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私の家は、代々王国に仕える騎士の家系だ。

 ……とはいっても、普通の騎士の家とは少し違う。

 我が一族には、何百年も受け継がれてきた絶対の掟がある。


 ――己が「主」と定めた者には、生涯をかけて仕えよ。


 それが王族であろうと、貴族であろうと、平民であろうと関係ない。


 一度「この人だ」と決めたなら、その誓いは決して覆らない。


 家名を守ることよりも、その忠誠を貫くことの方が重い。

だから私たちは、男女の区別なく幼い頃から徹底的に鍛えられる。


 剣術、体術、礼儀作法、歴史、戦術、野営術、魔法。


 主を守るために必要なことは、何一つ妥協しない。


 そんな変わった家風だから、他の貴族たちからは「変人一族」なんて陰で言われることもある。


 でも、それで構わない。


 私たち一族は、一度忠誠を誓った主を決して裏切らない。


 そのことだけは、どんな貴族も認めてくれていた。


 そんな一族に生まれた私は、兄弟姉妹の中でも剣術だけは誰にも負けなかった。


 木剣を握れば年上の兄に勝つことも珍しくなく、父からも「お前には剣の才がある」と褒められていた。


 ……その代わり、魔法は悲しくなるほど才能がなかったけれど。


 魔力はある。


 知識だってちゃんと勉強した。


 それでも、どうしてもうまく扱えない。


 先生たちは首を傾げていたけれど、私はあまり気にしていなかった。


剣が強ければ、きっと何とかなる


 足りないところは工夫で補えばいい。

私は昔から、そういう性格だった。


 

九歳になった春。

 私は両親に連れられて、王家主催のお茶会へ参加することになった。

王城の庭園には色とりどりの花が咲き誇り、美味しそうなお茶菓子が並んでいる。

私と同じくらいの年齢の子どもたちも大勢集められていた。


 親睦を深めたり、将来の婚約者候補と出会ったりするためのお茶会らしい。


 私は両親の隣で令嬢らしく微笑みながら、貴族の方々へ挨拶をして回っていた。


 その時だった。


 ふと、一人の男の子が目に留まる。


 みんなが楽しそうに話している輪から少し離れた場所で、夢中になってお茶菓子を頬張っている栗色の髪の少年。


 綺麗な顔立ちをしているのに、その姿はどこか子犬みたいで可愛らしい。


甘いお菓子がそんなに美味しいのだろうか。


 頬いっぱいにケーキを詰め込んで、幸せそうに笑っている。

思わず口元が緩んだ。



 なんでだろう

初めて会うはずなのに。


 どうしてこんなにも気になるんだろう。


 話しかけてみたい。


 そう思って、一歩踏み出した。


その瞬間だった。

 少年の後ろの空間が、ぐにゃりと歪んだ。

黒い影が飛び出す。

猿によく似た魔獣。

鋭い牙を剥き、長い爪を振り上げながら、少年へ一直線に飛びかかっていた。


「危ない!」


 考えるより先に身体が動いていた。

私は全力で地面を蹴る。

少年との距離を一気に詰め、そのまま思い切り抱きつくように飛び込んだ。

勢いのまま床を転がる。

せめて頭だけは打たせないように、私は彼をしっかりと抱き締めた。


 その直後。


 ビリッ、と布が裂ける音が響く。


 熱い。


 背中が焼けるように熱い。

 魔獣の鋭い爪が、私の背中を掠めていた。

ドレスが、じわりと赤く染まっていく。


 痛い。

悲鳴を上げたいくらい痛い。


 だけど、それより先に確認したのは腕の中の少年だった。

怪我は……ない。

よかった 。

本当に、それだけで安心した。


「魔獣だ!」


「子どもたちを避難させろ!」


 ようやく異変に気付いた騎士たちが駆けつけ、魔獣との戦いが始まる。

私はその音を遠くに聞きながら、腕の中の少年を見つめた。

少年もまた、大きな瞳で私を見上げていた。


「……ありがとう」


 少し震えた声。


「君、可愛いのに……かっこいいんだね」


 そんなことを言われるなんて思ってもいなくて、こんな状況なのに思わず笑ってしまった。


「あなたが怪我をしなくて、本当によかったです」


 そう答えると、少年はほっとしたように笑った。

……けれど、その笑顔はすぐに曇る。


「あっ……」


 そっと私の髪に触れた。


「君の綺麗な髪も切れちゃってる……」


 視線を向けると、銀色の髪が何本も床へ落ちていた。

私は首を横に振る。


「髪なら、また伸びます。それより、あなたが無事でよかった」


 すると少年は目を丸くして、ふわりと笑った。


「どこまで治せるか分からないけど……治してあげるね」


 少年は私の頬を両手で包み込んだ。

そっと額が触れ合う。

驚く間もなく、彼は静かに目を閉じた。

次の瞬間。

柔らかな金色の光が彼の身体から溢れ出す。

温かな魔力が私の身体へ流れ込み、背中の痛みがすうっと消えていく。

傷口は塞がり、切れてしまった髪まで元通りになっていた。


 ……こんな魔法、見たことがない。


「よかった。ちゃんと治せた」


 嬉しそうに笑う少年。


「これは、お礼だよ。優しくて勇敢な人」


 ――その瞬間だった。


 胸が大きく鳴った。


 この人だ。


 そう思った。


 理由なんて何一つない。


 それなのに、心が叫んでいる。


 この人こそ、私がずっと探していた人。


 私が生涯をかけて守るべき人。


 この人のために剣を振るいたい。


 この人が笑っていてくれるなら、それだけでいい。


 ああ。


 きっと、これが運命なんだ。


 私は静かに立ち上がると、近くにいた騎士へ歩み寄った。


「申し訳ありません。剣を、お借りできますか」


 騎士様は困惑した顔を浮かべながらも、私に剣を渡してくださる。


 私はそれを受け取ると、少年の前へ戻った。


 そして片膝をつき、胸に手を当てる。


 幼い頃から何度も教え込まれた、騎士として最も重い礼。


 私は真っ直ぐ彼を見つめた。


「今この時より――私はあなたの騎士として、生涯あなたにすべてを捧げます」


 周囲が静まり返る。


 その言葉がどれほど重いものか、この場にいる大人たちは誰もが知っていた。


 私は剣を逆手に持ち替える。


 迷いはない。


 銀色の長い髪へ刃を入れた。

 さらり、と髪が肩から滑り落ちる。

 切り落とした髪を両手で抱え、彼へ差し出した。


「これが、ひとまず私の忠誠の証です」


 彼は何も言えず、ただ大きく目を見開いていた。


その瞳を見つめながら、私は確信する。

この誓いを後悔する日は、きっと一生来ない。


 私の人生は、この瞬間から、この人のためにあるのだから。

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