028 正体
「それでは、俺の反逆の罪についてから、話を始めようか」
「おい! 待ってくれ。彼女の体調が悪いようなんだ」
フロレンティーナの様子がおかしいと思ったのか、フレデリックは彼女の背に手を当てて心配そうにしていた。
「はっ……悪いのは、体調ではなくて、都合だろ。オーキッド。馬鹿男が、お前、その女に良いように使われやがって。とにかく、休ませるならすべてが片付いてからだ」
フレデリックの言いようを鼻で笑ったヴィルフリートが正面に居た衛兵に合図をすると、彼らは縄で締め上げられた若い男を私たちの前に連れてきた。
「フロレンティーナ・リキエル。お前の攻略方法が、俺にはわかったんだよ。つまり、人が少なければある程度操作することが出来るが、これだけ多くの人数を操作することは出来ない。どうだ? 図星だろう? しかも、もう聖女の能力も使うことは出来ない。詰んだな」
「やめてっ……やめて!!」
フロレンティーナの叫びを無視して、ヴィルフリートは前に来た男に目を向けた。
「……おいっ! 縄を解けよっ! なんだよ!」
暴れる男の訴えを一切無視し、ヴィルフリートは淡々と尋ねた。
「証言者は、お前だろ? なんで、俺が反逆罪に値すると思った?」
「……っ……わからないっ……金をくれるって、あの女が金をくれるから、そのくらい良いかって……なんか、思って……おかしいんだ。普通なら、そんなこと、引き受けないのにっ……あの女がっ……あれ? なんで……あんなことを言ったんだろう」
証言者と呼ばれた男は、座り込んでいたフロレンティーナを見て、不思議そうに言った。
「嘘よ! 嘘よ! 嘘よ! 何言っているの。私が何か、そんなことをするわけないでしょう!!」
フロレンティーナは、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。その姿を見て彼女の裏の顔を知っている私も驚いたので、周囲がもっと驚いているはずだ。
儚げな聖女に見えたフロレンティーナの、激しい一面について。
「はい。それでは、この話は終わりな。あと、俺は反逆など企んだこともない。よし。終了……では、ブライス・ルブランが、そこの聖女フロレンティーナの殺害を目論んだという罪の件だ」
ヴィルフリートはまた、衛兵に合図をして彼らは二人の給仕たちを連れて来た。
「すっ……すみません! 許してください!」
「わからないんです! 僕も……何故、見ても居ないことを、証言してしまったのか……」
おろおろとした様子で語る給仕……あ。この人たち、見たわ。私がフロレンティーナに毒を盛ったと証言した人たちだ。
そんな様子を見て、フロレンティーナは奇声をあげて、こっちに来ようとするのをフレデリックに止められていた。
すごいわ……こんな方法で、フロレンティーナを追い詰めるだなんて、私なら絶対に思いつかなかった。
周囲を見れば貴族たちは興味津々で、こちらを見ている。彼らからすれば、こんなにも面白いことはないのかもしれない。
これまでは清らか可憐だと思われていた聖女フロレンティーナの転落劇、無関係の人からすればこんなにも楽しい見世物はないわよね。
それにこれだけの人数が、一斉にこれを目撃していた。
フロレンティーナはもう、フレデリックのオーキッド公爵家の権力を使おうが何をどうしようが、どうにも言い逃れは出来ない状況だった。
「では、お前たちはその目で見てもいないことを、何故か証言してしまったと?」
「そうなんです! 変な力に強制されているようでした……今は、何故かそれがわかります」
「僕もそうです。ブライス様が毒を入れているのを見たと言わなければと……それに、その後も真実を言ってはいけない気がしていました。フロレンティーナ様に会ってから、そうしなくてはいけないと思って……今は……頭の中が、はっきりとしています」
給仕の彼らは二人は、目を合わせて頷き合っていた。
ああ……凄い。この二人は虚偽の証言をさせられただけで、何も悪くないんだ。
私はなんだか、その光景を見て、胸が一杯になった。
あれだけ誰にもわかってもらえないと、もがき苦しんだけれど、フロレンティーナたちの罪は、これで白日の下に晒されることとなった。
悪いのは、フロレンティーナ……それに、オーキッド公爵家の立場を使って、再調査もせずに国外追放を言い渡したフレデリックだわ。
これだけの貴族たちが見ていれば、ヴィルフリートと私の冤罪は完全にフロレンティーナが企んだことと、明らかになっただろう。
「よし。もうお前たちは、行って良い。衛兵たちに付いて、先ほどの件も証言しておくように」
二人は項垂れて立ち上がり、衛兵たちに連れて行かれた。
私はなんだか気の毒になった。彼らが悪いわけではない。利用したフロレンティーナが悪いのだけど、形式的には一度した証言を撤回することになる。
何も悪くない彼らが罪に問われないか心配だから、後で処分も確認しておかないと……。
「聖女フロレンティーナ・リキエル。二件の犯罪ともに、何故かお前の名が出たようだが?」
ニヤニヤとした悪い笑みを浮かべて、ヴィルフリートは言った。彼はドSなので、こういう展開は非常に楽しいのだと思う。
「違う! 違う! ちがうわ!!! そこにいる、ブライスが!!! 全部、悪いの!!」
フロレンティーナはこれまでに思いつきもしなかった事態が起こり、動揺してか首を何度も横に振って甲高い声でわめき散らすばかりで、とてもまともな話は出来なさそうだった。
これから……どうするのかしら、私が疑問に思った時に、聞き覚えのある声が背後からした。
「……ヴィルフリート。そろそろ良いだろう。お前のやりたかったことは、すべて終わったようだ」
……え?
嘘でしょう。この人って……良く見覚えがあるわ。
「オルランド殿下。この場をお借りして、ありがとうございました」
そこで王族に相応しく赤いマントと華美な衣装を身に付けて現れた彼は、良く温室で昼寝をしていたオルランド……私がいつも昼寝していて暇そうな文官だと思っていた、あのオルランドだった。




