ひと粒のコーン
自動販売機の「あったか〜い」でお馴染みのコーンポタージュを買った。寒さに震えた夜に飲めば、心に染み入るようにあったか〜い。三分の二を飲み切った頃、私は深呼吸した。手の力を抜き、スチール缶をゆっくりと回す。手の感覚を研ぎ澄ませ、内部の流れを指先で読む。
「今日こそは、いける」
私はタイミングを見計らい、一気に飲み込んだ。喉元には確かな手応えが……いや、喉応えがある。勝った。私は勝ったはずだ。期待を込めて缶を覗き込む。
飲み口のすぐそこには、黄色に艶めくひと粒のコーン。私はそっと呟いた。
「あったんか〜い」
コーンポタージュの最後のひと粒はどうやっても取り出せない。そいつには「絶対に外に出てやるもんか」と言わんばかりの意地がある。世界の重力は、最後のひと粒だけに不公平のようだ。
こうなってしまってはもう手遅れ、もはや最後のひと粒を救う手立てはない。水を入れて振り回したり、缶切りで開封するという最終手段はある。だがそれは、だめなのだ。自販機飲料の流儀を逸している。
私は肩を落とし、それを空き缶箱に入れようとした。すると、コロンという小さな音がかすかに耳に届いた。視界の端で何かがきらりと跳ねた……ような気がした。それと同時にスチール缶は私の手を離れ、空き缶箱にゴトンという音を落とした。
とぼとぼと帰路につく。頭の中で今日の敗因を振り返る。回転力が足りなかったのか、吸引角度が甘かったのか、飲み方に突破口があるのか、今日も敗北の考察は続いた。
玄関のドアを開ける。中の空気は、外の寒さとは違う、乾いた静けさを持っていた。
しんとした仄暗い廊下に「ただいま」と告げ、足元を見ると、靴の上には黄色に艶めくコーンがひと粒乗っていた。玄関の灯りに照らされ、ひと粒なのに妙に存在感がある。私はコーンに視線を合わせ、数秒間見つめ合った。
「……これは絶対に喋るやつだ」
心のどこかで確信していた。
マンガやアニメのあったか〜い展開──間違いなく、“来る”。
「いつも救い出す方法を考えてくれてありがとう」と感謝してくるか「もっとうまくやれよ」と皮肉を言ってくるやつ。
私はごくりと唾を飲む。
コーンは小さく揺れた……ような気がした。
玄関の時計が、カチ……カチ……と音を刻む。
その一拍一拍が、コーンの覚醒を待つ合図のように思えた。
……
……
……こない。
コーンはただ、つやつやしているだけだった。
「コーンないんか〜い」
家の中は妙に乾き、急につめたくなった。
ふと視線を足元から外したその一瞬、ひと粒のコーンが、玄関の灯りの中で、ほんのわずかに──コロン、と転がったように見えた。




