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ロザリオの掩祝  作者: 民間人。
第一玄義:正義1

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第一玄義:正義3

 かつて白の民の中にも、穢土との往来を自由にしようという動きはあった。それは、都市へのアクセスを気軽に行い、手工業品を手軽に手に入れるためであったそうだ。アイテスは虫唾が走るこの堕落した思想に関して、これまでほとんど考えなかったのであるが、朝の第一課から第三課までの間は、この思想がずっと脳裏を支配していたのである。


 ノゼンダが外の世界に関心を持ったのは、一体何故なのか。早とちりではあるが、彼の中では昨晩の出来事は半ば確信を得た事項となっていた。


(刺激はしない方がいい・・・でも、救うためには、最終手段に出る必要もあるかもしれないし・・・)


 アイテスの視線は四六時中ノゼンダに釘付けであった。とにかく、ノゼンダが不審な動きをしないようにしなければならない。彼の強い正義感が、穢を運ぶ罪人を取り逃しはしないようにと逸っていた。


 講義が終わり、昼食の時間がやってくると、アイテスはグッズや友人が席に集まってくるのを拒むように、即座に席を立った。


 ちょうど彼の席へと駆け寄ってきたグッズが半ば避けられるような形でアイテスとすれ違いになるのを、彼は昨夜の無配慮な盛り上がりのせいだと感じるのは、無理からぬことであった。

 グッズはアイテスに纏わりつきながら、しつこく声を掛ける。

「おーいアイテスー、起きてますかー。俺なんかしちゃったー?」


 グッズの行動につい苛立ちを覚えたアイテスは、普段は滅多にしない荒々しい声で、強い非難の意思を伝えた。


「なに?ちょっと急いでるから。ごめん、後にしてよ」

「なんでだよ、一緒に飯食おうぜ。昨日のことはごめんよ」

「うるさいなぁ、ちょっと忙しいんだって!」


 その声に、室内が静まり返った。グッズもたじろぎ、アイテスから距離を置く。後退る際にかかとを机に打ち付けた彼は、泣きそうなか細い声で「・・・ごめん」と言った。


 我に返ったアイテスの心に強い自責の念が生まれたのはこの時であった。彼はグッズに言われた言葉をそのままグッズへと返した。

 その時、ノゼンダが席を立ったので、アイテスも彼を追ってその場から逃げ出したのだった。


 廊下に出たノゼンダは、学士区の中に敷設された図書館へ向かっていた。その背中に廊下の半ばあたりで追いついたアイテスは、彼の名前を大きな声で呼んだ。


 ノゼンダは振り返り、不思議そうに首を傾げている。アイテスとの関わりの薄さを考えれば、当然のことであった。

 アイテスは手元にある分厚い図書に視線を落としながら、ノゼンダにあくまで穏やかに語り掛けた。


「ねぇ、ノゼンダくん。昨日さ、君、『外』に触れてなかった・・・?」


 ノゼンダは不思議そうに首を傾げるだけで、言葉を返そうとはしない。アイテスは少しだけ語気を強くして、ノゼンダの手元にある本の題字を覗き込みながら続ける。


「あのさ、ノゼンダくん。穢に触れることは許されないことなんだけど・・・。つまりは、窓からでも『外』に身を乗り出すことは穢に触れることなんだけど、分かってる?もし、もしも僕の勘違いだったらいいのだけれど・・・」


 ノゼンダは手元の本をぎゅっと握りしめる。さながら題字を隠すかのようにも見える。

 アイテスの表情が自然と険しくなっていくのを読み取った彼は、目を泳がせ、視線を逸らして細い声を出した。


「・・・失礼ですけど、人、違い、かと・・・」


 声をかき消すように、バン、という大きな音を立てて、アイテスの手が壁に迫った。

 思わず目を瞑るノゼンダに、凄みのある無表情で顔を近づける。


「本当?嘘じゃない?」


 声音は静かで、しかし不気味な威圧感がある。ノゼンダは本を大事に両手で胸に抱き、文字通り表紙を庇いながら、一回り小さいはずのアイテスの鬼気迫る表情に怯えながら答えた。


「嘘じゃないです・・・」


 アイテスのぎらぎらとした瞳がノゼンダの鼻先まで迫る。見開いた瞳には異様な使命感からか深く淀んでおり、ノゼンダの怯えた表情だけがその中にはっきりと反射している。

 そして、ゆっくりと壁から手を離したアイテスは、ノゼンダから距離を置くと、安堵に満ちた大きな吐息をこぼした。


「良かった。見間違いなら・・・」


 心底安心したという風に穏やかな口調を取り戻す。そして、ノゼンダに苦笑いを向けて、「酷いことして、ごめん」という。ノゼンダは戸惑いながら頷くと、逃げるようにその場から立ち去った。


 アイテスはノゼンダが図書館に逃げ込む様子を見送る。自身の手のひらにゆっくりと視線を落とすと、それは先程の衝撃で薄らと赤く変わっていた。


 彼の優しげな表情が、みるみる闇に満ちる。丸く自信に満ちた瞳はきっと鋭く持ち上がり、瞳孔が一気に縮んで眉がつり上がる。


「・・・黒だ」


 ノゼンダが隠し、アイテスが覗き見た書籍は、天文学に関する書籍であった。アイテスは耐え難い事実に俯きながら、講義室へと戻っていく。その間も、脳裏をめぐる思考は『今後』のことであった。


 アイテスがはっきりと認めるほど、ノゼンダは優秀な成績の持ち主である。普段から給仕係として、周囲の同学年からは軽んじられているが、少なくともアイテスは、ノゼンダが優れた知性を持つ少年であると認知している。


 そうであるから、かえって彼はノゼンダが『黒である』と確信したのである。


 講義室へ戻って来るなり、グッズがぐずぐずと鼻を鳴らしながらアイテスに駆け寄ってくる。グッズは赤い鼻先をアイテスの瞳に向けて、にかっと明るい表情をした。


「お、お帰り!なぁ、飯食べちゃった?」

「お待たせ。・・・ごめん、食べよっか・・・」


 アイテスの声音はとても沈んでいた。何とか口角は持ち上がるものの、その表情に力がないことは明らかだった。グッズは眉根を寄せ、一瞬表情を曇らせたが、すぐに持ち直して笑顔を作る。


「腹減ったー。食おうぜ、食おうぜ!」


 グッズは鼻を啜る。すっかり冷めてしまった食事を寄せ合って、二人はようやく食事を始めた。


 アイテスは終始、心ここにあらずという様子で冷たい食事を口へ運び続けた。


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