けていたら…と願いにも似た妄想に耽る瞬間も、あったかもしれない。


二度と踊れなくなってわかってしまったかもしれない。



彼女は、美しく踊り、恍惚とした悦びに包まれながら一生を終える選択をしなかった自分を…どう思っていたのだろう?




それから明くる日にまた私はマサハルくんに面会した。もちろん引き続き田中さんの付き添い付きだ。

当たり障りのない話題の会話が進んでいったが、マサハルくんはまた唐突に、昨日の件を持ち出して聞いてきた。


「どうですか?また彼に会いたいという決心は出来ましたか?」


…決心?


いったい何の事だと私は眉根をよせかけたが、取り繕うように慌ただしく口を開いた。


「どうしてあなたが私のことをを知ってるのか、教えてもらえませんか?彼に会えるって、それはどういう意味なんです?」


「…私はあなたの意志を確認する役目です。説明責任は残念ながらありませんので」


相変わらずはぐらかされる。さっきから何度も会話に挟み込み聞いているのだが教えてくれない。

なぜだろうか。

私の反応を楽しむように彼はにこやかな態度を崩さない。それも気に障った。


まさにいい加減、苛つきが声に出てしまいそうな時のマサハルくんの発言だったのだ。


「会いたいんでしょう?例え全てを失ってでも」


マサハルくんはわかっているのだ、と言いたげに含み笑い…微笑している。


なんなんだ。


「あなたの大切な人に、ですよ?会いたいんでしょう?」


私はカッとなった。


「でなければこんなところにまでお邪魔してませんよ?」


眼鏡の奥の瞳を見返す。


「確認します。あなたは会いたいですか?」


昨日は確かいつでも言えと余裕だったのに、今日の彼の態度はしつこく感じる。



「私は…」




「倉橋さん、大丈夫ですか?」


田中さんが心配そうに口を挟んでくる。


邪魔されたくない、と思ってしまった。



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