第9話 合同作戦会議なんだってば!!
謁見の次の日。
場所は、城の一室。
王族や騎士団が使う、いかにも「会議室です!」って感じの部屋。
「これより、森の浄化作戦の会議を執り行う」
アレクシスの、その一言から始まった。
大きな長机の真ん中に、地図がどーんと広げられている。
周りには椅子が並んでいて、アレクシス、オーウェン、ガウェイン、ダンテ、ユリウスが既に席についていた。
そして見慣れない騎士が数名、部屋の端の方に立っている。
私はというと――アレクシス王子の隣の席で、緊張のあまり背筋がありえない角度に伸びきっている。
会社の会議より緊張するんですけど
アレクシスが、くるりと指先で地図の一点を示した。
「目的地はここ。城の裏に広がる森、そのさらに奥だ」
オーウェンが、横からスッと棒を取って地図の一点をトントンと指す。
「ここには、かつて建てられた“祈りの像”があります」
「祈りの、像?
聖女って前にもいたんですか?」
思わず身を乗り出してしまった。
「あぁ。古い伝承が残っていてね」
アレクシスが頷く。
「“光の加護を受けた娘が、森の瘴気を祈りで祓った”っていう話さ。
その伝承を元に、聖女召喚の儀式を提案したのは、僕なんだ」
「アレクシス様が、儀式の準備と調査を主導されました」
オーウェンが補足する。
「最初は反対されていたんです。不明確な点が多く、成功する保証がなかったので」
そりゃそうだよね……
異世界の誰かを呼び出す儀式なんて、普通は「待てやめろ」案件だ。
「でも、成功した」
アレクシスは、少しだけ目を伏せた。
「君を呼び出してしまって、本当にすまないと思っている」
それから、真っ直ぐ私を見る。
「ありがとう」
「……っ」
急に真面目な顔をしないでほしい。
心の準備がいるんだってば。
ダンテが、地図を覗き込みながら、腕を組む。
「その像に祈れば、森の瘴気は消えるんだな?」
「伝承によれば……です」
オーウェンが慎重に言葉を選ぶ。
「確実とは言えません。それに――」
棒で指していた地点の周囲を、円で囲む。
「この地点は既に、瘴気に飲み込まれております」
「つまり、像に行くまでがまず危険ってことか」
ダンテの声が低くなる。
アレクシスが、視線を全体に巡らせた。
「ここまでの美鈴の護衛は、我々第三騎士団と、父上直属の第一騎士団が合同で行う」
「第一騎士団……」
城で一番強い人たち。
王様の護衛と、国の要所の防衛を担うエリート騎士団だと、前に聞いた。
「あの、やっぱり瘴気の中は、危険なんですか?」
聞くのが怖かったけど、聞かずにはいられなかった。
ガウェインが、視線だけこちらに向ける。
「瘴気からは、魔物が生まれる」
短く、硬い声。
「濃ければ濃いほど強く、数も多い」
ユリウスも、静かに続ける。
「それに、瘴気を吸い込み続けると、病気にもなります。
人や動物が、魔物になってしまうことも」
「ひぇー……」
声に出ていた。
想像以上に、ものすごく責任重大かもしれない。
アレクシスが、机の上に小さな箱を置いた。
「当日は、この魔道具を配るよ」
中から取り出したのは、小さなペンダントだった。
中央に、青白く光る宝石がはめ込まれている。
「ペンダント型で、光の魔力が込められている。
これを身につけていれば、瘴気の影響をいくらか軽減できる」
オーウェンがペンダントをひとつ手に取りながら言う。
「光の魔力を扱える者は貴重で、数にも限りがあり、魔力の強さも聖女様と比べてしまうと、とても微力です」
「長くは持ちません。
ですので――時間との勝負になるかと」
時間との勝負、か。
そんなことを考えた瞬間。
コンコン、と扉が叩かれた。
「遅れて申し訳ありません。アレクシス王子に伝言を伝えるよう、陛下より仰せつかっておりました。」
入ってきたのは、二人の騎士だった。
一人は、灰色がかった金髪を後ろで束ねた、背の高い男性。
年齢は四十代半ばくらいだろうか。
深い青の瞳と、傷のある顎のラインが渋い。
「第一騎士団団長、レオンハルト・グラディウスです」
落ち着いた声で名乗り、胸に手を当てて一礼する。
もう一人は、黒髪を短く刈り上げた穏やかそうな男性。
目尻に笑い皺があり、どこか柔らかい印象だ。
「副団長の、オリヴァー・ハインツと申します」
「きたきた!」
アレクシスが、少し表情を明るくする。
「第一騎士団の団長と副団長だよ。大丈夫、細かい配置なんかはこれからだからね。それで、父上はなんて?」
レオンハルトさんが名乗った時の姿勢のまま報告する。
「教会に協力を得ることができました。当日は、治癒術師が我々の治療に当たっていただけます。」
ダンテが珍しく苦笑いを浮かべる。
「よく協力する気になったな。普段、あれだけ敵対心が丸出しなのによ」
「父上が頑張ってくださったに違いない。ありがとう座ってくれ、会議を続けよう」
その後は――アレクシス主導のもと、より具体的な作戦会議が続けられた。
第三騎士団と第一騎士団、それぞれの隊の配置。
森のどこまで進軍するか。
途中で退路が断たれないようにするための合図。
万が一、瘴気がこちら側まで溢れてきたときの退避ルート。
「我々が準備をしている間」
アレクシスが最後に、こちらを振り向いた。
「美鈴には、ユリウスのもと、浄化の魔法を扱えるようになってもらうよ」
「お任せください」
ユリウスが、静かに頷く。
「それと――」
アレクシスは、少しだけ顔をしかめた。
「浄化作戦をするにあたって、聖女のお披露目も早まった。
成功した数日後に行う」
「ええ!?」
思わず声が裏返る。
待って。今、めちゃくちゃ重大なイベントを二つ同時に投げ込まれたんだけど!?
