第8話 オーラが凄いんだってば!!
こってり怒られた翌日。
朝から晩まで、私はセシルさんの超・厳しいマナーレッスンを受けていた。
初回のときもそれなりに厳しかったけど、今日はレベルが違う。
「はい、もう一度、最初から。歩き方が崩れてます」
「ひぃぃ……」
廊下を歩く
↓
お辞儀
↓
椅子に座る
↓
立つ
↓
また歩く
このセットを何十回やったか分からない。
足はパンパン、背筋はバキバキ、顔は引きつり笑顔のしすぎで筋肉痛。
表情筋って、そんなに酷使するものだっけ……?
◇
そして今。私は、謁見のための準備中。
いつもは「動きやすさ重視です!」って感じの、シンプルなドレスなのに。
今日は――
「……すご」
鏡の前に立っている自分を見て、思わず固まった。
めちゃくちゃ豪華なドレス。
しかも、聖女っぽく見せるためか、全体的に白くてヒラヒラしている。
胸元や袖口、裾には繊細なレース。ウエストには細い金色の飾り紐。
光を受けるたびに、ふわっと淡い光沢が浮かぶ。
中身はいつもの“中身おっさんOL”なのに、外側だけ急にレアキャラになった気分だ。
詐欺では? 大丈夫?
「美鈴様」
背後から、リリちゃんの声がする。
「とってもお美しいです!」
きらきらの笑顔で、両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
「ありがとう///」
頬が熱くなって、思わず目を逸らした。
かわいい。今日も天使。やっぱりお嫁に欲しい
鼻の下が伸びそうになったところで――
「美鈴様」
セシルさんの、ほんの少しだけ低い声。
「本日は、王宮の方々もご覧になります。お顔に“いつもの緩み”が出ないように、お気をつけくださいね」
言い方ぁ!!
でも鏡を見ると、確かにさっきまで、うっすらニヤニヤしていた。
リリちゃんを眺めていると、気を抜くとすぐこうなる。
「……気をつけます」
姿勢を整えて、深呼吸。
コンコン。
「お迎えに上がりました」
扉の向こうから、オーウェンの声がする。
セシルさんが、私の肩にそっと手を置いた。
「美鈴様。大丈夫です。……行ってらっしゃいませ」
その一言で、また胸の奥がじんわり温かくなった。
「行ってきます……!」
ガチャ、と扉を開けて外に出ると――
「美鈴……」
すぐ目の前に、アレクシスがいた。
今日はいつもよりフォーマルな衣装。
金の刺繍が入った白い軍服みたいな格好で、それだけで“ちゃんと王子様です”ってオーラがある。
「素晴らしい」
私を一目見て、さらっとそんなことを言ってくる。
「もう、目が離せなくなりそうだ……」
「行きますよ」
オーウェンが、控えめな咳払いをする。
アレクシスが私に手を差し出してきて、私は“聖女っぽく”少しだけ遠慮しつつ、その手を取った。
横でオーウェンが見守っている。
なんか親みたいだ、この人。
◇
謁見の間へ向かう長い廊下を、三人で歩く。
外には出ていないのに、空気がひんやりしている気がした。
緊張のせいかもしれない。
しばらく沈黙が続いたあと、アレクシスがぽつりと言う。
「聖女なんて、勝手に押し付けてゴメンね」
横顔は、いつもみたいな遊び人っぽさがない。
少しだけ、真面目そうに見える。
「でも、来てくれたのが美鈴で良かった」
「ど、どうしたんですか……。王子様らしくないですよ」
思わず本音が漏れる。
さっきから心臓バクバクなんだよ。
「ははは」
アレクシスが笑う。
「君が、美しすぎる……せいかな♡」
心配した私がバカでした。
一瞬で、いつもの王子様に戻りやがった。
オーウェンが、何も言わずに一歩前へ出る。
「こちらが謁見の間です」
重厚な両開きの扉の前で立ち止まり、振り返る。
「準備はよろしいですか?」
「……はい」
喉がカラカラに乾いてる。
それでも、なんとか絞り出す。
大丈夫。昨日、あれだけ叩き込まれたんだから。やれる。……はず
◇
扉が開いた瞬間、空気が変わった。
高い天井。
整然と並べられた柱。
赤い絨毯が、まっすぐ玉座まで伸びている。
