第6話 そんな話、聞いてないってば!!
ダンテに連れられて歩いている私。
城の廊下は相変わらずやたら広くて、床はピカピカで、壁には高そうな絵とか花瓶とかが飾ってある。
そんな中を、がっしがっしと大股で歩いていくダンテの背中を、私はちょこちょこ追いかけていた。
……でも、なんか。
(昨日、王子様とご飯食べに行った時の方向と違くない?)
食堂は確か、こっちじゃなかったはず。
あの、長い階段の方へ行ったよね? 今は逆方向に向かってない?
「あのー、方向こっちで合ってます?」
不安に負けて、つい聞いてしまう。
「大丈夫だ、心配するな!」
ダンテは振り向きもせずに、豪快に笑う。
ダンテの“大丈夫”ほど、大丈夫じゃない単語、なかなか無い気がする。
「それと、ここからは一応、少し声を落として下さいね!」
「……えっ?」
小声?
なんで小声?
ねぇ、なんで小声?
心配するなって言われても怪しすぎるんですけど!?
どこに連れていかれるの私!?
まさかとは思うけど――
王子様の私室とか言わないよね!?
絶対に無理だよ!?
今の私の防御力、紙レベルだよ!?
夕食は君だよ☆ とか言いながら迫ってくる未来しか見えないんだけど!?
想像しただけでHPがゴリゴリ削れていく。
今、ここで逃げた方が良いだろうか。
セシルさんも言ってた。
“素直すぎるとトラブルに巻き込まれる”って。
流されるなって。分からないまま「はい」って言わないように、って。
よし……。
気付かれないように、スッと居なくなろう
私は全身に意識を集中させる。
気配をけすんだ私。
OL時代、上司の視界からスッと外れて残業を回避しようとしたあの日々が、今こそ活きる時――
「この扉だな、よし、着いたぞ」
着いちゃったぁぁぁぁぁぁあ!?
急にダンテが立ち止まり、目の前の扉をノックする。
絶体絶命。どうしよう。
まだ何もしてないけど、とりあえず心が土下座してる。
コン、コン。
「入るぞー!」
返事を待つという概念は、この人には存在しないらしい。
ダンテがガチャリと扉を開ける。
その向こうにいたのは――
「…………ガウェイン?」
思わず、声が漏れた。
そこには、椅子に座って腕を組んでいるガウェインがいた。
見慣れた鋭い目つき。だけど、昨日よりどこか力が抜けているように見える。
そして、目の前のテーブルには――
ワインみたいなボトル!
透明なグラス!
チーズやハム、ナッツにオリーブ……どう見ても“おつまみ”的なラインナップ!!
これは……お酒だ。
絶対にお酒だ!!
「入らないのか?」
ガウェインが、ちょっとだけ首を傾げる。
「約束……ちゃんと守ってくれたんだね!?」
一気にテンションが跳ね上がる。
「これはお酒で間違いないんだね!? ね!?」
「もう少し静かにしろ。一応、規則は破っているんだ」
ガウェインが、こめかみを押さえる。
ですよねーー!!
そりゃそうですよねーー!!
聖女様にこっそり酒を飲ませる会なんて、どう考えても規則違反だよね!!!
「ガハハッ!」
ダンテが、豪快に笑う。
「話には聞いてたけど、聖女様が酒好きなんてな!
それに、いつの間に、そんな仲良くなったんだ?」
「えっ」
ちょ、待って。
私、そんな“仲良しアピール”してた?
心の中では“酒運んでくれる騎士団長、超推せる”って思ってたけど、外には漏れてないはず――っておい!
「私がお酒好きなこと、言ったんですか!?」
慌ててガウェインを見る。
「ダンは酒絡みになると鋭すぎるんだ。用意している段階でバレてしまった」
ガウェインが小さくため息をつく。
「決行するなら、仲間に引き入れた方が良いだろう?」
「そういうことだ!」
ダンテが、どんと私の肩を叩く。痛い。
でも、心は嬉しい。
“酒のための共犯者”が増えたの、普通に心強い。
そしてガウェイン、最初に会った時と雰囲気だいぶ違うなぁ
なんかもっとピリピリしてた。
眉間に常にシワが寄ってて、“騎士団長モード100%です”って感じだったのに。
今の彼は、少し柔らかい。
肩の力が抜けていて、口元にも微妙に笑みが浮かんでいる。
お堅い騎士団長と、やんちゃ少年の二面性……ギャップってやつだな
普通にドキッとするからやめて欲しい。
「それにしても…、ずっと思ってたけど、
「イケメン五人衆って愛称で呼ぶほど、随分仲が良いんだなぁ。」
……あ。
声に出てた。
「イケメン五人衆?」
ガウェインが眉を跳ねさせる。
「ガハハッ。それはいいな!」
ダンテが大爆笑した。
「今度からそれで呼ぶか? イケメン五人衆!」
「やめろ」
ガウェインが即座に却下した。
「飲みながら話そう!」
ダンテが、グラスを三つ用意する。
うん、私も待てない!!