森の浄化。
その数日後に、お披露目の舞踏会。
森で死にものぐるいで戦ったあとに、ドレス着て優雅に踊れってことですか?
「これにて会議は終了」
オーウェンが軽く頭を下げて締める。
皆が椅子を引き、立ち上がる。
胸の奥の不安が、じわりと広がっていく。
私に……出来るだろうか
その不安は、どうやら顔に出ていたらしい。
「挫けそうになったら」
アレクシスが、にやっと笑う。
「私が慰めてあげるよ。いつでもおいでね♡」
「遠慮しておきます!」
即答した。
「そんなー」
肩をすくめているけど、きっと本気で落ち込んでない。
この人の“落ち込んだフリ”には騙されないぞ。
それにしても。
私が魔法を数日で使えるようになるには、相当な努力が必要そうだ。
「……普通、異世界転生とか転送ってさ」
ぽつりと、心の中の愚痴が口をついて出てしまう。
「チート能力盛り盛りなんじゃないの」
あ、やば。
声に出てた。
ガウェインが、わずかに眉を動かす。
「チート能力とは?」
「えーっと」
なんて説明すればいいんだろう。
「ものすごい能力とか、スキルを最初から使えるようになってる、みたいな」
「なるほど」
オーウェンが、ふむと顎に手を当てる。
「それでしたら、もうすでに、あなたは“チート能力”を持っているではありませんか」
「えっ」
「聖女としての光の魔力。
それはこの国でも、世界全体でも、類を見ないほどのものです。それにこの国の言葉や文字だって、最初から問題なく使っています。」
「そりゃそうだけど、違う、そうじゃなくて」
思わずツッコミを入れる。
「何もしなくても、いきなり使えるんだよ。訓練とか練習とかなしに、
はい今日から魔法打ち放題です〜とか、剣振ったら全部クリティカルヒットです〜とか、そういうやつ」
「それは、ズルじゃないか」
ダンテが、腕を組んで笑う。
「美鈴殿は、そんな卑怯者になりたいって?」
「なりたいって言ってない!!」
もー!
それが漫画やアニメでは鉄板だったの!!
「大丈夫です」
ユリウスが、私の方を見て柔らかく笑った。
「あなたなら、出来ます。
我々が、います」
「……うぅ」
ユリウスさん、優しい。
その一言が、変に重くなくて、じんわり支えてくれる感じがする。
「では、それぞれ、会議の通りに動きましょう」
オーウェンが皆を見渡す。
「瘴気は、待ってはくれませんから」
その言葉を合図に、皆が散っていく。
◆
それぞれが準備に動く中。
私は、ユリウスさんと一緒に、魔術塔の一室で訓練を行うことになった。
「魔力の仕組みについては、覚えていらっしゃいますか?」
「だ、大丈夫だと思います」
たぶん。たぶんね
「では、まず“流れ”を感じ取ってみましょう」
ユリウスさんが、椅子の向かいに座るよう促す。
「手を」
差し出された手に、自分の手を重ねる。
その瞬間――じんわり、あたたかいものが流れ込んでくるような感覚がした。
「これが……ユリウスさんの、魔力?」
「そうです」
ユリウスさんが、微笑む。
ぽかぽかする、というより、じんわり染み込んでくるような不思議な感覚。
手のひらから腕、胸のあたりへと、ぬるい水が通っていくみたいだ。
「ユリウスさんの魔力って、水…ですか?」
「えぇ。その通りです。私は3種類の魔力を使えます。」
「では、このまま」
ユリウスさんは、わずかに表情を引き締める。
「今度は、ご自分の魔力を、手に集中してみてください」
「自分の……魔力……」
目を閉じて、意識を内側へ向ける。
深呼吸。
息を吸って、吐く。
体の中を、巡ってる……何か
さっき感じた、ユリウスさんのあたたかい流れとは、少し違う。
もう少し強くて、少し眩しい。
胸のあたりから、じんじんと広がっていく何か。
「手のひらへ集めるイメージです。……そうです、出来ていますよ」
「……っ」
額に汗が滲む。
やばい。
えぐいほど集中しないと、上手く出来そうにない。
これ、普段こんなに意識して動いてるわけ? 魔法使いの人たち、すごくない?
