水晶玉、或ひは茶番
〈土砂降りや吾は吾に籠もる颱風 涙次〉
【ⅰ】
魔界‐「ロールパン」はまだ蘇生して來ない(前回參照)。まとまりを欠く内に叩いて置かうとカンテラ、じろさんとテオ、そして金尾を誘つて「思念上」のトンネルを下つた。宵の口である。
「開發センター」の牧野の前には水晶玉が置かれた。勿論、牧野の體内の遷姫に、* 金尾の活躍ぶりをみせる為である。實況担当・笑はテオ。午后7時の時報を待つて、金尾は泥と化し、そしてゴーレムと化した。
* 当該シリーズ第39話參照。
【ⅱ】
テオ「さあ準備万端です。金尾くんのゴーレム、その働きが期待されるのですが...」ところが遷姫、生欠伸などをしてゐる。こんなお膳立てをして貰はなきや、仕事出來ない金尾だったかな、と思ひ、少々興を削がれたのである。水晶玉が何の為に置かれたか、も彼女には分かつてゐた。野性、と云ふ點では、確かに牧野の方が勝つてゐる、と遷姫には思われた。水晶玉のなかでは、金尾のゴーレムが当たり構はず魔界の物を壊して行く有り様が映し出されてゐる。
【ⅲ】
テオ「流石のゴーレムのパワーに、なす術もない【魔】たち!」
「ネエふるー」と遷姫が體内から牧野に語り掛けた。「何だい、遷ちやん?」‐「コンナノ茶番ダト思ハナイ? 妾ニ見セツケヤウトシテイルノヨ、かんてらハ」‐「何を?」‐「重悟ノごーれむノ活躍ヲヨ」‐「な、何でさ...」牧野は色戀の事に関しては鈍感だつた。第一、彼には尊子と云ふ戀人がゐる。それに、ことさら遷姫と尊子を秤に掛けるやうな事はしなかつた。
【ⅳ】
「アーア、退屈ダワー。水晶玉、何処カ妾ノ見エナイトコロニ置イテヨ、ふる」折角のカンテラの骨折りも、遷姫の情熱過多には、効かなかつたやうである。もう金尾ぢや駄目なのは、目に見えてゐた。然しカンテラは、一味に色戀沙汰で波風が立つのは避けたかつた。これは、人を使ふ者なら、誰でもさう思ふところであらう。「ヤラセダワ、コンナノ」遷姫は醒めてゐた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈腰痛に獨り轉びて髙嗤ふ我が愚者ぶりよ今朝は土砂降り 平手みき〉
【ⅴ】
金尾はそんな事ともつゆ知らず、魔界を荒し回つたのだが、遷姫の得點を稼ぐ事が出來ず、然も、自分の立場が對遷姫的には、もうかなり危ふいところ迄來てゐるとは、氣付かなかつたのである。
魔界に下りた一同が帰つて來た。カンテラ、「開發センター」に連絡、「だうだつた?」と牧野に尋ねた。「え、何がですか?」‐「水晶玉だよ」‐「水晶玉なら遷ちやんが目障りだと云つたんで、どかしました」‐「な、何ー!?」
【ⅵ】
牧野、何の事やらさつぱり分からず、きよとんとしてゐる。これは、鈍感にも程があるつて事だらう。カンテラは自分の作戰が失敗裡に終はつた事を知つた。「もうだうにでもなれ、か、はゝ」カンテラにしては珍しく、弱々しい笑ひがこみ上げた。
【ⅶ】
數日後、カンテラはじろさんに着いて來て貰つて、「開發センター」に赴いた。じろさんは牧野を「落とした」。初秋の靑空に、「龍」の巨體が立ち昇つた。そして牧野の意識を回復させると、彼と「面談」と云ふ事に相なつた。「龍」を遠ざけたのは、これから話す事を遷姫に聞かれぬやうに、と云ふ配慮である。
カンテラ「單刀直入に訊く。きみ、女としての遷姫をだう思つてゐる?」‐牧「? まあ美しい人だな、と。時折思ひやり深くなるので、そんな時にははつとします」‐カ「金尾の事は?」‐「あのゴーレムのパワーにはびつくりします。給料日に、正確に計算したサラリーをくれるので、感謝ですね。二人がだうかしたんですか」
【ⅷ】
カンテラ「實は遷ちやん、きみの事を好いてゐる」‐牧「えー!? だけど僕には尊子と云ふ戀人ゐますし、遷ちやんには金尾くんと云ふフィアンセがゐる...」‐カン「だう云つたらいゝか... 遷ちやんは情熱を持て余してゐるんだよ。金尾くんとの約束みたいな、決められた事を常に裏切つてゐたいんだな。或る意味、それが彼女の女らしさ、とも云へる」。こゝでじろさん、ぷつと吹き出した。「いや失敬。天下の暴れん坊將軍・カンテラがこんな戀愛相談めいた事をしてゐる。意外だな」
【ⅸ】
カン「俺だつてこんな事したくはないんだよ。分かつて慾しい、フル」‐じろさん「まあ当分様子見なんぢやないかな。無難な線で」‐カン「さうか...」‐じろ「フルも、最近めつきり男を上げたと思つたら、罪な奴だなー」‐牧「じよ、冗談ぢやないつスよ! 僕は尊子一筋なんですよー!」‐カン「そこを曲げて、遷ちやんにもいゝ顔をしてくれないか? 彼女も大事なスタッフの一人なんだよ」
【ⅹ】
遷姫が大空の短い旅から帰つて來た。「何ヲ眞面目クサツテ話ヲシテイル、かんてら?」‐カン「い、いや、『開發センター』の今後についてさ」‐遷「...サウ。咽喉渇イタワ。ふる、冷タイ飲ミ物頂戴」‐一同「...」である。さてさて、一回掲載分では、話は進展しなかつた。この儘ラヴコメ路線に突入か・笑。だう出る、カンテラ? ぢやまた。
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〈藷食ふは淋し咎めも受けぬ屁が 涙次〉