◇
この世界には、やはり炭酸系の飲み物はないらしい。
ビール……。
あの、シュワシュワした黄金の液体は、ここには存在しない。
王宮のどこかに試作品とかあったら、全力で開発チームに入りたい。
でも、目の前に注がれた赤い液体からは、甘くてフルーティーな香りが立ち上っていた。
「これは?」
「葡萄を発酵させた酒だ。度数はそう高くない。飲みやすいだろう」
ガウェインが淡々と言う。
「飲みすぎるなよって意味でもあるぞ」
「大丈夫大丈夫。任せて」
何をだよ。
自分でもよく分からないけど、とりあえずグラスを受け取り、三人で軽くぶつける。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
グラスを少し傾けて、一口。
「……っ!」
うまっ。
ジュースみたいで、ついつい飲みすぎてしまいそう。
さっきから“飲みすぎるな”って警告をされているけど、飲みやすいものは飲んでしまうのが人の性だ。
おつまみも美味しい。
塩気の効いたチーズ。香草の効いたソーセージ。
お酒に合いすぎる。
この世界、食のレベル高すぎない?
「俺とオーウェン、アレクシス王子は、幼なじみみたいなもんなんだ」
グラスを回しながら、ガウェインが話し始めた。
「小さい頃から一緒に過ごすことが多かった。王子付きの騎士になるのは、ほぼ決まっていたようなものだ」
ダンテが、パンをちぎりながら笑う。
「俺とユリウスは後からだけどな。まぁ、腐れ縁みたいな感じだ」
葡萄酒をくいっと飲み干して、豪快に続ける。
「この五人は、信頼し合ってる」
「へー……」
ゴクゴク。
「うまっ。なんか、良い関係なんですね」
お酒が入ると、言葉も滑らかになる。
口が軽くなるともいう。
「ガハハッ! 本当に飲みっぷりが良い!」
ダンテが、嬉しそうに私のグラスにどんどん注いでくる。
ストップって言う前に満たされる。危険。
「気に入った! 王子様との婚約が嫌なら、俺と婚約するのはどうだ?
じゅうぶん条件は満たしているはずだ!」
「ゴホッ! ゴホッ!!」
盛大にむせた。
気管に入った。
お酒が気管に入ると、普通に死ぬかと思う。
「急に何を言い出すんですか!?」
涙目になりながら抗議する。
「いやぁ、美人だし、飲みっぷりもいいし、話してて楽しいしよ!」
ダンテがケラケラ笑う。
「騎士団の副団長の嫁なら、そう悪くないだろ?」
「ダン、お前には婚約者候補が何人かいただろ?」
ガウェインが、じとっとした目でダンテを見る。
「おい、ガイン。睨むなよ。冗談だって!」
ダンテが両手を挙げる。
「婚約者候補なぁ……皆、俺には合わなすぎる」
「合わない?」
「俺よりも、ずっと静かで、大人しくて、礼儀正しくて……。
悪い子達じゃないんだが、なんかこう……窮屈でな」
グラスをくるくる回しながら、ダンテは少しだけ真面目な顔になる。
「俺じゃない方が、あの子達もきっと幸せだろう。」
「やっぱり皆、決めるもんなんですか? 婚約者って」
気になって聞いてみる。
「この国では、貴族はほとんどそうだな」
ガウェインが答える。
「ガウェインさんは?」
「女の相手なんてお断りだ。面倒なんだよ、色々と」
即答。
「こいつも大変だったからなぁ」
ダンテがニヤニヤしながら言った瞬間、ガウェインの視線がギロッと突き刺さる。
「…………」
「わ、分かってるよ! 言わねぇよ!」
“言うなよ”って圧がすごい。
でも逆に気になるんですけど、その“大変だった”話。
元カノに刺されそうになったとか、婚約者に家燃やされかけたとか、そういう系?(偏見)
「そういえば、王子様にもちゃんとした婚約者がいたんだけどな」
ダンテが、ぽろっと爆弾を落とした。
「聖女召喚が決まってから、破談になった」
「…………はい????」
そんな話、初めて聞いたんですけどおおおおお!!!