「では――」
ユリウスさんが、机の上に、何かをそっと置いた。
「この花は、森で採取してきたものです。瘴気に毒されていますので、あまり直接触らないように」
そこにあったのは、本来の色を失った、真っ黒に染まった花だった。
茎も葉も、ところどころ黒ずみ、しおれている。
見ているだけで、胸の奥がざわっとするような、不快な気配。
「これに、光の魔力を――」
ユリウスさんが、私の手をそっと花の上へかざさせる。
「“振りかける”イメージで」
「振りかける……」
頭の中で、ふわっとした光の粒が花びらの上に降り注ぐ、そんな映像を思い描く。
キラキラ〜ってなって、真っ白になって……
ありがとう聖女様〜!って花が復活……
――何も起きない。
「うん、知ってた!!」
思わず叫んでしまう。
「今のところ、何も変化は見られませんね」
ユリウスさんが、全く動じずに言う。
「だが、魔力の集中自体は出来ていました。
焦らず、繰り返しましょう」
その日、何度も何度も、同じことを繰り返した。
魔力を手に集めて、花に向ける。
イメージして、集中して――でも、黒い花は黒いまま。
「はぁぁぁぁぁ……」
夕方になるころには、座っているだけで全身がぐったりしていた。
一瞬だけ、黒い花の端っこの方に、ほんの少しだけ白い部分が戻った時。
ユリウスさんが、子どものように嬉しそうな顔をした。
「出来ていますよ、美鈴様」
その一言で、少しだけ、自分を信じてみようと思えた。
◆
次の日も、その次の日も。
特訓は、続いた。
「もう一度」
「もう一回」
ユリウスさんは、決して厳しい言い方はしない。
けれど、諦めさせることもない。
少しでも光が強くなったように感じたら褒めてくれて、
集中が切れそうになると、また手を重ねて魔力の流れを思い出させてくれる。
◆
そして――
その日が、来た。
「ここが、森の入口……」
城の裏手に広がる森。
その境界線に、私たちは立っていた。
護衛にあたる騎士たちが、周囲にずらりと並んでいる。
第三騎士団の制服、第一騎士団の制服。
それぞれの装備が陽光を反射し、鈍く光る。
皆の胸元には、例のペンダントが揺れている。
「……空気が、違う」
一歩、森側へ足を踏み出した瞬間、肌に触れる風が変わった。
ひんやりしているのに、どこか粘つくような、重い空気。
土の匂いに、かすかに焦げたような、鉄のような匂いが混ざっている。
鳥の声が、ほとんど聞こえない。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく響いていた。
遠く――
森の奥の方に、薄く黒いもやのようなものが漂っているのが見える。
「あれが、瘴気……」
喉が、ごくりと鳴った。
横に立つガウェインが、視線を森から逸らさないまま言う。
「ここから先は、一歩進むごとに危険になる」
ダンテが大きく肩を回す。
「大丈夫だ。俺たちが前を切り開く。
美鈴殿は、ユリウスとアレクシスのそばから離れるな」
「はい」
アレクシスは、いつもの軽口を封じていた。
真剣な横顔で森を見つめている。
ユリウスは、私の方に向き直り、小さく頷いた。
背後からは、オーウェンの声。
「予定通り、ここから先は、アレクシス王子の合図に従って進みます。
撤退の合図があった場合、決して無理に前進しないように」
レオンハルト団長とオリヴァー副団長も、それぞれ部下たちに短く指示を飛ばしていた。
いよいよ、なんだ
一歩踏み出すたびに、誰かの命がかかった状況に近づいていく。
「行きましょうか」
アレクシスが、一歩前に出る。
その背中を見て、私は拳をぎゅっと握った。
チート能力なんて、ない。
いきなり世界を救えるほど、出来た人間でもない。
それでも――
「行きます」
小さく呟いて、森の中へ、最初の一歩を踏み入れた。