左右には、騎士たちや貴族らしき人々が控えていて、皆が一斉にこちらを見る。
視線の圧がスゴい。
真ん中、一段高い場所に、立派な玉座がある。
そこに座っているのが――この国の王様。
アレクと同じ、青い瞳。
年を重ねているのに、顔立ちははっきりしていて、髭もきれいに整えられている。
お年をとっていても、イケメン……
さすがアレクの父親。遺伝子の暴力。
でも何よりすごいのは、オーラだ。
ただ座っているだけなのに、空気が重たくなるような、圧のようなものを感じる。
王様の左右には、数人のおじ様たちが並んでいた。
きっと王様付きのなにかをしている人たちだろう。
宰相とか、騎士団長の上の人とか、偉い人ポジション。
ふと、カミーユの恋の話を思い出す。
“王様付きの偉い役職のおじ様”。
この列のどこかにいるのかもしれない。
視線をそらすと、視界の隅に見慣れた顔が見えた。
あの隅の方――
ガウェイン。
ダンテ。
ユリウス。
三人とも、それぞれの持ち場で控えている。
距離は遠いのに、誰もがわずかに険しい表情をしていて、なんだか心強くて、少しだけ怖くて。
赤い絨毯の上を、ゆっくり歩く。
セシルさんに教わった通り、一歩一歩、背筋をまっすぐに。
足を引きずらない。
目線は、少しだけ下。
玉座の前まで行き、止まる。
静かに裾をつまんで――
優雅に、ね。
「初めまして、陛下。
私は遠き異郷より遣わされし聖女、」
声が、謁見の間に広がる。
「橘 美鈴と申します。
このような光栄を賜り、心より感謝申し上げます。
どうか、今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします」
王様が、ゆっくり頷く。
「遠い世界より、よく来てくれた」
落ち着いた、低い声だった。
アレクの声とは違い、積み重ねた年月の重みがある。
王様から挨拶を返されて――
そこから、予期していなかった質問タイムが始まった。
「城の暮らしには慣れたか?」
「はい。皆さんがよくして下さるので、少しずつ……」
(毎日イベントだらけで慣れる暇もないですけど)
「何か、不足しているものはないか?」
「えっと……特には……」
(ビールです。とは絶対言えない)
「訓練は順調か?」
「まだ始めたばかりですが、頑張っております」
(塔の階段とセシルさんのレッスンが、既に地獄です)
他にも、いくつか軽い質問が続く。
驚いたのは、王様だけじゃなく、隣にいるおじ様たちも、時々口を挟んでくるところだ。
「元の世界の食べ物で、こちらでも作れそうなものはあるか?」
「城の者に、失礼を働く者はいなかったか?」
そして――
「婚約を拒んでいると聞いたのだが」
唐突に、王様がそう言った。
謁見の間の空気が、ほんの少しだけざわつく。
出た――!!
来た。絶対どこかで来ると思っていた、婚約問題。
優秀な私は既にこの答えを準備していた。
「……申し訳ありません」
ゆっくり頭を下げる。
「私は、こちらの世界について、まだ何も知りません。
王子様のことも、この国のことも。
そんな状態で、“婚約します”と軽く言ってしまうのは、失礼だと思ったんです」
王様が、じっと私を見る。
「アレクシス様に、不満があるわけではないのです」
「……」
いや、チャラいなとは思ってますけど
さすがにそれは言えない。
「私自身も、聖女として、ひとりの人間として、もう少しこの世界を知ってから決めたいと思っています」
なんとか、それっぽい言葉を紡いだ。
ちゃんと本心でもある。
“イケメンだからOK”で婚約決めるほど、私は軽くない。
王様は、少しの間沈黙してから――
「正直でよろしい」
そう言って、口元をわずかに緩めた。
ほっと胸を撫で下ろす。
質問タイムがひと通り終わったあと。
さっきまでの柔らかい空気が、ゆっくりと変わっていくのを感じた。
王様の顔つきが、より一層、厳しくなる。
謁見の間の、空気の温度が一段、低くなったようだった。
◇
「実はな」
王様の声が、静かに響く。
「城の裏の方に、森が広がっておるのだが」