グラスを持つ手が止まる。
「え、それって……」
ガウェインが静かに言う。
「聖女の召喚が決まり、“聖女と王子を婚約させる”って話が、上から降りてきた。
それにあわせて、前の婚約者との話は流された」
やだ怖い。なにそれ。
会ったこともない人から恨まれてそうで恐怖なんですけど。
「前の婚約者の家も、王家との繋がりを完全に切るわけにはいかないから、別の縁組に回されたが……」
「当時は、向こうのご令嬢が暴れてなぁ。」
ダンテの一言が、胃にズシンとくる。
絶対に恨まれるやつーーー!!!
私、なにもしてない。
なにもしてないのに、勝手に“婚約者奪った女”ポジションに立たされてるってこと!?
「ま、気にしてもしょうがない!」
ダンテが明るく笑って、また注いでくる。
ちょっと待って。
今の話、そんな“まあいっか”のテンションで流していいやつなの?
「現在は、領地で静養中だそうだ。だから今すぐ何かしてくるって事はないだろう。」
ガウェインが、少しだけ視線を逸らしながら言う。
「それは……後から何かありそうなんじゃ…」
「大丈夫だ!そうゆう時の為に、俺たちがいる!それに、王子とは婚約しないんだろ?」
だから!ダンテが言う大丈夫は、心配しかないんだって!!
なんか、どんどん不安な事が増えていく気がする…。
王子様は嫌いじゃない。
というか、顔だけならランキング上位だ。
でもあのチャラさと、私の中身おっさん度合いが、どうにも噛み合わない気しかしない。
心臓が不死鳥の如く何度も蘇らないと絶対に無理だ。
◇
そんな感じで、お酒を飲みながら、いろんな話をした。
子どもの頃のいたずら話とか、
アレクがどれだけ勉強サボってはオーウェンに説教されていたかとか、
ユリウスが研究に没頭しすぎて食事を忘れる話とか。
二人とは、かなり打ち解けてきた。
そして分かったことがひとつ。
この人達、とてつもなくお酒に強い
どんだけ飲んでるの?
ガウェインは、グラスの数的には結構飲んでいるはずなのに、頬が少し赤いくらいで、まだ目はしっかりしている。
“少し酔ってるっぽい”くらい。
そしてダンテは底なしだ。
注がれたものをどんどん飲んでいく。
顔色ひとつ変わらない。
初めて見た、“底がない人”なんているんだ。
そういう私は――
泥酔の一歩手前
お酒は強い方だと思ってたけど、この2人には敵わない。
世界がほんの少しだけふわふわしてきた。
笑い声もいつもより一段大きい気がする。
「明日さぁー……」
自分でも舌が回ってないのが分かる。
でも止まらない。
「魔法使えるように、特訓! 特訓だって!」
「おい、飲みすぎだぞ」
ガウェインが眉をひそめる。
「明日、ユリウスのところか?」
「そうそう! ユリウスさんの塔! 魔術塔! “光の魔力が”とか言ってたし! なんか、魔法使えるようになるかもって!」
「もう、やめておけ」
ガウェインが、即答で拒否した。
「ええええええええええ」
大げさにテーブルに突っ伏す。
「ようやく飲めたんだよ? 異世界におあずけされてたの!!
ビールないし! 炭酸ないし! 昨日もその前も、ずーーーっと我慢してたんだよ!?」
「知るか」
「冷たいっ!」
「ガハハッ!」
ダンテが、私とガウェインを交互に見て笑う。
「はいはい。これ以上遅くなると、セシルに怒られちまう」
その一言で、私の脳内に、セシルさんの“微笑んでいる顔”が鮮明に浮かぶ。
「……セシルさん……」
ああ、セシルさん。
「大好きなの……」
口から、ぽろっと本音が落ちる。
そこまで言ったあたりで――
「寝た」
ガウェインがあっさりと言った。
「寝たな」
ダンテも頷く。
視界がぐるぐるして、テーブルの上のグラスとチーズが回転木馬みたいに見えて、
気がついたら――真っ暗。
◇
あとから聞いた話によると。
お姫様抱っこされながら運ばれてきた私を見て、セシルさんはものすごく驚いていたらしい。
「な、何を……!」
って、初めて声を荒げそうになったくらいには驚いてたとか。
ダンテが何とか言い訳してくれたみたいだけど。
「ちょっと飲んだらすぐ寝ちゃってさぁ! 全然飲んでないから大丈夫大丈夫!」
……少しだけ飲んだら寝た、みたいな。
“聖女様はお酒に弱い”ってイメージで押し通そうとしたらしい。
グースカ寝てる私は、そんなこと知る由もない。
夢の中で、炭酸たっぷりのビールを、思う存分飲んでいた。