さっきまで、私に向けられていた視線が、今は皆、王様の口元へと集まっている。
「瘴気が、その森を飲み込もうとしておる」
瘴気――
それは、この世界に来てから何度か耳にした言葉だ。
空気を汚し、土地を腐らせ、人や動物さえも狂わせる、黒いもや。
“聖女の浄化”が必要とされる、原因。
「すぐそこまで、来てしまっておる」
王様の言葉には、重さがあった。
「城から見て、もう遠いものではない。
森の端は、かつては子どもたちが遊び、狩人たちが獲物を求めて入っておった場所だ。
今では、近づくことさえ危ぶまれておる」
視線の端で、ガウェインたちの横顔が見えた。
誰もしゃべらない。
けれど、その表情から、この話が冗談でも誇張でもないことが伝わってくる。
「既に、何度か討伐隊を出した」
王様の声は静かだが、その奥に僅かな悔しさが滲んでいた。
「騎士たちも、魔術師たちも、持てる力を尽くしてくれた。
だが、瘴気は少しずつ広がり続けておる。
押し返すことはできても、“消す”ことができぬのだ」
消すことができない……
それを唯一、出来るのが私なんだ…
「こちらの世界に来て、まだ数日しか経っておらぬ」
王様は、私をまっすぐ見た。
「本来ならば、お披露目が終わるまでは、と思っておった」
瘴気が広がるのが早いんだ…
多分、予想以上に…
「だが――」
王様は、ゆっくりと玉座から腰を浮かせた。
その姿勢のまま、頭を少し垂れる。
「どうか、森の浄化を」
ざわっ、と、周囲が揺れた。
王様が、聖女に向かって頭を下げている。
その光景の重さは、ここにいる全員に共通して伝わっているのだろう。
「民のために」
短く、しかしはっきりとした言葉だった。
心臓が、どくん、と跳ねた。
国のトップが、自分よりずっと年下のよそ者に向かって、頭を下げている。
「……そんな」
思わず口を開いていた。
「頭を上げてください!」
胸の奥が、じん、と熱くなる。
元の世界で、人の上に立つ立場なんて、ほとんどなかった。
正直、面倒ごとは避けたいし、危ない目にも遭いたくない。
でも――
「私、やります」
気づけば、言葉が勝手に飛び出していた。
「森の浄化。……やります」
王様が顔を上げる。
その瞳には、さっきとは違う光が宿っていた。
「……危険な事だというのは、分かっています」
手が少し、震えている。
けれど、それを抑え込むように、ぎゅっと手を握った。
「でも、ここに来て、皆さんにすごく良くしてもらいました。
セシルさんや、カミーユや、リリちゃん。
アレクシス様も、ガウェインさんも、ダンテさんも、ユリウスさんも、オーウェンさんも……」
頭の中に、顔が次々浮かぶ。
「私が成長するのを、待ってくれようとしてたんですよね。まだ途中で、学ぶべき事が山ほどあります。聖女としては半人前どころか、やっと1歩を踏み出そうとしている所です。」
騎士たちの家族。
子供たちが遊んでいた場所。
「でも、私が、大切なものを守れるんだったら、聖女とか、どうこうじゃ無くて」
一度、息を吸って。
「橘 美鈴として、やります」
――と口にした瞬間、自分で自分に言い聞かせているような感覚がした。
怖い。
正直、森の浄化とか言われても、具体的に何をするのかも分かっていない。
瘴気がどれくらい危険なのかも、ちゃんとは知らない。
正直、勝手に召喚しておいて聖女なんて大役押し付けて、訓練だとか言って怒られて…迷惑だと思ってたしムカついた。
それでも、この世界に来て知り合ってしまった、大好きな人達の悲しい顔は絶対に見たくない。
「……そうか」
王様が短く息を吐く。
ほんの一瞬だけ、表情が緩んだ。
「感謝する、聖女――いや、美鈴殿」
横を見ると、アレクシスが、少しだけ真面目な顔でこちらを見ていた。
その奥で、ガウェインが静かに頷き、ダンテがニヤリと笑い、ユリウスが穏やかに目を細める。
私の、はじめての“聖女としての仕事”が、今、決まってしまった。
――王城のすぐ裏に迫る瘴気の森。
それはきっと、“異世界転移は憧れでした☆”なんて軽いノリでは済まない。




